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「朝霧に頼んでいた物を持ってきてくれたんだろう? ありがとう」
封筒を寄越せと招く。使われていないはずの室内は部長好みに模様替えされており、清掃もしてある。
「どうしてこんな所に?」
「自分のデスクは落ち着かなくてね。君の耳にも届いているでしょう?」
今日に限らず、ここで頻繁に業務をしているんじゃないのか。コーヒーメーカーまであるのだ。
「……ご結婚されるそうで?」
預かった封筒をクシャクシャにしてしまいそうになる。
「しないよ」
部長はあっさり言う。
「え?」
「しないってば。見合いはしたけど」
「お見合いはしたのに結婚しないんですか?」
「見合いをしたからといって、必ず結婚する訳ないでしょう? その封筒を見るに君もつまらない噂を信じたくちかな? 見合いしているのを社内の人間に見付かり、言いふらされたんだよ」
顔ではなく折曲った封筒からこちらの心を見破る。噂の種明かしを拍子抜けしてしまうくらい淡々とされた。
「でも、結婚の意志があるからお見合いしたんですよね?」
「おや、まだ引っ張るのかい? いいよ、とりあえず座って話そうか」
手前の椅子を勧められる。面接官と採用希望者みたいな向かい合わせとなると、部長の存在が改めて大きく感じる。
「繰り返すが、僕は見合いで結婚はしない。それはどうしてだと思う?」
「どうしてってーーお相手の条件が合わなかったとか?」
取引先のご令嬢、かつ将来は会社を継ぐ未来予想図が物足りないとしたら、部長の理想はエベレスト級だが。
私の答えに部長は分かっていないなとばかり、かぶりを振る。
「心外だな、僕は相手をむやみに選別する条件を出すのは好まない。可愛い、綺麗とか、資産家の娘など生まれ持ったものより、内面を重視する」
「しかし、部長は社内恋愛はしないのでは? 社内の女性というだけで恋愛対象者から外す事を一般的に選別と言います」
「そ、それは。今は考えを変えて君としているじゃないか! 過去の価値観に固執するのは良くないだろ」
「はい? あのおふざけ、まだ続いていたんですか?」
そして沈黙。てっきりカフェでの一件で部長の目的は果たされたと思っていたから。
それに例え預かり知らぬところで社内恋愛が継続していても、部長は恋愛中にお見合いをしていた訳で。私が彼に無言の圧をかけられるのは納得がいかない。
「ーーいて、と言ったじゃないか」
睨み返すと聞き取れない小声を発する。部長は手元の万年筆を必要以上に弄り、迷っているのが伺われた。
一体、何を迷うのだろう。はっきり言えばいい。
「部長、何をーー」
「君が待っていてと言ったからじゃないか!」
部長は私を遮り、席を立つ。
「見合いを断った理由は君だ。何故そんなことも分からない?」
部長の怒りは熱さより冷たさが勝り、喉をぐっと押さえ付ける。言い訳や申し開きを受け付けない構えに私はたじろぐ他ない。
「僕は君の察しの悪さに絶望している。待っていろと言われ、大人しくお座りしていたのが馬鹿みたいじゃないか」
部長がこちらへ近付いてくる。常に部長に対しては気を回していたつもりが絶望までさせているとは。ますます身体は強張り、動けなくなった。
「こんなことならーー意地を張らず迎えに行けば良かったよ」
椅子から引っ張り上げられたかと思えば、甘い香りに包まれる。膝の上にあった封筒が滑り落ちていく。
「狭くて薄暗い場所が好きなんでしょ?」
耳元がで囁かれ、部長に抱き締められているのを把握した。慌てて胸を押し返そうとした際、ネクタイピンに気付く。
「こ、これ」
「今日は素直になろうと思ってね。似合ってる?」
「いえ、正直、似合ってるとは言い難い」
贈っておきながらだが、高級ブランドスーツとネクタイにキャラクターピンは合わない。はっきり言えば浮いている。
「はは、君は素直だな」
身を捩るが離してくれず、それどころか密着を強めてきた。部長はスーツの上からだと線が細いが、こうされると抵抗が通じない。
「こういうのセクハラですよ?」
「ほぅ、訴えるか? それもいい。セクハラ上司になど二度と縁談はこないだろう」
「こんな真似しなくても部長なら断れますよね? 私を口実にしようとしないで下さいよ」
甘い香りで頭がくらくらする、私は部長の香水が好き。同じ香りを求めてこっそり探してみたが見当たらなくて。
