御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

八千古嶋コノチカ

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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

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 大企業の跡取り息子ーー斗真さんの生まれながらの環境を揶揄する声は正直なところ少なくない。けれど幼馴染みである私は、彼が峯岸の名に甘んじる事なく努力を重ねているのを知っていた。峯岸のご両親が一人息子に期待する故、どれだけ厳しく接しているのかも。

「斗真お兄ちゃんは凄いなぁ。私は将来の事なんて考えられないもの」

「はは、姫香はまだ小さいから」

「またそうやって子供扱いする!」

「ごめん、ごめん」

 実際、私の思考は幼かった。斗真さんが同年代と比べ大人びているのをスマートだ感じ、勘違いする。彼の幼馴染みであるのが誇らしい、私が自慢できるのは斗真さんの事しかなかったから。

「姫香はそのままでいい、そのままでいてくれ」

 そう言って頭を撫でた。仔猫の機嫌を取るみたいな優しい手付きが心地よく、こうして撫でて貰えるのなら幾らでも拗ねた真似をしてしまう。

「ふふ、どうしようかな? 私もずっと斗真お兄ちゃんの妹でいられないかも?」

「……え、そうなのか? 可愛い妹の自由研究を手伝ってあげようと思ったのに。なるほど、姫香は妹じゃないんだな?」

「え! それは話が違うよ!」

 慌てる私に斗真さんは吹き出す。

「姫香? 怒っちゃった?」

 怒ってなどいない。屈託ない笑みと小首を傾げて甘える仕草、緩急をつけた表情にドキドキさせられ言葉が出てこないだけ。
 俯き、パフォーマンスで頬を膨らめた。

「俺もね、姫香を妹扱いし続ける気はないよ」

「えっ?」

 不貞腐れ方が過ぎ、嫌がられてしまったのだろうか、不安になる。

「あっ、いや、そういう意味じゃない。姫香が今も俺の大事なのは変わらない。俺は君の前だけでは本当の自分で居られるんだ」

「本当の?」

「あぁ、だから姫香が妹ではなく一人の女性ーーそうだな、シンデレラになった時。お祝いに靴を贈らせて欲しい」

「ーーなら私は斗真お兄ちゃんじゃなくて、斗真さんって呼ぶ。そうすれば妹っぽくないでしょう? 早く大人の女性になりたいな」

 斗真さんが私の為に靴を仕立ててくれる、それはまさにシンデレラのガラスの靴。

「だからと言って、急いで大人になるなよ。どうか、俺が一人前になる前にかぼちゃの馬車には乗らないで」

 また頭を撫でて、斗真さんが微笑む。手作りのウッドテーブルの上で約束を交わす。

 ーーこれから数年後、彼はイタリア行きを決めるのだ。



 小屋が見えてきた。ホー、ホー、梟(ふくろう)が鳴く。懐かしさと心細さから扉へ向かって駆け出してノブを回した。

「……開いてる訳、ないか」

 手元からガチャガチャ空回りの音が虚しく響き、斗真さんとの穏やかな思い出から締め出された気分になる。

 シンデレラの靴を贈って貰える約束を楽しみにしてきた。初恋が実るとは考えていなかったが、斗真さんに大人の女性と認められる日を夢みていた。
 そして、私は楽しみに夢見ていただけで行動が伴っていなかったんだ。

 靴擦れを起こして、泥まみれのパンプスを見下ろす。現実逃避する自分が情けない。けれど、どうしても浅田さんの元へ帰りたくない。

 その場にしゃがみ、息を潜めると身体を小さく折り畳む。

 いつまでそうして居たのだろう。気付くと夜を歌う梟(ふくろう)から朝を奏でるヒヨドリへマイクがバトンタッチされる。
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