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【ルディ編】騎士見習いの少女
商人連合がやってきた!
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季節は巡り、すっかり木々が鮮やかに色めき立つ頃合。
いつもとは顔ぶれの違った行商人がやってきた。
村長は何事かと村人を招集し、洋一の耳にまでその報が入る。
「その話は本当か?」
「うん、村長さんが頭を抱えてたからお師匠様にきて欲しいって」
報告をしにきたルディはすっかり衣替えをしている。
騎士服で過ごしていた彼女は、畜産業しやすいオーバーオールに身を包んでいた。
動きやすさと頑丈さを兼ね備えた一品だ。
家畜を警戒させないための色使いで、目にも優しい。
ルディもすっかり気に入ったようで、騎士服とは永遠におさらばした形だ。
「ヨルダは?」
「あの子は一応警戒中。変な真似したら土に埋めるーって吠えてました」
「野蛮極まりないな」
「でも、効果的です」
この子も野蛮だった。すっかりヨルダに染まってしまってる。
いつの間にやら、騎士団を襲った魔の森に住まう魔女の呪いの正体が己であることを語っていたようだ。
それによって上級騎士が行動不能に陥った姿を目撃してるのもあって、ムカつく奴はどんどん粛清してやろうと、倫理の箍が外れかけているようだ。
暴力でしか物事を考えられなくなったら終わりだぞ、と思いつつ先に暴力を振るってきたのは向こうなので仕方ないとも思う洋一なのであった。
なんだかんだ弟子には甘い男である。
「まぁ、毛皮関連だろうな」
「と、言いますと?」
「一人だけ急に羽振りが良くなれば周りが勘づく。しかし口が硬い場合はどうする?」
「えっと、秘密裏に跡をつける?」
即座に答えるルディに、そんな感想はすぐに導いてほしくなかったが「そうだ」と答える洋一。
「で、うちの村との交渉が露見した。調味料や食材なんかで価値のつり合わない毛皮を入手している。他の商人からしたらそれって面白くないだろ?」
「うん、一人だけずるい!って思う」
「だからな、自分たちにも一枚噛ませろと言ってくるわけさ」
「それって村との間に入る行商人が増えるってこと?」
「まぁ、毛皮は先着順だけどな」
「それ、余計に競争を煽るんじゃ?」
「初めから数に限りがあるって言ってるし、倒すのも厄介な魔獣だ。向こうもそれを承知で行商しにきてるだろうから問題はないな」
洋一は楽観的に語る。
「じゃあ、問題はないと?」
「暴力で訴えかけてきたら、それこそ防衛装置のヨルダが起動するだろ」
「まぁ……」
「それに、伝説級を討伐できるハンターを敵に回す真似を知恵の回る商人が取ると思うか?」
「凄腕ハンターを雇えば、あるいは」
「そのハンターとやらが、俺やヨルダ以上に綺麗な状態で毛皮の確保ができるならいいな」
正直、無理だと思う。
騎士団ですら逃げ出す魔獣だ。
武器が通じず、致命傷を与える手段が限られてる。
もし強靭な毛皮を貫通する技術があったとしても、それを毛皮として下ろせるほど安定して狩れるかは別の話である。
「どっちみち、毛皮の品質で負ける要素はないと?」
「高く売れてて、どこかの貴族ともコネができている。そこに横入りする場合、商人達が狙う場所は販路の拡大だと俺は踏んでいる」
「毛皮の加工先ですか?」
「そんな感じだ。すごいな、ルディは」
「知ってます? 一般市民、それも下級市民は純真無垢な子供のままでいられる期間ってすごく短いんです。受け身のままでいられたら良かったんですけどね……ふふふ」
そこには表情に影を差したルディがいた。
お金に困っていたと言ってたし、苦労したのが良くわかる。
女の子なのに男装して騎士に入隊するほどの覚悟を強いられる環境だったのだろうが、国の腐敗がそこまで進行している事を考えるとここで商人たちに美味い思いをさせるのはまずいかもしれない。
それが成功すれば、芋蔓式に貴族が寄って来そうだ。
得策とは思えないが……貴族に売り出さないと誓いを立てさせればなんとかなるか?
