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幸福の代償

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 他者を疎まず、憎まず、自己犠牲をしても幸せを願う。かつての優子は物語のお姫様の条件を満たしてきた。みなが優子に憧れ、好意と期待を寄せてくれ、それに応えることが責務と考える。
 けれど、秀人と結婚をしてお姫様にならなくていい。自分らしくありたいと決めた。

 終わりにする、これでいい、これが優子の出来得る限りのけじめの付け方と掲げた腕を見上げる。

「さようなら、徳増」

 自分の人生を作り替えてしまったと言っても過言ではない相手に、ありがとう、と付け加えそうになり優子は曖昧な笑みを浮かべた。
 徳増を憎みきれない甘さと優柔不断さが優しさと呼ばれるなら、それは残酷。最終的に優子を傷付ける刃だ。

「……っ」

 そして優子は短剣を自らの腹部へおろす。痛みで悲鳴を上げない為、噛み締めた。
 優子の血がはねて徳増の頬へ。徳増は目をうっすら開き、自害を選択した姿に口角を緩めた。

 徳増の表情は「良い選択をしました」とでも言っているよう。優子の選択ならば尊重すると。
 秀人との結婚も難色を示しつつ認めたよう、こうなった今では自死をも否定しない。

 優子は最期の光景に立花の絵を探す。その絵には何やら仕掛けがしてあるらしいものの、結局分からずじまいとなりそうだ。

 優子を描いた絵を見ないまま、徳増の傍らへ崩れ落ちていく。

 時を越え、継がれるのが芸術品である。優子は絵と再び出逢える事を祈り、その時は仕掛けがなんであったか知りたい。これはこの世への未練じゃなくて、来世への希望といったところか。
 罪を犯しておきながら生まれ変わりなど望める立場にないのを自覚しつつ、それくらいしか優子は自分にかける言葉がなかった。汚く罵ったり、呪いを吐けない。

 ほどなくして優子は動かなくなる。
 眠っているように穏やかな顔が童話の中にしか生きられないお姫様みたいで悲しいほど絵になっていた。


 こうして優子を彩る紅と館内の静寂が混じり合い、物語の終わりを告げたのだった。
 
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