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【シータ編】派閥争いに負けた聖女
身に覚えのない罪状
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「シータ=ネイターさん、今日ご用意するはずの祭具はどうされました?」
司祭長からの呼びかけにより、聖女見習いのシータは昨日確かに所定の場所にしまったはずだと返答した。
しかし話を被せるように司祭長は声を荒げる。
「女神様へ祈祷の時間は刻々と迫っているのです! 今すぐに用意なさいな! あなたが最後の目撃者なんですよ!」
そんな言葉を浴びせられ、その日一緒に片付けたゼッテを探して声をかける。
「ゼッテ、本当に祭具は見つからなかったの?」
「ええ。どこに行ったのかしら? 物置の鍵はシータが閉めたのよね?」
「ええ、それは間違いないわ」
「実はその鍵が、昨日から行方不明なの。シータ、あなたもしかして返却してないと言うことはないわよね?」
まさか、と思う。
この教会内部にて、物を忘れると言うのは絶対にあり得ない。
「あり得ないわ。確かに鍵は司祭様へと届けてます。返し忘れるなんて、あり得ません」
親友のゼッタから疑いの目を向けられて、シータはあり得ないほどに焦燥感に駆られてしまう。
それを何かよからぬことを隠しているんじゃないかと、指摘の声が入った。
「司祭様、もしかして彼女は……今日のご祈祷を取りやめるのが目的なのでは?」
心無い言葉を発したのは、同じ部屋で寝起きを共にするカクティからの申告だった。
「そんなつもりは!」
「そうなのですか、シータさん」
「違います! そんなのは出鱈目で! ちょっとカクティ様、なぜそんな嘘を!」
「嘘など……ただ、わたくし小耳に挟んでしまいましたの。あなた、魔女の子孫を匿っていたんですって?」
「!」
カクティの発言に、周囲の聖女候補がざわついた。
魔女、魔王。
人類に仇なす存在で、当時討ち取った勇者パーティの生き残りがこの国を建国したと名高い。
聖女とは女神からの信託を聞き届け、人類の繁栄を導く存在だ。
しかし魔女との繋がりがあるとするならば、祈祷によって得られる信託そのものが邪魔で仕方ない。
ならば魔女の手先として祈祷を邪魔するのは至極真っ当なことである。
カクティはそう結論づけた。
「違います、私はそんな!」
「信じてましたのに、幻滅しましたわシータ様」
「ゼッテ! あなたまで急にどうしたの? そんなよそよそしい言葉。いつもみたいに話してよ!」
「いい加減にしなさい、魔女の手先よ。よもや教会の奥深くにまで潜伏していたとは! 連れて行きなさい!」
司祭長が聖堂騎士に呼びかけ、シータは猿轡をかまされて連行された。
その一部始終を見ながら口角を上げる女が1人。
「本当、馬鹿な子」
それはシータと同じ部屋で過ごしていたカクティ=ケッツァーナのものだった。
人手が払うのを見計らい、共にその場にいる同士に向けて労いに言葉を送る。
「ちょうどいい裏切りのタイミングだったわ。これ以上にないくらいのね」
「ええ、ありがとう。お金の分の仕事はするわ」
先ほどまでの明るい感じは形をひそめ、ゼッテ=ウラギールは顔を一掴みすると、それを一思いに破いてみせた。
「もう少し、雇用金額が安かったらもっとお仕事を頼むんだけど」
「その分、仕事は相応に手を抜くがいいのか?」
「そう、ケチね」
「こちらも仕事なんでな」
ゼッテ、もといダイヤは中心都市で諜報を生業とする組織に所属している。
義賊として運用していた組織を教会側が買い取って、今や教会の犬に成り下がっていた。
「ジュエラー、また仕事を頼むわ」
「できれば潜伏依頼はやめて欲しいものだ」
「主演女優ものだったわ、あの子の顔を見た? 信じられないって顔。笑っちゃったわ」
「趣味の悪い女だ」
「だって、あの女。私が金で買った地位より上にいるのよ? ムカつくじゃない。だからどこかで足を引っ張る予定だったの。あなたの持ってきてくれた情報がここで役に立ってよかったわ」
