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【ヨルダ編】落ちこぼれ魔法使いの少女
交渉という名のゴリ押し
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「すいませーん」
洋一の間の抜けた声に、門でたむろしていた騎士達は眉を顰めた。
いや、それ以前にいつ現れた?
気配は配っていた。
しかし洋一達はその場に突然現れたように思われた。
「何者だ」
騎士達が抜剣する。
臨戦態勢である。
「怪しいものじゃない」
「怪しい奴は決まってそういうんだ。こんなところへ一体何しに……いや、待て。ここは森の奥につながる通路だ。なぜこっちから人が?」
「近所に住んでたんですよ。あんたらでしょ、人の作っておいた肉を盗んだのは、美味いところばっか持っていきやがって」
悪態を吐く洋一に、騎士達は「なんだ、原住民か」と警戒を緩めた。
納剣はするが、柄から手を離すことはなく、警戒は続けていた。
「なんだ、取り返しに来たのか? はは」
どこかバカにしたような物言いに、特に何も言い返すことなく洋一はこう告げた。
「いやいや、場所を移すことになったのでご挨拶しに来たんですよ。今後お肉はそちらで用意することになるので、いくつか注意点をお伝えしておこうと思いまして」
そう言って、洋一は未解体のジェミニウルフを騎士達に向けて放り投げた。
「貴様! 我々を愚弄するつもりか!」
突然のことに叫び出す騎士達。
一匹に散々手こずった挙句、逃げ仰た記憶が蘇ったのか、どこか八つ当たり気味に吠えている。
「なんだい、散々こいつの肉を食っておいて、今更何を驚いている?」
洋一はあっけらかんと言った。
そう、今まで煮ても焼いても食えないとされたこのジェミニウルフ。
一度蒸すことによって上質な肉の旨みが引き出せるようになったのだ。
「こいつは毛皮が硬いので解体にはコツが要るんだ。ほら、何見てるんだ? 今度からあんたらがこいつを仕留めて食うんだろ? 手伝ってくれよ。コツを教えてやるって言ってんだからさ」
「お、おう」
言われるがまま、騎士達は洋一の手伝いをする。
「ヨルダ、火を頼む」
「うん」
「ヨルダ?」
着火の為にヨルダを呼び寄せた洋一だったが、その名前に聞き覚えがあったのか、騎士の1人が声を上げる。
「ウチの弟子に何か?」
「あ、いや。一緒に素材配送の任を任されていたやつと似た名前だったので」
「そいつは今どこに?」
「いつからか見かけなくって。一緒に回ってた先輩騎士達は知らないっていうし……」
純粋に心配してくれる奴もいるようだ。
しかしヨルダはその騎士とは顔を合わせたくないようだ。
ならば特に気を使う必要もないかと、洋一はその話をそれ以上を広げることはしなかった。
「こいつはじっくり煮込む必要がある。水路が近くにあるだろ? そこで水を汲んできてさ、ちょっとしんどいけどこの中で生活魔法を扱える奴はいるか?」
「少しなら」
手を挙げたのは先ほどヨルダを心配していた新米騎士だった。
「へぇ、美味いもんだ。あんたならすぐにモノにできると思うぞ?」
「調理はそうでしょうけど、捕まえてこれるんでしょうか?」
「そこで無駄に威張り散らしてる先輩に頑張ってもらえ。上級騎士なんだろう?」
「おい! 貴様、不敬だぞ!」
「すいません、ウチの先輩達、プライドばかり高くて」
貴族の子供なのだろうか?
なんとなく鼻持ちならない態度を周囲に誇示している。
こんなんじゃ、下は萎縮するばかりだ。
「貴様、聞こえてるぞ! 食事を抜きにされたいか!」
その上パワハラと来た。
こんな環境じゃ、ヨルダじゃなくても逃げ出したくなるだろうに。
「なぁあんた、良かったら俺たちと来ないか?」
「貴様、騎士団員を勧誘するとは不届きものめ! この場で切って捨てても良いんだぞ!」
恫喝することしかできないのか。
手伝っているのは新米騎士ばかりで、上級騎士達は口しか出していない。
「あんたらなぁ、あんまりわがまま言うなら。この肉は調理途中で放り出すぞ? それでも構わないか?」
「フン、俺たちに楯突いてタダで済むと思ってるのか? バックに国がついてるんだぞ?」
「はぁ、こうも話が通じないとはな。やっぱりヨルダの言ってた通りだ。こいつらは一度痛い目にあっといたほうがよさそうだ」
洋一は瞳に力を込める。
「隠し包丁──“足”」
視界にとらえた対象への全体攻撃。
「何をした! 貴様ぁ!」
「動きを封じさせてもらっただけだよ。数日もすれば治るだろう。ほら行くぞヨルダ。あんたも来るか?」
一緒に手伝いをした下級騎士に手を向ける。
下級騎士は俯いて葛藤した後、洋一の手を取った。
「僕を連れてってください。家で、帰りを待つ母親がいるんです!」
薬を持って帰ると誓った。
しかし給料がいいと言われた騎士団は、入ったが最後。
家に帰る日は遠ざかる一方だったと言う。
「貴様ぁ! 隊長に行って貴様を逆賊に仕立て上げるぞ! そうなったら母親は悲しむだろうなぁ!? お前は親不孝者だ! 今なら間に合う。ここに残ってその男を捕えろ。肉の調達と加工はその男に任せれば……」
騎士の男はそれ以上ものを言わなかった。
「聞くに耐えないな。そうやって規則で縛って、雁字搦めにするのが国のやり方か? ならお前らにもう用はない!」
洋一が包丁を振り上げる。
しかしそれを止めたのは、ずっと騎士団でいじめられてきたヨルダだった。
「ダメ、師匠! 食べる以外の殺しはしないんでしょ!? それに、こんな奴ら師匠が手にかけるまでもないよ」
「……そうだな。今回は見逃してやる。だが、次見かけたら容赦はしない、覚えとけ」
「その、お世話になりました」
洋一は結局力任せで押し通ってしまったなとボリボリと後頭部を掻いた。
その後を自慢げにヨルダが続き、申し訳なさそうに騎士鎧を脱いだ下級騎士が続いた。
今日から下級市民の少年……いや、どう見ても少女だった。
ヨルダと同様に、性別を偽って騎士団に入るのが流行っているのだろうか?
