社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして

八千古嶋コノチカ

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「いいから、もう出ていって下さい!」

「うーん、あの資料は次回のコンペか?」

「そうですけど、それが何か?」

 部長に対し、失礼な真似をしている自覚はある。けれどこの心理状態で部長と話なんて無理。巧みな話術に乗せられ、心のうちを暴かれてしまう。

 全身を使って彼をぐいぐい出口へ押し出す。

「待て待て、乱暴に押すんじゃない。あんな粗末な企画を出すから朝霧に先を越されるんじゃないか。僕で良ければアドバイスをーー」

「放っといて下さい!」

 作りかけとはいえ、構想の段階でばっさり見限られてしまうと留めていた感情が溢れる。

「部長のアドバイスなんて要りません!」

 怒りに任せ、ファイルを思い切り床へ叩き付けていた。

「第一、私に営業なんて向いてないんですよ! 部長が私を営業部へ行かせて、私はあなたの下で働きたいって言ったのに! それを今更なんだって言うんですか?」

 華の営業部へ転属は一般的に高待遇だ。部長は表向では私を認め、手元から巣立たせた風に見える。しかしながら実際の所、私が煩わしかったのだと思う。

 私が部長へ抱く憧れが恋心にならないか疑い、社内恋愛は作業効率を下げると語り、牽制していたんだ。

「私が昇進しようがしまいが、部長には関係ありませんから。昇進が叶わなかったのは残念ですけど、また一人でコツコツやりますのでお構いなく」

 大声で拒絶され、部長は呆然とする。呆けた表情ですら様になって恨めしい。親切心を突っ撥ねられるのは想定外だろう。だが部長の気遣いこそ、私を惨めにさせる。

「社内恋愛が悪い影響を与えるかどうかは私には分かりません。ですが社内恋愛をしていない状態でこの有様なら、した方がいいのかも。良い機会ですし、してみましょうかね」

 頭がいい、顔がいい、仕事が出来る、パーフェクトな部長の何か一つくらい崩せやしないかと畳み掛けるよう付け足す。

 半べそで告げる反論にどれほどの説得力があるか定かじゃないが、すっきりはする。

「出ていって下さいは失礼でした、ここは共用スペースですしね。私が出ていきます」

 私は言いたいことを言ってファイルを拾い、退出しようとした。

「……待ちなさい、岡崎」

 低い声で名を呼ばれ、思わず振り向く。不思議と部長は笑顔の方が怒っているのか判別しやすく、真顔になると感情が読めない。

「誰と付き合う気なんだい?」

 また最初の質問に戻り、傾げる。

「誰って言われましても?」

 今度は反対側へ傾げる。

「そんなに社内の男と付き合いたいならーーうん、僕と付き合おう」

「はい?」

「社内の男と付き合いたいんだろう? なら僕と付き合えばいいじゃないか。そうだろう?」

 傾けたままの視界で部長が微笑む。

「検証しよう、社内恋愛をして作業効率が落ちるか、どうか。君も今しがた社内恋愛しようと言ったよね? よもや断ったりしないな?」

 部長は明らかに怒っていた。

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