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嫉妬キス
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病室から帰りの車内は言い難い空気で満ちていた。
両親としては色々と言いたいだろうに、退院後数日は自宅療養する事となったわたしを気遣ってひとつだけ注意する。
それはーー【桜子の気持ちを大切にしなさい】だった。
普通、日本有数の企業、四鬼グループ、その後継者と交際していると聞かされたら驚くにしろ喜ぶと思う。まるでシンデレラガール、マンガやドラマみたいなシチュエーションだから。
ところが2人は怒り、交際を認めない。
先方がわたしの治療やお父さんの昇進を提案したのが、娘を金で買われると捉えた。だからこそ、わたしの気持ちを大切にするよう指摘したのだろう。
わたしの気持ち、ね。
後部座席から流れる景色を眺める。
高橋さんの事件を知り、強烈な不安と吐き気に襲われた時、四鬼さんの顔を見たら安心した。大丈夫だと抱き締められ、症状が緩和する。キスも嫌じゃなかった。
それと貧血を起こしてバス停で倒れた際も、高橋さんと廊下で揉めた時だって四鬼さんが助けてくれ、わたしのピンチに駆け付けてくれるような。
たまたま行き合ったと言われればそれまでだけど、わたしとしては不思議な縁を感じる。
(キス、か)
四鬼さんの女性慣れした態度とわたしじゃ、キスの価値というか重みが違うかもしれない。四鬼さんにかかれば抱き締めたり、キスするのも流れで受け入れさせる。
右頬、左頬、おでこ、そして旋毛を順に押さえ、また熱くなった。
「ごほんっ」
お父さんがわざとらしく咳払い。ルームミラー越しに睨まれてしまい、わたしは肩を竦めた。
「あら、あれ涼君じゃない?」
自宅付近の交差点で涼くんを見付け、お母さんが停車を促す。
「涼君! 練習の帰り?」
「あぁ、おばさんか。はい、そうです」
窓を開け話し掛けると、涼くんも足を止めて応じる。
「でも部活動はお休み中なんでしょう?」
「そうなんですけど。公園で自主練習をしてました」
「そうなの! 偉いわねぇ、おばさん感心しちゃうわ」
「いや他にやる事がないだけで。あの、桜子は? まだ病院ですか?」
後部座席の窓にはシートが貼ってあり、涼くんからわたしは見えない。会話へ参加しようとすると、お父さんがタイミングよく窓を開けてくれた。
「涼くん!」
わたしがひょっこり顔を出すと、涼くんは目を丸くする。
「お前、退院したのか」
ホッとして柔らかな笑みになったのは一瞬、すぐさまいつものポーカーフェイスに戻ってしまった。
「窓から乗り出すな、危ないぞ」
車内へ戻るよう肩を押す。ぶっきらぼうな手付きに見えるも、そっと毛先を撫でられる。
「良かったら乗っていかないか?」
お父さんの提案に涼くんはかぶりを振り、汚れた服とサッカーボールを見せた。
「俺、泥ついてるから車を汚しちゃいます。それに桜子に影響あると悪いから」
「そんなの平気だよ!」
わたしは席を寄り、涼くんが座るスペースを作ってポンポン叩く。
「何が平気だよ。お前さ、おじさんとおばさんにどれ程心配掛けたのか分かってて言ってんのか? 大人しく家で寝とけ」
「うっ……」
それを言われてしまうと、返す言葉がない。
「そうは言えど、この辺りで物騒な事件が立て続けにあるじゃない? もうこんな時間だし乗っていきなさい。おばさんが後ろに乗るわ」
お母さんは素早く助手席を降りて、涼くんを強引に乗り込ませた。そのままわたしの隣へきて内緒話を仕掛けてくる。
「私もお父さんも心配は当然したけれど、一番桜子を心配していたのは涼君よ。涼君ってば、もう泣いちゃいそうだったのよ? あっ、お父さんは泣いてたわ」
