社内恋愛を始めたところ、腹黒上司が激甘彼氏になりまして

八千古嶋コノチカ

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「松下部長、いい加減にして下さい。大きな声を出しますよ?」

 憧れの人に抱き締められてドキドキしないはずない。しかし雰囲気に流されまいと踏み止まる。
 どうか、色恋沙汰など興味はない、出世だけを目指す仮面(ペルソナ)を剥がさないで。

「大きな声?出せばいいよ。その前にキスするから」

「は?」

「訂正、しなくてもキスをする」

 言うなり顎を持たれ、さっと頬を撫でる。魔法に掛かったみたいに私は瞳を閉じ、柔らかな感触を受け止めてしまった。

「はぁ、もう待てない、さらってもいい?」

「ま、待って、何がなんだか」

「はは、聞いてた? 僕は待てないって言ったよ? 君は忘れっぽいな」

 怒涛の展開で頭が沸騰する。口付けの意味も余韻も考えられない中、たった一つだけクリアな感情があった。

「……お言葉ですが、私、忘れっぽくありません。あのクリスマスをずっと、ずっと覚えてます」

 魔法のキスで眠らせていた気持ちが目を覚ます。
 胸が痛い、唇が震える。この気持ちを打ち明けしてしまえばどうなるか怖い。

「部長」

「何?」

「言っても宜しいですか? これを話せば私は良い部下ではいられないでしょう」

 前置きをする。

「是非聞かせて貰おうか。ただし聞いたら僕も良い上司でいられないぞ」

 抱き締めてキスをしといてよく言う。こんな悪い上司を好きになってしまうなんて。狡い大人の彼は、この気持ちを名付けなくたって前に進めるのかもしれない。

 普段は皮肉屋で本心を決して明かさないくせ、今は愛おしそうな瞳でこちらを覗く。私の欲しがる答えはここにあるぞと誘う。

 瞬きする度、想いが溢れる。もういい、私は子供でいい。きちんと伝えよう。

「ブックカバーを貰った日、私はあなたへの気持ちを封印しました。部長を男性として見ないと誓いを立て、好意を憧れにすり替えたんです。そうすれば側に置いてもらえると思ったから」

「でも営業部への異動辞令が出た?」

「はい、部長は私の気持ちなどお見通しだったんでしょうね。私を側に置いたら面倒になると判断されたんですよね?」

「……」

 黙る部長、沈黙は肯定か。

「それはいいんです。結局、移動した後もあなたが忘れられなかった。もしも一緒に働いていれば迷惑をかけたと思いますし」

 本心と共に涙が止まらなくなる。

「全く君の気持ちに気付いていないかと言えば嘘になる。君の瞳はいつも真っ直ぐ正直だった。ポーカーフェイスなどと揶揄する輩がいるが、彼等は分かっていないよね」

 口を押さえ嗚咽を噛むと、部長は頭を撫でてくれた。シャツに私の涙が染み込んでも。

「そして、僕も君を分かったつもりでいた」

 髪に触れ、頬に触れ、目尻に触れる指は迷っている。

「部長の気持ちも教えて下さい。でないと私はあなたへ踏み出せないです」

「その割にはしっかり手を回してるじゃない?」

「もう逃したくないから、あなたを」

「はは、参ったね」

 ギュッと抱き付き、私はここに居ると証明した。もう迷う必要なんか無いんだと態度で示す。

「ーー分かった、分かった、白状するから腕を緩めて」

 白旗を上げる真似をするので、力を少しだけ弱めた。

「営業部へ行かせたのは君自身の為になるし、僕から遠ざける意味もあったと認めよう。ただし、君を疎ましく思ったんじゃない。僕の側で働くことで嫌な思いをさせたくなかったんだ」

「嫌な思い?」

「あぁ、権力闘争に巻き込みたくなかった。あの頃の僕は足を引っ張られたり、嫌がらせを毎日のようされてさ、子供じみた悪意が君へ向けられるのを恐れた。
誰かに君を傷付けられたくない、自分が一番傷付けてきたのにね。情ないでしょ? 守ってあげる力が無いなら手放すしかないじゃないか」

 丁寧に心情を語る部長。言葉の一つ一つに私への思いやりが滲む。
 営業部で鍛えられた私ならば耐えられたかもしれないが、当時は嫌がらせで潰されるだろう。部長の采配は長期目線でみれば正しくあった。

 しかしーー。

「情けなくなんかないです。事情を教えてくれれば良かったのに。話してくれたら私は……」

「結果論、誤解させたままの方が反骨心で頑張れたでしょ? 上司はね、部下の成長を促す為に汚れ役もやれるんだよ。まして君の為なら幾らでも」
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