「ヨルダ、良かったやっぱり生きてたんだね」
「ひっつくな! オレはまだお前のこと許してないんだからな!」
「やっぱりお前ら、知り合いだったのか?」
「騎士団に来る前までは顔も知らなかったですよ。ただ、何処の世も女に厳しい社会というのは変わらないようで」
「こいつ、やたらオレの水浴びについてこようとするんだぜ?」
「だって、こんなに透き通った肌をしてる子が男の真似して強がってたら、おかしいでしょ。それでお仲間だって思ったんだー」
一方は自分の生きる意味を探し、もう一方はお金を稼ぐ為に騎士団へと入団したのだという。
「俺はただの料理人なんだがなぁ?」
「そう思ってるのは師匠だけですよ?」
「本当に、何者なんですか? ジェミニウルフを最も容易く仕留める腕前。ただの料理人だと言い張っても無理があると思いますよ?」
「そうかなぁ? なんかいっぺんに言われると自信無くすよ」
藤本要は、洋一を全肯定するタイプだった。
人は人、オレらはオレらだ。気にせず行こうぜといつも励ましてくれた。
そんな何気ないフレーズを思い出すあたり、ちょっと郷愁に焦がれているのかもしれない。
洋一の間の抜けた声に、門でたむろしていた騎士達は眉を顰めた。
いや、それ以前にいつ現れた?
気配は配っていた。
しかし洋一達はその場に突然現れたように思われた。
「何者だ」
騎士達が抜剣する。
臨戦態勢である。
「怪しいものじゃない」
「怪しい奴は決まってそういうんだ。こんなところへ一体何しに……いや、待て。ここは森の奥につながる通路だ。なぜこっちから人が?」
「近所に住んでたんですよ。あんたらでしょ、人の作っておいた肉を盗んだのは、美味いところばっか持っていきやがって」
悪態を吐く洋一に、騎士達は「なんだ、原住民か」と警戒を緩めた。
納剣はするが、柄から手を離すことはなく、警戒は続けていた。
「なんだ、取り返しに来たのか? はは」
どこかバカにしたような物言いに、特に何も言い返すことなく洋一はこう告げた。
「いやいや、場所を移すことになったのでご挨拶しに来たんですよ。今後お肉はそちらで用意することになるので、いくつか注意点をお伝えしておこうと思いまして」
そう言って、洋一は未解体のジェミニウルフを騎士達に向けて放り投げた。
「貴様! 我々を愚弄するつもりか!」
突然のことに叫び出す騎士達。
一匹に散々手こずった挙句、逃げ仰た記憶が蘇ったのか、どこか八つ当たり気味に吠えている。
「なんだい、散々こいつの肉を食っておいて、今更何を驚いている?」
洋一はあっけらかんと言った。
そう、今まで煮ても焼いても食えないとされたこのジェミニウルフ。
一度蒸すことによって上質な肉の旨みが引き出せるようになったのだ。
「こいつは毛皮が硬いので解体にはコツが要るんだ。ほら、何見てるんだ? 今度からあんたらがこいつを仕留めて食うんだろ? 手伝ってくれよ。コツを教えてやるって言ってんだからさ」
「お、おう」
言われるがまま、騎士達は洋一の手伝いをする。
「ヨルダ、火を頼む」
「うん」
「ヨルダ?」
着火の為にヨルダを呼び寄せた洋一だったが、その名前に聞き覚えがあったのか、騎士の1人が声を上げる。
「ウチの弟子に何か?」
「あ、いや。一緒に素材配送の任を任されていたやつと似た名前だったので」
「そいつは今どこに?」
「いつからか見かけなくって。一緒に回ってた先輩騎士達は知らないっていうし……」
純粋に心配してくれる奴もいるようだ。
しかしヨルダはその騎士とは顔を合わせたくないようだ。
ならば特に気を使う必要もないかと、洋一はその話をそれ以上を広げることはしなかった。
「こいつはじっくり煮込む必要がある。水路が近くにあるだろ? そこで水を汲んできてさ、ちょっとしんどいけどこの中で生活魔法を扱える奴はいるか?」
「少しなら」
手を挙げたのは先ほどヨルダを心配していた新米騎士だった。
「へぇ、美味いもんだ。あんたならすぐにモノにできると思うぞ?」
「調理はそうでしょうけど、捕まえてこれるんでしょうか?」
「そこで無駄に威張り散らしてる先輩に頑張ってもらえ。上級騎士なんだろう?」
「おい! 貴様、不敬だぞ!」
「すいません、ウチの先輩達、プライドばかり高くて」
貴族の子供なのだろうか?