病室から帰りの車内は言い難い空気で満ちていた。
両親としては色々と言いたいだろうに、退院後数日は自宅療養する事となったわたしを気遣ってひとつだけ注意する。
それはーー【桜子の気持ちを大切にしなさい】だった。
普通、日本有数の企業、四鬼グループ、その後継者と交際していると聞かされたら驚くにしろ喜ぶと思う。まるでシンデレラガール、マンガやドラマみたいなシチュエーションだから。
ところが2人は怒り、交際を認めない。
先方がわたしの治療やお父さんの昇進を提案したのが、娘を金で買われると捉えた。だからこそ、わたしの気持ちを大切にするよう指摘したのだろう。
わたしの気持ち、ね。
後部座席から流れる景色を眺める。
高橋さんの事件を知り、強烈な不安と吐き気に襲われた時、四鬼さんの顔を見たら安心した。大丈夫だと抱き締められ、症状が緩和する。キスも嫌じゃなかった。
それと貧血を起こしてバス停で倒れた際も、高橋さんと廊下で揉めた時だって四鬼さんが助けてくれ、わたしのピンチに駆け付けてくれるような。
たまたま行き合ったと言われればそれまでだけど、わたしとしては不思議な縁を感じる。
(キス、か)
四鬼さんの女性慣れした態度とわたしじゃ、キスの価値というか重みが違うかもしれない。四鬼さんにかかれば抱き締めたり、キスするのも流れで受け入れさせる。
右頬、左頬、おでこ、そして旋毛を順に押さえ、また熱くなった。
「ごほんっ」
お父さんがわざとらしく咳払い。ルームミラー越しに睨まれてしまい、わたしは肩を竦めた。
「あら、あれ涼君じゃない?」
自宅付近の交差点で涼くんを見付け、お母さんが停車を促す。
「涼君! 練習の帰り?」
「あぁ、おばさんか。はい、そうです」
窓を開け話し掛けると、涼くんも足を止めて応じる。
「でも部活動はお休み中なんでしょう?」
「そうなんですけど。公園で自主練習をしてました」
「そうなの! 偉いわねぇ、おばさん感心しちゃうわ」
「いや他にやる事がないだけで。あの、桜子は? まだ病院ですか?」
後部座席の窓にはシートが貼ってあり、涼くんからわたしは見えない。会話へ参加しようとすると、お父さんがタイミングよく窓を開けてくれた。
「涼くん!」
わたしがひょっこり顔を出すと、涼くんは目を丸くする。
「お前、退院したのか」
ホッとして柔らかな笑みになったのは一瞬、すぐさまいつものポーカーフェイスに戻ってしまった。
「窓から乗り出すな、危ないぞ」
車内へ戻るよう肩を押す。ぶっきらぼうな手付きに見えるも、そっと毛先を撫でられる。
「良かったら乗っていかないか?」
お父さんの提案に涼くんはかぶりを振り、汚れた服とサッカーボールを見せた。
「俺、泥ついてるから車を汚しちゃいます。それに桜子に影響あると悪いから」
「そんなの平気だよ!」
わたしは席を寄り、涼くんが座るスペースを作ってポンポン叩く。
「何が平気だよ。お前さ、おじさんとおばさんにどれ程心配掛けたのか分かってて言ってんのか? 大人しく家で寝とけ」
「うっ……」
それを言われてしまうと、返す言葉がない。
「そうは言えど、この辺りで物騒な事件が立て続けにあるじゃない? もうこんな時間だし乗っていきなさい。おばさんが後ろに乗るわ」
お母さんは素早く助手席を降りて、涼くんを強引に乗り込ませた。そのままわたしの隣へきて内緒話を仕掛けてくる。
「私もお父さんも心配は当然したけれど、一番桜子を心配していたのは涼君よ。涼君ってば、もう泣いちゃいそうだったのよ? あっ、お父さんは泣いてたわ」
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