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責任とってくれよ
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「ねぇ、涼くん! 涼くんってば! 待ってよ、置いていかないでよ」
ーーこれはわたしの泣き声。
吸血行動に目覚めた遠い記憶が夢の世界へ映し出される。
「桜子は熱があるだろ? 家で待ってろ」
この日、体調を崩したわたしの為に涼くんはおかゆを作ってくれようとしていた。両親が共働きで、わたしの看病を涼くんが請け負う事は珍しくない。
「白いおかゆでいい!」
「たまごがないとお前、食べないじゃないか!」
「食べるもん」
「いいや絶対食べないね。走って買ってくるから待ってろって」
「いや! 桜子も一緒に行く!」
たまごを切らしていた為、買い出しに出ようとする涼くんを後追い。裸足で道路まで付いてきたわたしに彼は肩を落とす。
「しょうがねぇな」
今は食べる機会がないが、涼くんの作るたまご粥は思い出の味だ。優しくて温かい気持ちになれる。
「たまごを買うついでにサッカーチップスも買おう! 涼くんの好きな選手が出るといいね」
「サッカーチップスが目的じゃないだろうな」
我ながら微笑ましい光景だと思う。幼い涼くんの感情が読み取りやすく、わたしも素直に気持ちを伝えられた。
どちらからともなく手を繋ぎ、近所のスーパーへ買い物に行く後ろ姿が懐かしい。
「なぁ、お前の描いた絵が入賞したらしいぜ。みんなでお花見に行った時の絵だ」
「本当? 嬉しい! あの桜、とっても上手く描けたから気に入ってたんだ」
激しい運動を禁じられるわたしは自然と絵筆を持つようになり、校内のコンクールで良い成果を上げる事もあった。
これは学校生活を少しでも楽しめるようにとの忖度も否定できないが、対象の絵に限っては桜の訴えを描けたと今もなお自負する。
「あの絵、おじさんは家宝にするとか言い出しそうだな」
「かほう?」
「家の宝物だって意味。俺もあの絵は凄いと思う」
「宝物、か。あの桜は待ってるんだ」
「待ってるって何を?」
「好きな人が迎えに来てくれるのを待ってるって言ってた。桜子には涼くんがいるし、あの桜も待っている人が来るといいね! もしも待ってる人が来たら絵を見せてあげたいな」
ここでわたしは思い付くんだ。
「そうだ、絵が帰ってきたらさ、涼くんが絵を持っていて」
「俺が? おじさんに渡さなくていいのか? 桜子コレクションのひとつになるだろ」
「いいの、いいの。涼くんの家宝になれば桜子の家の家宝でもあるでしょ? 桜子は涼くんのお嫁さんになるんだから。涼くんにあげる」
小さなわたしは少なくとも本気でそう言っていた。そして涼くんも嫌がらないでいてくれる。
「約束、指切りしよう」
小指を差し出す。ずっと変わらず涼くんの側にいられますように、と。
「桜子がお嫁さんかぁ」
「嫌なの? 涼くんは桜子と結婚したくない?」
「おじさんに反対されそうだ。で、泣かれる」
「もしも、お父さんが駄目っていったら駆け落ちしたらいいんだよ!」
「駆け落ちって、よくそんな言葉を知ってるなぁ。それじゃあ桜子、約束だぞ? 桜子は俺のお嫁さんになるんだ」
「うん! 約束ーーやく、そく?」
「桜子?」
涼くんが約束を交わしてくれそうな瞬間、小指同士が絡まる寸前、突如わたしは例の吸血欲求に襲われたのだ。まるで約束が成立するのを邪魔するように。
涼くんを思い切り突き飛ばすと、いちにもなく彼の首へ噛みつく。
「さ、桜子! 痛い、痛い! やめろ! 危ないって!」
白昼堂々、わたしは道路の真ん中で四つん這いとなり涼くんを襲う。唸りを上げ、自我を喪失し、血を得ることしか考えられない。
涼くんからしてみればどれだけ恐ろしかったであろう。
「なぁ、桜子? どうした? 何があった?」
それでも豹変した幼馴染みを振りほどかず必死に呼び掛け、理性を呼び戻そうとする。それが叶わない察すれば人の目に触れにくい場所へ移動した。
「ど、どうしちゃったんだよ、桜子」
「うー、うー、うっ」
獣みたく唸るわたしはモンスターだ。