封筒を寄越せと招く。使われていないはずの室内は部長好みに模様替えされており、清掃もしてある。
「どうしてこんな所に?」
「自分のデスクは落ち着かなくてね。君の耳にも届いているでしょう?」
今日に限らず、ここで頻繁に業務をしているんじゃないのか。コーヒーメーカーまであるのだ。
「……ご結婚されるそうで?」
預かった封筒をクシャクシャにしてしまいそうになる。
「しないよ」
部長はあっさり言う。
「え?」
「しないってば。見合いはしたけど」
「お見合いはしたのに結婚しないんですか?」
「見合いをしたからといって、必ず結婚する訳ないでしょう? その封筒を見るに君もつまらない噂を信じたくちかな? 見合いしているのを社内の人間に見付かり、言いふらされたんだよ」
顔ではなく折曲った封筒からこちらの心を見破る。噂の種明かしを拍子抜けしてしまうくらい淡々とされた。
「でも、結婚の意志があるからお見合いしたんですよね?」
「おや、まだ引っ張るのかい? いいよ、とりあえず座って話そうか」
手前の椅子を勧められる。面接官と採用希望者みたいな向かい合わせとなると、部長の存在が改めて大きく感じる。
「繰り返すが、僕は見合いで結婚はしない。それはどうしてだと思う?」
「どうしてってーーお相手の条件が合わなかったとか?」
取引先のご令嬢、かつ将来は会社を継ぐ未来予想図が物足りないとしたら、部長の理想はエベレスト級だが。
私の答えに部長は分かっていないなとばかり、かぶりを振る。
「心外だな、僕は相手をむやみに選別する条件を出すのは好まない。可愛い、綺麗とか、資産家の娘など生まれ持ったものより、内面を重視する」
「しかし、部長は社内恋愛はしないのでは? 社内の女性というだけで恋愛対象者から外す事を一般的に選別と言います」
「そ、それは。今は考えを変えて君としているじゃないか! 過去の価値観に固執するのは良くないだろ」
「はい? あのおふざけ、まだ続いていたんですか?」
そして沈黙。てっきりカフェでの一件で部長の目的は果たされたと思っていたから。
それに例え預かり知らぬところで社内恋愛が継続していても、部長は恋愛中にお見合いをしていた訳で。私が彼に無言の圧をかけられるのは納得がいかない。
「ーーいて、と言ったじゃないか」
睨み返すと聞き取れない小声を発する。部長は手元の万年筆を必要以上に弄り、迷っているのが伺われた。
一体、何を迷うのだろう。はっきり言えばいい。
「部長、何をーー」
「君が待っていてと言ったからじゃないか!」
部長は私を遮り、席を立つ。
「見合いを断った理由は君だ。何故そんなことも分からない?」
部長の怒りは熱さより冷たさが勝り、喉をぐっと押さえ付ける。言い訳や申し開きを受け付けない構えに私はたじろぐ他ない。
「僕は君の察しの悪さに絶望している。待っていろと言われ、大人しくお座りしていたのが馬鹿みたいじゃないか」
部長がこちらへ近付いてくる。常に部長に対しては気を回していたつもりが絶望までさせているとは。ますます身体は強張り、動けなくなった。
「こんなことならーー意地を張らず迎えに行けば良かったよ」
椅子から引っ張り上げられたかと思えば、甘い香りに包まれる。膝の上にあった封筒が滑り落ちていく。
「狭くて薄暗い場所が好きなんでしょ?」
耳元がで囁かれ、部長に抱き締められているのを把握した。慌てて胸を押し返そうとした際、ネクタイピンに気付く。
「こ、これ」
「今日は素直になろうと思ってね。似合ってる?」
「いえ、正直、似合ってるとは言い難い」
贈っておきながらだが、高級ブランドスーツとネクタイにキャラクターピンは合わない。はっきり言えば浮いている。
「はは、君は素直だな」
身を捩るが離してくれず、それどころか密着を強めてきた。部長はスーツの上からだと線が細いが、こうされると抵抗が通じない。
「こういうのセクハラですよ?」
「ほぅ、訴えるか? それもいい。セクハラ上司になど二度と縁談はこないだろう」
「こんな真似しなくても部長なら断れますよね? 私を口実にしようとしないで下さいよ」
甘い香りで頭がくらくらする、私は部長の香水が好き。同じ香りを求めてこっそり探してみたが見当たらなくて。
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