「それが仕事だ。我々は他人の不幸で飯を食う。それはお前も同じだったか?」
「あら、失礼なことを言わないでちょうだい。この国には私のような賢い女が必要なのよ」
「聖女に選ばれたら、普通の恋愛はできないと言うのに大したものだ」
「あら、そんなお堅い宗教をいまだに信じているの? あんなの建前に決まってるじゃない。今代の聖女は子沢山という噂よ? もちろん、民衆には黙っているけどね」
「胸糞の悪い話だ。信者は所詮、金蔓でしかないというのか?」
「当たり前じゃない。ありもしな希望に縋るための偶像、それが聖女の役割よ。それをあの女ったら、本気で民衆を救うって大言を吐いたそうじゃない? やりにくいったらありゃしないわ」
「だから潰した?」
「悪い? どちらにせよ、教会の本性を知ったらあの子は耐えきれないわ。だから心優しい私はあの子を解放してあげたの」
カクティは胸に手を当て、ポーズをとった。
見た目だけなら十分に聖女たり得る。
しかし中身はドロドロだ。
魔女のことを悪く言えないくらいに真っ黒な、欲望が渦巻いていた。
「そう言えば魔女の手先は騎士団の中にも潜んでいたようね。そっちはどうするの?」
「こっちもその情報は掴んでいる。すでに手練を潜ませている。そろそろ定期連絡が入る頃だ」
「あら、抜かりないのね?」
「飯の種だからな」
それだけいって、話は終わりだとばかりにダイヤは消えた。
初めからそこにいなかったほど、今は気配そのものが消えている。
ピュー、と口笛を吹きカクティはダイヤという存在に賞賛を送った。
「なんにせよ、ここからはあたしの時代ね。待っててダーリン♡」
聖女候補。そして聖女に選ばれた存在は、王国の王太子との婚約が結ばれる。
勇者としての恋地を受け継ぐ王族と、女神の信託を聞く聖女が結ばれれば、この国は未来永劫平穏が約束されると言われている。
それもこれも、教会の聖書に記されてる、とても新しい古文書だ。
いくつもの改竄がなされ、まるで最初からそのように書かれていたとばかりに為政者に都合の良い事柄ばかりが記載されている聖書。
教会ができて60年と浅い歴史の割に、聖書のページ数は日に日に増加していった。
司祭長からの呼びかけにより、聖女見習いのシータは昨日確かに所定の場所にしまったはずだと返答した。
しかし話を被せるように司祭長は声を荒げる。
「女神様へ祈祷の時間は刻々と迫っているのです! 今すぐに用意なさいな! あなたが最後の目撃者なんですよ!」
そんな言葉を浴びせられ、その日一緒に片付けたゼッテを探して声をかける。
「ゼッテ、本当に祭具は見つからなかったの?」
「ええ。どこに行ったのかしら? 物置の鍵はシータが閉めたのよね?」
「ええ、それは間違いないわ」
「実はその鍵が、昨日から行方不明なの。シータ、あなたもしかして返却してないと言うことはないわよね?」
まさか、と思う。
この教会内部にて、物を忘れると言うのは絶対にあり得ない。
「あり得ないわ。確かに鍵は司祭様へと届けてます。返し忘れるなんて、あり得ません」
親友のゼッタから疑いの目を向けられて、シータはあり得ないほどに焦燥感に駆られてしまう。
それを何かよからぬことを隠しているんじゃないかと、指摘の声が入った。
「司祭様、もしかして彼女は……今日のご祈祷を取りやめるのが目的なのでは?」
心無い言葉を発したのは、同じ部屋で寝起きを共にするカクティからの申告だった。
「そんなつもりは!」
「そうなのですか、シータさん」
「違います! そんなのは出鱈目で! ちょっとカクティ様、なぜそんな嘘を!」
「嘘など……ただ、わたくし小耳に挟んでしまいましたの。あなた、魔女の子孫を匿っていたんですって?」
「!」
カクティの発言に、周囲の聖女候補がざわついた。
魔女、魔王。
人類に仇なす存在で、当時討ち取った勇者パーティの生き残りがこの国を建国したと名高い。
聖女とは女神からの信託を聞き届け、人類の繁栄を導く存在だ。
しかし魔女との繋がりがあるとするならば、祈祷によって得られる信託そのものが邪魔で仕方ない。