それを村長達だけに決断させるのは酷だし、やはり自分が行くしかないかと立ち上がる。
「毛皮の交渉なら、俺が行かなきゃまずいよな」
「ですね、ロウドさんもそのことで気を揉んでます。仕事にならないので早く解決してきちゃってください」
コッコ達がストレスで騒いでるから、とルディ。
なんだかんだ家畜の状態維持が彼女の使命であるのだ。
村より家畜なのか? と思わなくもないが、その果てに好物があるので仕方ないとも言える。
その提供をしたのが他ならぬ洋一であるからだ。
「じゃ、チャチャっと解決してくるよ。今日も美味しい卵をよろしくな?」
「そんな、こっちの都合で産むもんでもないですし」
「そりゃそうだ」
食材としての流通は限られている。冷蔵技術もないし、温度管理が難しいから日持ちもしない。
村で食べるからそこまでの数は必要ない。
唐揚げの味を知ったから厩舎を増築したが、だからと言って急に卵の獲得量が増えるわけでもないのだ。
それこそストレスなんて発生させてたらより獲得量は落ちるだろう。
なのでカツや唐揚げは毎日でない。
たまに食べられるからこそのご馳走なのだ。
「どうされました、そんな大勢で」
「ああ、ヨイチさん! それが、大変なことになってしまいまして」
名指しで呼んだのはいつもきている行商人だった。
洋一と名乗ったが、うまく伝わらずにヨイチで覚えられてしまった。
別にそれでも問題ないかと今に至る。
それと大勢の前でわざわざ名前を呼ぶ意味は、毛皮の卸業者の紹介という意味合いもあったのだろう。
人垣がざわめき、注目を一身に浴びる。
「おお、あなたが! あなたの素晴らしい腕前は聞き及んでおります。今回はあなたの素晴らしい商品を見学させてもらいにきました」
腕前や噂は建前だろう。ニコニコしているが、瞳の奥は少しの隙も見逃さないぞと光っていた。
「どうも、この村でハンターをさせてもらってるヨイチです。今日は一体なんのご用でしょう? こんなに大勢で来られるなら、事前に連絡してくだされば良かったのに。見ての通り見窄らしい村ですが、どうぞお寛ぎください」
「すみません、あいつら、人の商売に横入りしてきて、一枚噛ませろと」
「まぁ、途端に羽振りが良くなれば勘繰る人も出てきますでしょうが、あいにくとこの村を救ってくれたのは他ならぬあなたですから、横から入ってきてこっちにも融通しろは通じませんよ?」
「そう言ってくださいますと大変ありがたいですが、面倒なことに皆、貴族とのコネがあって金払いがいいのです」
行商人は卑屈そうに、自分の持ち込んだ商材が魅力薄で乗り換えられる事を恐れているようだった。
「別に俺たちは金が欲しいわけじゃないですからね。あっても使う場所がないですし」
何もない村だからな。
誰も商売をしてないし、あっても置き場に困る。
人口だって20人もいない。そんな小さな村でお金で解決できるものなど何一つありはしないのだ。
「物々交換ですもんね」
「そうそう」
「皆さん、長旅ご苦労様です。こんな何もないところですが、どうぞごゆっくりしていってください」
ロバートが現れ、粗茶と畑で取れた野菜と洋一のひき肉を買い取ったミンチ肉のホットサンドを商人達に配り始めた。
唐揚げサンドやカツサンド、ホットドッグに比べれば数段劣る日常食。
貴族と連なりのある商人達ならさして驚きはしないだろうと思っての配慮であったが、当然そんなことはなかった。
「なんですか! このパンは!」
「こんな瑞々しい野菜が挟まれてるなんて初めてです。いえ、確かあれは貴族での会食の時に一度だけ食べたことがありますね。よもやこんな場所でまた食べられるなんて思いませんでした。それに、あの時の会食で食べたものより数段美味しく感じます!」
「そんなことより恐ろしいのはこのパンの柔らかさです。私、歯があまり頑丈じゃないもので、黒パンを避けて過ごしてきているのですが、このパンは噛み切れるんです! それだけじゃありません、野菜ってこんなに甘味がありましたか? 間に挟まれてるそぼろにくも非常にジューシーだ! これは売れますよ!」
さすが商人である。商機を見出せばそこに販路を作るのに全力を尽くす。
貴族とコネを持つだけはある。
しかしロバートはあまり良ろしくない顔をした。
「あいにくと、こいつで商売する気はないんですよ。もう年というのもありますし、こんなところで店を開いたとて、誰が買いに来るんです? 挟んでる野菜も肉も生物です、荷馬車に運んで行くとしても日持ちしませんよ。これは、この村の住民の口に入れるためのものです。嬉しいお話ですが、その話はもっと早く聞かせて欲しかったですね」
ライバルに蹴落とされる前に、まだ中央都市で商売をしていた時に聞きたかった。
貴族との軋轢を恐れた商人達が真っ先に裏切った。その時の恨みはまだロバートの中で燻っているようだ。
「残念です」
商人はその場では引き下がったが、毛皮以上の価値をこの村に見出していたようだった。
いつもとは顔ぶれの違った行商人がやってきた。
村長は何事かと村人を招集し、洋一の耳にまでその報が入る。
「その話は本当か?」
「うん、村長さんが頭を抱えてたからお師匠様にきて欲しいって」
報告をしにきたルディはすっかり衣替えをしている。
騎士服で過ごしていた彼女は、畜産業しやすいオーバーオールに身を包んでいた。
動きやすさと頑丈さを兼ね備えた一品だ。
家畜を警戒させないための色使いで、目にも優しい。
ルディもすっかり気に入ったようで、騎士服とは永遠におさらばした形だ。
「ヨルダは?」
「あの子は一応警戒中。変な真似したら土に埋めるーって吠えてました」
「野蛮極まりないな」
「でも、効果的です」
この子も野蛮だった。すっかりヨルダに染まってしまってる。
いつの間にやら、騎士団を襲った魔の森に住まう魔女の呪いの正体が己であることを語っていたようだ。
それによって上級騎士が行動不能に陥った姿を目撃してるのもあって、ムカつく奴はどんどん粛清してやろうと、倫理の箍が外れかけているようだ。
暴力でしか物事を考えられなくなったら終わりだぞ、と思いつつ先に暴力を振るってきたのは向こうなので仕方ないとも思う洋一なのであった。
なんだかんだ弟子には甘い男である。
「まぁ、毛皮関連だろうな」
「と、言いますと?」
「一人だけ急に羽振りが良くなれば周りが勘づく。しかし口が硬い場合はどうする?」
「えっと、秘密裏に跡をつける?」
即座に答えるルディに、そんな感想はすぐに導いてほしくなかったが「そうだ」と答える洋一。
「で、うちの村との交渉が露見した。調味料や食材なんかで価値のつり合わない毛皮を入手している。他の商人からしたらそれって面白くないだろ?」
「うん、一人だけずるい!って思う」
「だからな、自分たちにも一枚噛ませろと言ってくるわけさ」
「それって村との間に入る行商人が増えるってこと?」
「まぁ、毛皮は先着順だけどな」
「それ、余計に競争を煽るんじゃ?」
「初めから数に限りがあるって言ってるし、倒すのも厄介な魔獣だ。向こうもそれを承知で行商しにきてるだろうから問題はないな」
洋一は楽観的に語る。
「じゃあ、問題はないと?」
「暴力で訴えかけてきたら、それこそ防衛装置のヨルダが起動するだろ」
「まぁ……」
「それに、伝説級を討伐できるハンターを敵に回す真似を知恵の回る商人が取ると思うか?」
「凄腕ハンターを雇えば、あるいは」
「そのハンターとやらが、俺やヨルダ以上に綺麗な状態で毛皮の確保ができるならいいな」
正直、無理だと思う。
騎士団ですら逃げ出す魔獣だ。
武器が通じず、致命傷を与える手段が限られてる。
もし強靭な毛皮を貫通する技術があったとしても、それを毛皮として下ろせるほど安定して狩れるかは別の話である。
「どっちみち、毛皮の品質で負ける要素はないと?」
「高く売れてて、どこかの貴族ともコネができている。そこに横入りする場合、商人達が狙う場所は販路の拡大だと俺は踏んでいる」
「毛皮の加工先ですか?」
「そんな感じだ。すごいな、ルディは」
「知ってます? 一般市民、それも下級市民は純真無垢な子供のままでいられる期間ってすごく短いんです。受け身のままでいられたら良かったんですけどね……ふふふ」
そこには表情に影を差したルディがいた。
お金に困っていたと言ってたし、苦労したのが良くわかる。
女の子なのに男装して騎士に入隊するほどの覚悟を強いられる環境だったのだろうが、国の腐敗がそこまで進行している事を考えるとここで商人たちに美味い思いをさせるのはまずいかもしれない。
それが成功すれば、芋蔓式に貴族が寄って来そうだ。
得策とは思えないが……貴族に売り出さないと誓いを立てさせればなんとかなるか?
それを村長達だけに決断させるのは酷だし、やはり自分が行くしかないかと立ち上がる。
「毛皮の交渉なら、俺が行かなきゃまずいよな」
「ですね、ロウドさんもそのことで気を揉んでます。仕事にならないので早く解決してきちゃってください」
コッコ達がストレスで騒いでるから、とルディ。
なんだかんだ家畜の状態維持が彼女の使命であるのだ。
村より家畜なのか? と思わなくもないが、その果てに好物があるので仕方ないとも言える。
その提供をしたのが他ならぬ洋一であるからだ。
「じゃ、チャチャっと解決してくるよ。今日も美味しい卵をよろしくな?」
「そんな、こっちの都合で産むもんでもないですし」
「そりゃそうだ」
食材としての流通は限られている。冷蔵技術もないし、温度管理が難しいから日持ちもしない。
村で食べるからそこまでの数は必要ない。
唐揚げの味を知ったから厩舎を増築したが、だからと言って急に卵の獲得量が増えるわけでもないのだ。
それこそストレスなんて発生させてたらより獲得量は落ちるだろう。
なのでカツや唐揚げは毎日でない。
たまに食べられるからこそのご馳走なのだ。
「どうされました、そんな大勢で」
「ああ、ヨイチさん! それが、大変なことになってしまいまして」
名指しで呼んだのはいつもきている行商人だった。
洋一と名乗ったが、うまく伝わらずにヨイチで覚えられてしまった。
別にそれでも問題ないかと今に至る。
それと大勢の前でわざわざ名前を呼ぶ意味は、毛皮の卸業者の紹介という意味合いもあったのだろう。
人垣がざわめき、注目を一身に浴びる。
「おお、あなたが! あなたの素晴らしい腕前は聞き及んでおります。今回はあなたの素晴らしい商品を見学させてもらいにきました」
腕前や噂は建前だろう。ニコニコしているが、瞳の奥は少しの隙も見逃さないぞと光っていた。
「どうも、この村でハンターをさせてもらってるヨイチです。今日は一体なんのご用でしょう? こんなに大勢で来られるなら、事前に連絡してくだされば良かったのに。見ての通り見窄らしい村ですが、どうぞお寛ぎください」
「すみません、あいつら、人の商売に横入りしてきて、一枚噛ませろと」
「まぁ、途端に羽振りが良くなれば勘繰る人も出てきますでしょうが、あいにくとこの村を救ってくれたのは他ならぬあなたですから、横から入ってきてこっちにも融通しろは通じませんよ?」
「そう言ってくださいますと大変ありがたいですが、面倒なことに皆、貴族とのコネがあって金払いがいいのです」
行商人は卑屈そうに、自分の持ち込んだ商材が魅力薄で乗り換えられる事を恐れているようだった。
「別に俺たちは金が欲しいわけじゃないですからね。あっても使う場所がないですし」
何もない村だからな。
誰も商売をしてないし、あっても置き場に困る。
人口だって20人もいない。そんな小さな村でお金で解決できるものなど何一つありはしないのだ。
「物々交換ですもんね」
「そうそう」
「皆さん、長旅ご苦労様です。こんな何もないところですが、どうぞごゆっくりしていってください」
ロバートが現れ、粗茶と畑で取れた野菜と洋一のひき肉を買い取ったミンチ肉のホットサンドを商人達に配り始めた。
唐揚げサンドやカツサンド、ホットドッグに比べれば数段劣る日常食。
貴族と連なりのある商人達ならさして驚きはしないだろうと思っての配慮であったが、当然そんなことはなかった。
「なんですか! このパンは!」
「こんな瑞々しい野菜が挟まれてるなんて初めてです。いえ、確かあれは貴族での会食の時に一度だけ食べたことがありますね。よもやこんな場所でまた食べられるなんて思いませんでした。それに、あの時の会食で食べたものより数段美味しく感じます!」
「そんなことより恐ろしいのはこのパンの柔らかさです。私、歯があまり頑丈じゃないもので、黒パンを避けて過ごしてきているのですが、このパンは噛み切れるんです! それだけじゃありません、野菜ってこんなに甘味がありましたか? 間に挟まれてるそぼろにくも非常にジューシーだ! これは売れますよ!」
さすが商人である。商機を見出せばそこに販路を作るのに全力を尽くす。
貴族とコネを持つだけはある。
しかしロバートはあまり良ろしくない顔をした。
「あいにくと、こいつで商売する気はないんですよ。もう年というのもありますし、こんなところで店を開いたとて、誰が買いに来るんです? 挟んでる野菜も肉も生物です、荷馬車に運んで行くとしても日持ちしませんよ。これは、この村の住民の口に入れるためのものです。嬉しいお話ですが、その話はもっと早く聞かせて欲しかったですね」
ライバルに蹴落とされる前に、まだ中央都市で商売をしていた時に聞きたかった。
貴族との軋轢を恐れた商人達が真っ先に裏切った。その時の恨みはまだロバートの中で燻っているようだ。
「残念です」
商人はその場では引き下がったが、毛皮以上の価値をこの村に見出していたようだった。
応援ありがとうございます!
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