なんとなく鼻持ちならない態度を周囲に誇示している。
こんなんじゃ、下は萎縮するばかりだ。
「貴様、聞こえてるぞ! 食事を抜きにされたいか!」
その上パワハラと来た。
こんな環境じゃ、ヨルダじゃなくても逃げ出したくなるだろうに。
「なぁあんた、良かったら俺たちと来ないか?」
「貴様、騎士団員を勧誘するとは不届きものめ! この場で切って捨てても良いんだぞ!」
恫喝することしかできないのか。
手伝っているのは新米騎士ばかりで、上級騎士達は口しか出していない。
「あんたらなぁ、あんまりわがまま言うなら。この肉は調理途中で放り出すぞ? それでも構わないか?」
「フン、俺たちに楯突いてタダで済むと思ってるのか? バックに国がついてるんだぞ?」
「はぁ、こうも話が通じないとはな。やっぱりヨルダの言ってた通りだ。こいつらは一度痛い目にあっといたほうがよさそうだ」
洋一は瞳に力を込める。
「隠し包丁──“足”」
視界にとらえた対象への全体攻撃。
「何をした! 貴様ぁ!」
「動きを封じさせてもらっただけだよ。数日もすれば治るだろう。ほら行くぞヨルダ。あんたも来るか?」
一緒に手伝いをした下級騎士に手を向ける。
下級騎士は俯いて葛藤した後、洋一の手を取った。
「僕を連れてってください。家で、帰りを待つ母親がいるんです!」
薬を持って帰ると誓った。
しかし給料がいいと言われた騎士団は、入ったが最後。
家に帰る日は遠ざかる一方だったと言う。
「貴様ぁ! 隊長に行って貴様を逆賊に仕立て上げるぞ! そうなったら母親は悲しむだろうなぁ!? お前は親不孝者だ! 今なら間に合う。ここに残ってその男を捕えろ。肉の調達と加工はその男に任せれば……」
騎士の男はそれ以上ものを言わなかった。
「聞くに耐えないな。そうやって規則で縛って、雁字搦めにするのが国のやり方か? ならお前らにもう用はない!」
洋一が包丁を振り上げる。
しかしそれを止めたのは、ずっと騎士団でいじめられてきたヨルダだった。
「ダメ、師匠! 食べる以外の殺しはしないんでしょ!? それに、こんな奴ら師匠が手にかけるまでもないよ」
「……そうだな。今回は見逃してやる。だが、次見かけたら容赦はしない、覚えとけ」
「その、お世話になりました」
洋一は結局力任せで押し通ってしまったなとボリボリと後頭部を掻いた。
その後を自慢げにヨルダが続き、申し訳なさそうに騎士鎧を脱いだ下級騎士が続いた。
今日から下級市民の少年……いや、どう見ても少女だった。
ヨルダと同様に、性別を偽って騎士団に入るのが流行っているのだろうか?
「ヨルダ、良かったやっぱり生きてたんだね」
「ひっつくな! オレはまだお前のこと許してないんだからな!」
「やっぱりお前ら、知り合いだったのか?」
「騎士団に来る前までは顔も知らなかったですよ。ただ、何処の世も女に厳しい社会というのは変わらないようで」
「こいつ、やたらオレの水浴びについてこようとするんだぜ?」
「だって、こんなに透き通った肌をしてる子が男の真似して強がってたら、おかしいでしょ。それでお仲間だって思ったんだー」
一方は自分の生きる意味を探し、もう一方はお金を稼ぐ為に騎士団へと入団したのだという。
「俺はただの料理人なんだがなぁ?」
「そう思ってるのは師匠だけですよ?」
「本当に、何者なんですか? ジェミニウルフを最も容易く仕留める腕前。ただの料理人だと言い張っても無理があると思いますよ?」
「そうかなぁ? なんかいっぺんに言われると自信無くすよ」
藤本要は、洋一を全肯定するタイプだった。
人は人、オレらはオレらだ。気にせず行こうぜといつも励ましてくれた。
そんな何気ないフレーズを思い出すあたり、ちょっと郷愁に焦がれているのかもしれない。
応援ありがとうございます!
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