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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで
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「さて、風呂はどちらから入ろうか」
管理人が用意してくれた夕食を済ませるなり、浅田さんは切り出した。
食事中、大した会話はなく淡々と食べ物を口に運んでいた私達。もはや肌を重ねる事が旅行の目的と受け取っても仕方ない。ただ本当に身体が目当てであろうと、それを隠そうともしない神経に嫌気がさす。
「……」
私が黙ると、浅田さんは肩を竦める。
「そういう顔をされるとは心外だな。君は妻にする女性。抱く権利が僕にはあるだろう」
「私はもっとお互いの事を知ってからーーと考えてます」
「はっ、子供みたいな事を言わないでくれ。金で買われた自覚はあるでしょうに。君の伯父さんには伝えているはずだよ? 君が従順でいてくれれば援助は惜しまないと」
目の前に絶望の札束を積まれ、真っ暗になった。私は浅田さんを好きになり、好きになって貰える努力をしたいが、あちらにそのつもりは毛頭無いのだ。
「どんな結婚生活を夢見ているのか知らないが、君は浅田の家に入り、僕が言う通り大人しく笑っていればいいんだ」
いいね? 念を押す浅田さんは私を所有物として扱う。彼は妻という道具を便利に使いたいだけ。
「鬱陶しい、泣かないでくれる?」
頬に自然と涙が伝う。浅田さんは後ろへ撫で付けた髪を掻き乱し、垂れた前髪の奥から鋭い眼差しを向けてきた。
「先に風呂に入ってくるよ。その間に支度をしておきなさい」
これは泣き止めという命令でもあった。椅子を蹴り出ていく姿を呆然と見送り、その後で顔を覆う。
室内にいるのに気持ちが迷子になって、帰りたい、あの日へ戻りたいと訴える。状況から逃げたらどうなるのか重々分かっていても今夜は見逃して欲しいって。これじゃあ子供と責められてもしょうがないか。
私はそのまま身ひとつで玄関へ。財布や携帯を持ってこないのは言い訳工作で、本気で逃げる気が無かったと話そうと浅田さんが信じないと承知している。
見上げれば月が明るい、綺麗な夜だった。こんな夜に心を殺す真似は出来ない、私の秘めた恋心を浮かび上がらせる。
ねぇ、森の小屋に行こうよ。記憶の中に飛ぶ野鳥が囀った。
別荘の裏にある森は私の家の敷地で、小屋の管理も頼んである。成人してから足が遠のく場所へ記憶を頼りに向かう。
月明かりで照らす道程はおぼつかず、パンプスで進は厳しい。
何度もつまずき転倒しそうになり、心細さから彼の名を呼んだ。
「……斗真さん、斗真お兄ちゃん助けて」
小屋には斗真さんとの思い出がつまっており、あれは私がまだ学生だった頃ーー。
額の汗を拭い、夜空のスクリーンへ当時のやり取りを映す。
■
「将来の夢?」
蝉がけたたましく鳴いていた、夏の日だったと思う。夏休みを利用し別荘へ遊びに来るのが我が家の慣例で、斗真さんも同行する。
「そう、姫香は将来どんな人になりたい?」
自由研究のテーマに野鳥の観察を選ぶ私は小屋でノートを広げ、質問に対し傾げた。将来の夢を尋ねられてもピンと来なくて。
「斗真お兄ちゃんは?」
聞き返す。
「俺? 俺は父さんの会社を継ぐ」
「靴を作るの?」
「あぁ、世界中の女性にぴったりの靴を作りたい」
五つ上の彼は私と違い、未来に明確なビジョンを持つ。
両親が仕事で日本を離れる機会が多く、寂しい思いをしているだろうにそれをおくびにも出さず、多忙な二人を尊敬していると付け加える。
「さて、風呂はどちらから入ろうか」
管理人が用意してくれた夕食を済ませるなり、浅田さんは切り出した。
食事中、大した会話はなく淡々と食べ物を口に運んでいた私達。もはや肌を重ねる事が旅行の目的と受け取っても仕方ない。ただ本当に身体が目当てであろうと、それを隠そうともしない神経に嫌気がさす。
「……」
私が黙ると、浅田さんは肩を竦める。
「そういう顔をされるとは心外だな。君は妻にする女性。抱く権利が僕にはあるだろう」
「私はもっとお互いの事を知ってからーーと考えてます」
「はっ、子供みたいな事を言わないでくれ。金で買われた自覚はあるでしょうに。君の伯父さんには伝えているはずだよ? 君が従順でいてくれれば援助は惜しまないと」
目の前に絶望の札束を積まれ、真っ暗になった。私は浅田さんを好きになり、好きになって貰える努力をしたいが、あちらにそのつもりは毛頭無いのだ。
「どんな結婚生活を夢見ているのか知らないが、君は浅田の家に入り、僕が言う通り大人しく笑っていればいいんだ」
いいね? 念を押す浅田さんは私を所有物として扱う。彼は妻という道具を便利に使いたいだけ。
「鬱陶しい、泣かないでくれる?」
頬に自然と涙が伝う。浅田さんは後ろへ撫で付けた髪を掻き乱し、垂れた前髪の奥から鋭い眼差しを向けてきた。
「先に風呂に入ってくるよ。その間に支度をしておきなさい」
これは泣き止めという命令でもあった。椅子を蹴り出ていく姿を呆然と見送り、その後で顔を覆う。
室内にいるのに気持ちが迷子になって、帰りたい、あの日へ戻りたいと訴える。状況から逃げたらどうなるのか重々分かっていても今夜は見逃して欲しいって。これじゃあ子供と責められてもしょうがないか。
私はそのまま身ひとつで玄関へ。財布や携帯を持ってこないのは言い訳工作で、本気で逃げる気が無かったと話そうと浅田さんが信じないと承知している。
見上げれば月が明るい、綺麗な夜だった。こんな夜に心を殺す真似は出来ない、私の秘めた恋心を浮かび上がらせる。
ねぇ、森の小屋に行こうよ。記憶の中に飛ぶ野鳥が囀った。
別荘の裏にある森は私の家の敷地で、小屋の管理も頼んである。成人してから足が遠のく場所へ記憶を頼りに向かう。
月明かりで照らす道程はおぼつかず、パンプスで進は厳しい。
何度もつまずき転倒しそうになり、心細さから彼の名を呼んだ。
「……斗真さん、斗真お兄ちゃん助けて」
小屋には斗真さんとの思い出がつまっており、あれは私がまだ学生だった頃ーー。
額の汗を拭い、夜空のスクリーンへ当時のやり取りを映す。
■
「将来の夢?」
蝉がけたたましく鳴いていた、夏の日だったと思う。夏休みを利用し別荘へ遊びに来るのが我が家の慣例で、斗真さんも同行する。
「そう、姫香は将来どんな人になりたい?」
自由研究のテーマに野鳥の観察を選ぶ私は小屋でノートを広げ、質問に対し傾げた。将来の夢を尋ねられてもピンと来なくて。
「斗真お兄ちゃんは?」
聞き返す。
「俺? 俺は父さんの会社を継ぐ」
「靴を作るの?」
「あぁ、世界中の女性にぴったりの靴を作りたい」
五つ上の彼は私と違い、未来に明確なビジョンを持つ。
両親が仕事で日本を離れる機会が多く、寂しい思いをしているだろうにそれをおくびにも出さず、多忙な二人を尊敬していると付け加える。
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