社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして

八千古嶋コノチカ

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「……すまない。朝霧の昇進にケチをつけたいんじゃないんだ。一個人の感想と流してくれ」

 朝霧の洞察力を侮っていた。僕は俯き、話題を反らす。
 貰ったカフェオレに『ねぇかわ』が印刷されていて、山猫をじっと見詰める。

「謝らないで下さい、部長が先輩贔屓なのは承知してました。それに部長を怒らせるような言い回しをしました」

「へぇ、僕をからかって無事でいられると? 岡崎に妙な真似をしてみろ、全力で潰してやる。あの頃と違って今ならそれが可能だ」

 姿勢は変えず、圧を込め忠告しておく。本気だ、冗談ではない雰囲気を出しながら。

「はぁ、そこまで大事であれば直属にすればいいのでは?」

「逆に聞くけど、朝霧は奥さんを部下にしたいのか? 営業部で頑張っている岡崎を自分の都合で引き戻せないだろ。もしも彼女を転属させれば困るのは朝霧だよ」

「はい、岡崎先輩は我が部の貴重な戦力。直属にすればと言いましたが、渡すとは言ってません。あと妻を部下にしたくはないですね、部長曰く『社内恋愛は作業効率を下げる』でしたっけ?」

 強烈なカウンターを喰らい、顔を上げた。
 社内恋愛を実らせ、昇進もした男に論破される痛みで表情が歪む。

「僕、君と仲良くは出来なそうだな。君が嫌いだ」

「えぇ! そんなこと言わないで下さいよ! 結婚式のスピーチは部長に頼もうと思ってるんですから。なにせ部長のお陰で俺は妻と結ばれたようなもの。部下を取られまいと牽制されてた日々が今となっては良い思い出です」

 つまり、これはやり返しているのだろう。やっと朝霧の腹の中が読めてきた。

「手塩にかけて育てた部下を社内の男、僕より仕事が出来ない奴に持っていかれるのが嫌だったんだ。君の奥さんに恋愛感情はない」

「ちなみに部長より偉い立場となると、社長や役員しか対象になりませんが?」

「まぁ、そうなるね。朝霧の場合、部長同士だからギリギリセーフか」

「……あぁ、岡崎先輩、可哀想。社内恋愛するなら相手は部長しか居ないなんて。先程の会議のメンバー、部長以外全員が妻帯者ですよ?」

「可哀想? 社外でパートナーを作れはいいだけだろう? もしくは、どうしても社内恋愛したいなら僕を選べばいい。僕じゃ岡崎の相手は不足かな?」

「不足かって? 俺に聞かれましても知りませんよ」

 朝霧は複雑な面持ちでコーヒーを含む。

「そういえばーーどうするつもりです?」

 話の流れで何を切り出そうとしているのか分かったが、とぼけておく。

「何が?」

「お見合いです。会議中もせっつかれてましたよね? それも取引先の令嬢との縁談」

「あぁ、君まで結婚してしまうから周りが世話をしようとするんだぞ。こちとら独身を謳歌しているのに」

「俺のせいにしないで下さい。あの、言い難いんですが、これは政略結婚っていうのでは? 部長はゆくゆく先方の会社を継ぐみたいな?」

「ーーだとしたら? 僕が寿退社しても幹部候補はいる。それこそ岡崎が筆頭だろう」

「そんな譲られるように役職に就いても岡崎先輩は喜びません。それは部長がよく理解してますよね?」

「根本、見合い話は僕にデメリットはないよ。悲しいかな、いつまでも身を固めないでいると人間性を疑われてしまう。協調性が無いだ、特殊な性癖なんじゃないかとか、忘れられない人がいるとかさ。余計なお世話だ」

 立ち上がり、肩を竦めた。

 縁談を持ち掛けられるのは初めてじゃなく、スマートな辞退の仕方を心得ている。まぁ今回は根回しが周到な分、一度は顔を合わせないといけないだろうが。

 などと巡らせ、指の腹で山猫を撫でている。こうして物を必要以上に弄る時は迷いが生じている印だ。
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