御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

八千古嶋コノチカ

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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

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 「迷惑だなんて、そんな」

 言うはずない。むしろ飛び上がって喜びたいくらい。それでも口をつくのは疑問だった。

「お仕事に影響はないですか?」

 可愛気のない言い草に斗真さんは襟足を掻く。

「そりゃあ、無いとは言わないさ。けどな、物事の優先順位を誤りたくない」

 私の肩を押すと座らせ、片膝を躊躇せずつく。それから靴擦れした箇所をみ、形の良い眉を顰めた。

「あぁ、素足でパンプスを履いたのか。染みるだろうが我慢しろ」

 ぬるま湯に足を浸し、患部を洗ってくれる。チャプチャプ波立つ水音が私の心もざわつかせた。
 斗真さんを浅田さんと勘違いしてしまい、一連の流れは伝わっているはず。援助目的に結婚すると知り、どう思われているのだろう。

「後は自分でやりますから」

 かしづき足を洗う斗真さん。そんな丁寧にお世話されると照れて、真っ直ぐ見られない。

「姫香、俺は怒っているんだぞ?」

 洗面器から足を出そうとしたら制止された。引っ込め掛けた足はタオルに包まれ、斗真さんの膝の上へ乗せられる。

「ちなみに怒っている理由は三つある。一つ目は浅田との結婚を黙っていた事」

「それは!」

「俺が知れば介入すると考えたんだろう? 二つ目は姫香につまらない遠慮をさせたのを怒っている」

 スーツの襟に付けた社章を顎で差す。ガラスの靴をモチーフとしたシンボルマークは有名だ。斗真さんはこの優良と名高い企業の代表取締役を務めている。

「立ち場をひけらかして納得させたい訳じゃないが、俺は姫香の悩みを解決する力を持っている。それが金銭的な困り事であっても浅田を頼らず、俺に相談して欲しかったな」

「……そう言ってくれるのが分かっていたからこそ、言えなかったんです。経済誌で斗真さんが特集されていたのを見ました。世界中で活躍して、なんだか遠い人になってしまったみたいで」

 手を伸ばせば触れられる距離なのに、置かれた立場が遠すぎる。

「俺を凄いと言ってくれるのは嬉しい。ただ、姫香のお父さんの研究も世界的に認められているじゃないか? お父さんが倒れられて不安なのは当たり前だけど、姫香が家業を代理で担うべきだったんだ」

「私なんて手伝い程度ですよ」

「姫香のお父さんは姫香を信頼し、サポートをお願いしていたと思う」

 泣いたところで父の病状は良くならない。涙を堪え、唇を噛む。

「こら、そんなに噛むと血が出る。もうこれ以上、俺の宝物を傷付けたくないよ。そう、三つ目は姫香を迎えに来るのが遅れた自分に腹を立てているんだ」

「迎えに来た? 私を?」

「あぁ。お姫様のピンチに白馬じゃなく、プライベートジェットに乗って駆けつけたって言ったよな」

 斗真さんは頬へ手を伸ばして、食いしばりを解く。顎を持たれ、泣きたいなら泣きなさいと瞳と瞳で語る。
 彼の三つの怒りは二つが己に向けられており、私がした選択を極力非難しない言い回しをした。

「まぁ、いきなり迎えに来たとか言われても困らせるか。よし、悪い魔法使いを退治して姫香の不安を取り除いてから、姫香をさらうとしよう」

 迎えに来たとの繰り返しに、最初は別荘から逃げた私を探しに来てくれた意味と受け取るが、どうもニュアンスが違うのを理解する。 

 斗真さんは私の行いの全てを甘受し、私だって許されるならその胸へ飛び込んでしまいたい。許されるならば。

「悪い魔法使いーー浅田さんですよね?」

「それ以外に対象者がいる?」

「今の斗真さんの笑顔が悪い魔法使いみたいです」

「はは、そう? 姫香を虐めてくれた分、きっちりお返ししてやろうと思ったらワクワクしてさ」

 気持ちがどうあれ、私は浅田さんと婚約している。ここで交わした甘酸っぱい約束とは種類が別で法的な効力が発生し、不履行となれば慰謝料を請求されるのだ。

 もちろん慰謝料の支払い能力を懸念をしているんじゃなく、他人の婚約者を奪ったという社会的信頼の失墜を危惧する。スキャンダルが斗真さんの会社へいかほどのダメージを与えるか、昨今の芸能ニュースを見れば算出は難しくない。

「気持ちは本当に有り難いし、嬉しいのですがーー」

 斗真さんの成功を壊すなど、積み重ねてきた努力を知る私に出来るはずなくて。

「姫香」

 私が何を言わんとするかなどお見通しなのだろう。遮り、おもむろに足を唇の近くへ持ち上げた。
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