社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして

八千古嶋コノチカ

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 ここで一旦、私を剥がす。
 両肩に手を置き、屈んで視線を合わせた。

「上司として言おう、岡崎はよく頑張っている。出世に男も女も関係ないと言われるが、それでも現実は男社会。色々と困難も多いに違いない。だが、僕は君の力を認めている。自信を持て、一緒に働こう?」

「私と?」

「君と一緒に仕事がしたい」

 あぁ、努力が報われるってこういう感覚なのか。この言葉を部長から聞けるなんて幸せで満たされていく。

「あ、ありがとうございーー」

「おい、礼を言うのは早いぞ。次は男として言う、梨里、聞きなさい」

 梨里、と下の名を呼ばれた。

「僕は君を一人の女性として見たい。梨里が好きだ、恋人になってくれないか?」

 好きな人に好きと言って貰える感動が押し寄せ、きっとこれ以上の奇跡が重なる日など無いだろう。

 こびりついていたクリスマスの記憶、それから自分を強くみせようとした仮面が消えていく。

 素顔でありのままの私は上司の顔、男性としての顔、どちらの部長からも求められたい。欲張りだ。部長をまるごと欲しくて背伸びをすると、首へ手を回す。

「どちらの質問もイエスです。私も部長と一緒に働きたい、部長とお付き合いしたいです!」

 そう元気よく答えた私を部長は迷わず抱き締め返してくれた。
 
「……ところで朝霧部長の頼まれごとって」

「あぁ、それな」

 床に落ちた封筒から中身が飛び出していた。この用紙はーー。

「転属願い?」

「君を引き戻したいと朝霧に伝えてある。ついでに半日休暇も申請しておいたぞ。勤務中にイチャイチャするのは後ろめたいだろ?」

 つまり、この時間は勤務外。なんという用意周到さ。朝霧部長が気まずそうに書類を渡してくる訳だ。

「流石ですね。既に朝霧部長の押印までされてるじゃないですか」

「だろ? 転属届けは君が記入するだけの状態だ。ちなみに朝霧は君を引き抜かれるのに難色を示したが、次のコンペで結果を出せば応じると言ったよ」

 コンペの結果を待たずとも転属届けに判を押してくれたのは、私を買ってくれているのだろう。

「朝霧部長も部下想いで、いい上司です」

 言うと、部長は眉をひそめた。

「僕の方がいい上司。朝霧を説得する為に様々な手回しをしたんだぞ? 見合いをしたのも彼に僕の覚悟を証明する為だ」

「そんな朝霧部長と張り合わなくても……取引先の社長になれるチャンスだったんですよね? いいんですか?」

「別に僕はキャリアアップを諦めたんじゃない。ひとまず君を待っていただけで、明日からはまた目標に向かい働くよ。だからちゃんと追い掛けて来なさい。いいね?」

「はい」

 現状に満足せず、より高い場所を目指す部長の姿勢は格好いい。最高、最強の上司だ。

「さて、ここからは恋人の顔になろうか。街に出てクリスマスプレゼントを買いに行かないかい? デートをしよう」

 出来る男はオンオフの切り替えが早い。

「あっ、クリスマスプレゼントといえば、ブックカバーをまだ使ってないです」

「勿体なくて使えないとか? ほら、贈り物はこんな風に使わないと駄目だぞ?」

 ネクタイピンを指差す部長。

「山猫のネクタイピン、やっぱり浮いてますね。せっかくなので新しい物をプレゼントさせて下さい。何がいいです?」

「いや結構、とても気に入っている。君ーー梨里がくれるなら、どんなものでも嬉しい。そうだ『ねぇかわ』ショップに行こうか? あれから『ねぇかわ』について調べたら僕も興味がわいてさ」

 満面の笑みで言われてしまうと、ピンを悪戯心で贈ったのが心苦しくなる。無論、部長はそれを承知しているはず。

「いえ、百貨店とかの方がいいのでは?」

「梨里は百貨店なら僕の欲しいものが売ってると思うの?」

「少なくとも部長に見合う商品を扱っているとは思いますが……」

「はぁ」

 部長が大袈裟に息を吐く。

「分かってないなぁ、全然分かってない。これは仕事同様、僕が一から教えないといけないな」

 ニヤリと口角を上げた彼から、オンでもオフでもないスイッチが入る音がした。身の危険を感じた私は距離を取ろうとしたが、再び抱き竦められた。
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