8 / 19
2
しおりを挟む
「……すまない。朝霧の昇進にケチをつけたいんじゃないんだ。一個人の感想と流してくれ」
朝霧の洞察力を侮っていた。僕は俯き、話題を反らす。
貰ったカフェオレに『ねぇかわ』が印刷されていて、山猫をじっと見詰める。
「謝らないで下さい、部長が先輩贔屓なのは承知してました。それに部長を怒らせるような言い回しをしました」
「へぇ、僕をからかって無事でいられると? 岡崎に妙な真似をしてみろ、全力で潰してやる。あの頃と違って今ならそれが可能だ」
姿勢は変えず、圧を込め忠告しておく。本気だ、冗談ではない雰囲気を出しながら。
「はぁ、そこまで大事であれば直属にすればいいのでは?」
「逆に聞くけど、朝霧は奥さんを部下にしたいのか? 営業部で頑張っている岡崎を自分の都合で引き戻せないだろ。もしも彼女を転属させれば困るのは朝霧だよ」
「はい、岡崎先輩は我が部の貴重な戦力。直属にすればと言いましたが、渡すとは言ってません。あと妻を部下にしたくはないですね、部長曰く『社内恋愛は作業効率を下げる』でしたっけ?」
強烈なカウンターを喰らい、顔を上げた。
社内恋愛を実らせ、昇進もした男に論破される痛みで表情が歪む。
「僕、君と仲良くは出来なそうだな。君が嫌いだ」
「えぇ! そんなこと言わないで下さいよ! 結婚式のスピーチは部長に頼もうと思ってるんですから。なにせ部長のお陰で俺は妻と結ばれたようなもの。部下を取られまいと牽制されてた日々が今となっては良い思い出です」
つまり、これはやり返しているのだろう。やっと朝霧の腹の中が読めてきた。
「手塩にかけて育てた部下を社内の男、僕より仕事が出来ない奴に持っていかれるのが嫌だったんだ。君の奥さんに恋愛感情はない」
「ちなみに部長より偉い立場となると、社長や役員しか対象になりませんが?」
「まぁ、そうなるね。朝霧の場合、部長同士だからギリギリセーフか」
「……あぁ、岡崎先輩、可哀想。社内恋愛するなら相手は部長しか居ないなんて。先程の会議のメンバー、部長以外全員が妻帯者ですよ?」
「可哀想? 社外でパートナーを作れはいいだけだろう? もしくは、どうしても社内恋愛したいなら僕を選べばいい。僕じゃ岡崎の相手は不足かな?」
「不足かって? 俺に聞かれましても知りませんよ」
朝霧は複雑な面持ちでコーヒーを含む。
「そういえばーーどうするつもりです?」
話の流れで何を切り出そうとしているのか分かったが、とぼけておく。
「何が?」
「お見合いです。会議中もせっつかれてましたよね? それも取引先の令嬢との縁談」
「あぁ、君まで結婚してしまうから周りが世話をしようとするんだぞ。こちとら独身を謳歌しているのに」
「俺のせいにしないで下さい。あの、言い難いんですが、これは政略結婚っていうのでは? 部長はゆくゆく先方の会社を継ぐみたいな?」
「ーーだとしたら? 僕が寿退社しても幹部候補はいる。それこそ岡崎が筆頭だろう」
「そんな譲られるように役職に就いても岡崎先輩は喜びません。それは部長がよく理解してますよね?」
「根本、見合い話は僕にデメリットはないよ。悲しいかな、いつまでも身を固めないでいると人間性を疑われてしまう。協調性が無いだ、特殊な性癖なんじゃないかとか、忘れられない人がいるとかさ。余計なお世話だ」
立ち上がり、肩を竦めた。
縁談を持ち掛けられるのは初めてじゃなく、スマートな辞退の仕方を心得ている。まぁ今回は根回しが周到な分、一度は顔を合わせないといけないだろうが。
などと巡らせ、指の腹で山猫を撫でている。こうして物を必要以上に弄る時は迷いが生じている印だ。