「血を飲んでるのか? 目が赤くなってるぞ。どうしたんだよ」
「ねぇ、涼くん! 涼くんってば! 待ってよ、置いていかないでよ」
ーーこれはわたしの泣き声。
吸血行動に目覚めた遠い記憶が夢の世界へ映し出される。
「桜子は熱があるだろ? 家で待ってろ」
この日、体調を崩したわたしの為に涼くんはおかゆを作ってくれようとしていた。両親が共働きで、わたしの看病を涼くんが請け負う事は珍しくない。
「白いおかゆでいい!」
「たまごがないとお前、食べないじゃないか!」
「食べるもん」
「いいや絶対食べないね。走って買ってくるから待ってろって」
「いや! 桜子も一緒に行く!」
たまごを切らしていた為、買い出しに出ようとする涼くんを後追い。裸足で道路まで付いてきたわたしに彼は肩を落とす。
「しょうがねぇな」
今は食べる機会がないが、涼くんの作るたまご粥は思い出の味だ。優しくて温かい気持ちになれる。
「たまごを買うついでにサッカーチップスも買おう! 涼くんの好きな選手が出るといいね」
「サッカーチップスが目的じゃないだろうな」
我ながら微笑ましい光景だと思う。幼い涼くんの感情が読み取りやすく、わたしも素直に気持ちを伝えられた。
どちらからともなく手を繋ぎ、近所のスーパーへ買い物に行く後ろ姿が懐かしい。
「なぁ、お前の描いた絵が入賞したらしいぜ。みんなでお花見に行った時の絵だ」
「本当? 嬉しい! あの桜、とっても上手く描けたから気に入ってたんだ」
激しい運動を禁じられるわたしは自然と絵筆を持つようになり、校内のコンクールで良い成果を上げる事もあった。
これは学校生活を少しでも楽しめるようにとの忖度も否定できないが、対象の絵に限っては桜の訴えを描けたと今もなお自負する。
「あの絵、おじさんは家宝にするとか言い出しそうだな」
「かほう?」
「家の宝物だって意味。俺もあの絵は凄いと思う」
「宝物、か。あの桜は待ってるんだ」
「待ってるって何を?」
「好きな人が迎えに来てくれるのを待ってるって言ってた。桜子には涼くんがいるし、あの桜も待っている人が来るといいね! もしも待ってる人が来たら絵を見せてあげたいな」
ここでわたしは思い付くんだ。
「そうだ、絵が帰ってきたらさ、涼くんが絵を持っていて」
「俺が? おじさんに渡さなくていいのか? 桜子コレクションのひとつになるだろ」
「いいの、いいの。涼くんの家宝になれば桜子の家の家宝でもあるでしょ? 桜子は涼くんのお嫁さんになるんだから。涼くんにあげる」
小さなわたしは少なくとも本気でそう言っていた。そして涼くんも嫌がらないでいてくれる。
「約束、指切りしよう」
小指を差し出す。ずっと変わらず涼くんの側にいられますように、と。
「桜子がお嫁さんかぁ」
「嫌なの? 涼くんは桜子と結婚したくない?」
「おじさんに反対されそうだ。で、泣かれる」
「もしも、お父さんが駄目っていったら駆け落ちしたらいいんだよ!」
「駆け落ちって、よくそんな言葉を知ってるなぁ。それじゃあ桜子、約束だぞ? 桜子は俺のお嫁さんになるんだ」
「うん! 約束ーーやく、そく?」
「桜子?」
涼くんが約束を交わしてくれそうな瞬間、小指同士が絡まる寸前、突如わたしは例の吸血欲求に襲われたのだ。まるで約束が成立するのを邪魔するように。
涼くんを思い切り突き飛ばすと、いちにもなく彼の首へ噛みつく。
「さ、桜子! 痛い、痛い! やめろ! 危ないって!」
白昼堂々、わたしは道路の真ん中で四つん這いとなり涼くんを襲う。唸りを上げ、自我を喪失し、血を得ることしか考えられない。
涼くんからしてみればどれだけ恐ろしかったであろう。
「なぁ、桜子? どうした? 何があった?」
それでも豹変した幼馴染みを振りほどかず必死に呼び掛け、理性を呼び戻そうとする。それが叶わない察すれば人の目に触れにくい場所へ移動した。
「ど、どうしちゃったんだよ、桜子」
「うー、うー、うっ」
獣みたく唸るわたしはモンスターだ。
「血を飲んでるのか? 目が赤くなってるぞ。どうしたんだよ」
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