ならば魔女の手先として祈祷を邪魔するのは至極真っ当なことである。
カクティはそう結論づけた。
「違います、私はそんな!」
「信じてましたのに、幻滅しましたわシータ様」
「ゼッテ! あなたまで急にどうしたの? そんなよそよそしい言葉。いつもみたいに話してよ!」
「いい加減にしなさい、魔女の手先よ。よもや教会の奥深くにまで潜伏していたとは! 連れて行きなさい!」
司祭長が聖堂騎士に呼びかけ、シータは猿轡をかまされて連行された。
その一部始終を見ながら口角を上げる女が1人。
「本当、馬鹿な子」
それはシータと同じ部屋で過ごしていたカクティ=ケッツァーナのものだった。
人手が払うのを見計らい、共にその場にいる同士に向けて労いに言葉を送る。
「ちょうどいい裏切りのタイミングだったわ。これ以上にないくらいのね」
「ええ、ありがとう。お金の分の仕事はするわ」
先ほどまでの明るい感じは形をひそめ、ゼッテ=ウラギールは顔を一掴みすると、それを一思いに破いてみせた。
「もう少し、雇用金額が安かったらもっとお仕事を頼むんだけど」
「その分、仕事は相応に手を抜くがいいのか?」
「そう、ケチね」
「こちらも仕事なんでな」
ゼッテ、もといダイヤは中心都市で諜報を生業とする組織に所属している。
義賊として運用していた組織を教会側が買い取って、今や教会の犬に成り下がっていた。
「ジュエラー、また仕事を頼むわ」
「できれば潜伏依頼はやめて欲しいものだ」
「主演女優ものだったわ、あの子の顔を見た? 信じられないって顔。笑っちゃったわ」
「趣味の悪い女だ」
「だって、あの女。私が金で買った地位より上にいるのよ? ムカつくじゃない。だからどこかで足を引っ張る予定だったの。あなたの持ってきてくれた情報がここで役に立ってよかったわ」
「それが仕事だ。我々は他人の不幸で飯を食う。それはお前も同じだったか?」
「あら、失礼なことを言わないでちょうだい。この国には私のような賢い女が必要なのよ」
「聖女に選ばれたら、普通の恋愛はできないと言うのに大したものだ」
「あら、そんなお堅い宗教をいまだに信じているの? あんなの建前に決まってるじゃない。今代の聖女は子沢山という噂よ? もちろん、民衆には黙っているけどね」
「胸糞の悪い話だ。信者は所詮、金蔓でしかないというのか?」
「当たり前じゃない。ありもしな希望に縋るための偶像、それが聖女の役割よ。それをあの女ったら、本気で民衆を救うって大言を吐いたそうじゃない? やりにくいったらありゃしないわ」
「だから潰した?」
「悪い? どちらにせよ、教会の本性を知ったらあの子は耐えきれないわ。だから心優しい私はあの子を解放してあげたの」
カクティは胸に手を当て、ポーズをとった。
見た目だけなら十分に聖女たり得る。
しかし中身はドロドロだ。
魔女のことを悪く言えないくらいに真っ黒な、欲望が渦巻いていた。
「そう言えば魔女の手先は騎士団の中にも潜んでいたようね。そっちはどうするの?」
「こっちもその情報は掴んでいる。すでに手練を潜ませている。そろそろ定期連絡が入る頃だ」
「あら、抜かりないのね?」
「飯の種だからな」
それだけいって、話は終わりだとばかりにダイヤは消えた。
初めからそこにいなかったほど、今は気配そのものが消えている。
ピュー、と口笛を吹きカクティはダイヤという存在に賞賛を送った。
「なんにせよ、ここからはあたしの時代ね。待っててダーリン♡」
聖女候補。そして聖女に選ばれた存在は、王国の王太子との婚約が結ばれる。
勇者としての恋地を受け継ぐ王族と、女神の信託を聞く聖女が結ばれれば、この国は未来永劫平穏が約束されると言われている。
それもこれも、教会の聖書に記されてる、とても新しい古文書だ。
いくつもの改竄がなされ、まるで最初からそのように書かれていたとばかりに為政者に都合の良い事柄ばかりが記載されている聖書。
教会ができて60年と浅い歴史の割に、聖書のページ数は日に日に増加していった。
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