朝霧の洞察力を侮っていた。僕は俯き、話題を反らす。
貰ったカフェオレに『ねぇかわ』が印刷されていて、山猫をじっと見詰める。
「謝らないで下さい、部長が先輩贔屓なのは承知してました。それに部長を怒らせるような言い回しをしました」
「へぇ、僕をからかって無事でいられると? 岡崎に妙な真似をしてみろ、全力で潰してやる。あの頃と違って今ならそれが可能だ」
姿勢は変えず、圧を込め忠告しておく。本気だ、冗談ではない雰囲気を出しながら。
「はぁ、そこまで大事であれば直属にすればいいのでは?」
「逆に聞くけど、朝霧は奥さんを部下にしたいのか? 営業部で頑張っている岡崎を自分の都合で引き戻せないだろ。もしも彼女を転属させれば困るのは朝霧だよ」
「はい、岡崎先輩は我が部の貴重な戦力。直属にすればと言いましたが、渡すとは言ってません。あと妻を部下にしたくはないですね、部長曰く『社内恋愛は作業効率を下げる』でしたっけ?」
強烈なカウンターを喰らい、顔を上げた。
社内恋愛を実らせ、昇進もした男に論破される痛みで表情が歪む。
「僕、君と仲良くは出来なそうだな。君が嫌いだ」
「えぇ! そんなこと言わないで下さいよ! 結婚式のスピーチは部長に頼もうと思ってるんですから。なにせ部長のお陰で俺は妻と結ばれたようなもの。部下を取られまいと牽制されてた日々が今となっては良い思い出です」
つまり、これはやり返しているのだろう。やっと朝霧の腹の中が読めてきた。
「手塩にかけて育てた部下を社内の男、僕より仕事が出来ない奴に持っていかれるのが嫌だったんだ。君の奥さんに恋愛感情はない」
「ちなみに部長より偉い立場となると、社長や役員しか対象になりませんが?」
「まぁ、そうなるね。朝霧の場合、部長同士だからギリギリセーフか」
「……あぁ、岡崎先輩、可哀想。社内恋愛するなら相手は部長しか居ないなんて。先程の会議のメンバー、部長以外全員が妻帯者ですよ?」
「可哀想? 社外でパートナーを作れはいいだけだろう? もしくは、どうしても社内恋愛したいなら僕を選べばいい。僕じゃ岡崎の相手は不足かな?」
「不足かって? 俺に聞かれましても知りませんよ」
朝霧は複雑な面持ちでコーヒーを含む。
「そういえばーーどうするつもりです?」
話の流れで何を切り出そうとしているのか分かったが、とぼけておく。
「何が?」
「お見合いです。会議中もせっつかれてましたよね? それも取引先の令嬢との縁談」
「あぁ、君まで結婚してしまうから周りが世話をしようとするんだぞ。こちとら独身を謳歌しているのに」
「俺のせいにしないで下さい。あの、言い難いんですが、これは政略結婚っていうのでは? 部長はゆくゆく先方の会社を継ぐみたいな?」
「ーーだとしたら? 僕が寿退社しても幹部候補はいる。それこそ岡崎が筆頭だろう」
「そんな譲られるように役職に就いても岡崎先輩は喜びません。それは部長がよく理解してますよね?」
「根本、見合い話は僕にデメリットはないよ。悲しいかな、いつまでも身を固めないでいると人間性を疑われてしまう。協調性が無いだ、特殊な性癖なんじゃないかとか、忘れられない人がいるとかさ。余計なお世話だ」
立ち上がり、肩を竦めた。
縁談を持ち掛けられるのは初めてじゃなく、スマートな辞退の仕方を心得ている。まぁ今回は根回しが周到な分、一度は顔を合わせないといけないだろうが。
などと巡らせ、指の腹で山猫を撫でている。こうして物を必要以上に弄る時は迷いが生じている印だ。
21
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる