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【ソルベ村】冬の暮らし

キアラと雪の日の団欒

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「お父さん、起きて! お外真っ白」
「ん? おお、もうそんな積もったか」
「お外の白いのは何?」
「あれはなぁ。雪って言うんだ」
「ゆき?」

 キアラは素直な気持ちで聞いた。
 洋一はなんて答えたものかと考えあぐねた後、キアラの頭の上に手を置いた。

「お空にはいろんな雲があるだろう?」
「うん、ふわふわ白い雲! どんより黒い雲! でもどうして種類がいっぱいあるの?」
「それはなーお空の空気が冷たくなったり暖かくなったりして、雲に色を与えるんだ」
「真っ白いのは?」
「暖かい時にフワッフワのパンみたくなる」
「白パン! じゃあ寒い時のは黒パン?」
「その通りだ。でも黒パンにもいろいろあってね」

 洋一はキアラの従事しているパン屋に例えて雲の種類を例えた。
 科学的なことは何もわからない。
 晴れた日には白い雲。
 雨や雪が降る日は黒い雲という記憶しかない。
 それでも、キアラに教える分にはそれでも十分だった。

「雨が降る黒パンと、雪が降る黒パンがあるの?」
「そう、どんよりどよどよしてるふわふわの黒パンは要注意なんだ」
「黒パンはふっくらしないよー?」
「普通のパンはな。でもお空のパンはふわふわするんだ。気づいたらお姉ちゃんたちに報告するんだぞ?」
「わかったー」

 元気一杯に挙手をするキアラ。
 そんな姿に安心して洋一も一階に降りた。

「おはよう、2人とも。雪の様子はどうだ?」
「おはよう、師匠。裏の窓は塞がった。玄関は火魔法で溶かしといた。畑は全滅だなぁ」

 ヨルダが玄関を開けて、積雪情報を語る。
 初めての雪に、これからどうするかもわからないと言った感じだ。

「ただいまー、ロウドさんが当分は厩舎に来なくて大丈夫だって」
「おかえり、ルディ。外に出てたのか」
「うん。やっぱりコッコが心配だったから。放し飼いは難しいから餌やりだけでもしてきたんだ。雪次第ではお仕事減るかもって」
「ここまで降るなんて思わなかったからなぁ」
「ギルバートさんはなんて?」
「こっちに移住して過去最大だって言ってたな。雪は降るけど、ここまで積もったのは初めてだって」
「すっかり冷えちゃった」
「よし、ヨルダ温風魔法だ」
「そんな術式ないけどな」
「こう、気合いで」
「いつもの無茶振りきた!」
「この中で魔法を使えるのはヨルダしかいないからな」
「頑張って、ヨルダ」
「お姉ちゃんがんばえー」

 なんだかんだと妹弟子から頼まれたら断れないヨルダである。

「っしゃ、この冬のうちまでにものにするぜ! 待ってろよ温風魔法!」
「ほどほどになー」

 葉っぱをかけておきながらも、無理はするなという洋一。
 こういうところは相変わらずだ。

「それにしても、こうも手持ち無沙汰だと何すればいいんだろう?」

 ルディが困ったように言った。
 外は雪がふくらはぎまで積もっている。
 掘り出すのも手間だし、畑の規模もでかい。
 全てを掘り出すのは重労働だ。
 それだけで日が暮れそうだ。

 その上この降りようでは、夕方までに掘った分が同じくらい積もりそうだった。

「じゃあ、ジェミニウルフの解体でもするか」
「それしかないか」
「お手伝い、頑張るー!」

 普段解体作業は洋一の仕事だが、これを機に弟子たちにも教えるべく皆を解体場へと誘った。

「うわ、すごい匂い」

 血の匂いに咽せ返るルディ。

「生き物の死体は臭うんだ。ここからは布を口に巻いて作業を行う。みんな、これを巻いてくれ」

 洋一は手拭いを皆に手渡し、口をおおって後ろで結ぶレクチャーを行う。

「ほら、こうやってこうだ」
「難しいよ、お父さん」
「キアラにはまだ早かったかー」

 ヨルダとルディはすぐにできたが、まだ細かい作業が苦手なキアラは難航した。
 仕方ないなぁとキアラの分は洋一が行う。
 それを見て弟子の2人は気持ちを同じくする。

「あざとい」
「あれ、本当はできるよな?」
「多分」
「次からもオレ、あれ使おうかな」
「今回成功させてたら無理じゃない?」
「師匠、やっぱりゆるい気がするからオレのも頼む」
「あ、ずるいぞヨルダ。お師匠様、僕のもお願いします!」
「なんだなんだみんなして。一気に手間がかかるようになったな? まぁ、たまには構わんぞ。毎日だと困るがな」

 これは役得だ。
 キアラが自分だけの特権を堪能してると、突如として姉たちが真似をし出した。

「もー、これはキアラの特権なのにー」
「甘いなキアラ。こういうのは分け合うべきだ。特権なんてもんはない」
「ぶー」

 なんだかんだで、こうやって和気藹々とするのもまた楽しいのだなと思うキアラである。
 キアラにとって姉弟子は油断のならない存在だ。

 でも、敵じゃない。
 髪色を理由にいじめてこないし、揶揄わない。
 ただ洋一を独り占めしようとしてくると途端に手のひらを返してくるのだ。

 独り占めは許さないぞ、と釘を刺してくる。
 でも、それは自分をライバルの1人として認めてくれる。
 個人として認めてくれる感情の裏返しである。

 キアラにとって、髪色の近しい洋一がそばにいてくれるだけで随分と救われた。
 でも、ヨルダやルディも必要なのだ。
 これから一緒に暮らしていく家族として、慢心しないためにも。

 今まではそんな余裕もなかった。
 母も、弟も。キアラが原因で近所から締め出しを食った。
 自分さえいなければと何度も思った。

 だから家を出て、自分1人で生きていくんだ。
 そうすれば母や弟は幸せに暮らせるから。
 キアラは幼いながらもそう決心した。

 でもその結果、新しい家族ができた。
 そんな時に思うのが、いつも置いてきた家族のことだった。
 そして、働き先を斡旋してくれたお姉ちゃん。
 血のつながりはないが、いつもキアラの身を心配して看病してくれた姉を思い浮かべるのだ。
 
「お姉ちゃん」
「どうした、キアラ?」
「あ、違くて」

 咄嗟に出た言葉に、ヨルダが反応する。
 そういえば、以前も似たようなことから勘違いが起きて姉と呼ぶようになった経緯があった。
 それからは姉妹弟子の関係からグッと距離が縮んだ。
 今でこそ、そんな偶然も合わさってこの場所にいられる。

 それを思えば仕事を紹介してくれたシータはキアラの恩人だった。

「そんなんじゃお師匠様が心配しちゃうぞ?」
「なんでもないよ、お姉ちゃん達がすぐに覚えちゃってキアラの分がなくなっちゃったら困るなーって思ってたの」
「だとよ」
「つまり、仕事を多く回して欲しいってわけだ」
「やる気があるのはいいことじゃん」
「いやー、これは解体を舐めてる顔だね」
「舐めてないもん」

 キアラは片意地を張るが、実際にその後ルディから回された仕事は血の匂いと腸の感触がいまだに体にこびりついてるんじゃないかと思うほどの不快感が付きまとう。
 結果。
 
「うげー」

 吐いた。無理もない。
 家畜の世話すらしたことのない子供が、いきなり解体なんてするものじゃない。
 気合いだけでなんとかなる仕事ではないのだ。

「ほらー、無理すんなよ。貸してみろ。ここはさ、こうやってこうするんだ。やってみれば簡単だぞ』

 ヨルダが手本を見せる。

「ここは触ると気持ち悪いから、避けてここを掴むんだ」

 ルディがコツを語る。
 皆がキアラとそう歳が変わらないというのに、すっかりこの道のプロみたいな語りをする。
 全然敵わない。キアラは

「う、でも負けない!」
「その意気だ。ここを乗り越えたら楽になるからな?」
「うん!」

 気づけば、解体もやり終えていた。
 1人では絶対に乗り越えられなかっただろう作業も、姉達と一緒なら頑張れた。
 一つ、また一つ乗り越えるたび。
 キアラの中で弟や母にも同じふうに接していればよかったのでは? と考えるようになっていた。
 でもまだ、家族と顔をあわせる勇気は持てなかった。

 いつかは言うつもりだけど、ずるずるとこの環境に甘えてしまう自分がどこかにいることに、不安を覚えるキアラだった。

 
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