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【シータ編】派閥争いに負けた聖女

再び魔の森へ

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 シータの復帰祝いは村の住人を呼んでの歓迎会となった。カレーパーティである。
 洋一は弟子達と一緒に食べたことはあるが、村人に振る舞ったのが初めてであった。

 皆がその旨みに一様に唸り、喜びを分かち合っている。

「ヨウイチさん、是非これをパンの中に!」

 特にロバートがヨルダと同じ事を進言した。
 なんだかんだでパンの中に封じ込めるには柔らかすぎるルー。今回は特に大勢に振る舞う都合上薄味だ。
 シータがまだ固形物を噛みきれない可能性もあったので、具材が煮溶けるまで煮込んだためでもあった。

「嬉しいご相談ですが、材料の値が張りすぎるので」
「ちなみにどんなものがご入用で?」

 洋一の否定に、しかしロバートは諦めない。
 なんだったら買い揃えますが? ぐらいの勢いであった。それほどまでに気に入ってくれたのだろう。
 バゲットとも非常に相性が良く、セットで売り出したいとまで言ってくれたのだが……

「素材に、例のクマ肉を使うんです」
「あ」

 その時点でロバートの熱意が潰えた。
 香辛料だけなら揃えられなくもないが、他に使う肉が神話級ミソロジーであるなら話が別である。

ウルフ肉レジェンダリーではダメだったんですか?」
「味が薄くなりすぎてですね。このルーに負けない肉質ですとやはり例のクマが最適かなと」

 どうにかロバートを諦めさせる洋一であったが、ここにきてルディが余計な事を言った。

「僕はやっぱりコッコ肉の唐揚げ入りの方が好きだな」
「あ」
「やっぱり他に合う具材があるんじゃないですか! 水臭いですよ!」

 瞳をギラギラ光らせて、ロバートは洋一に交渉を仕掛ける。
 こうしてカレーの製法は秘密裏にロバートの手に渡り、その日から彼の中でカレーパン製造の道が始まった。

 こうなるとわかっていたから伝えたくなかったのだ。
 なぜ隠していたか? その理由は単純だ。
 希少なクマ肉を使うからと言えば諦めがつく、たまに食べるご馳走という手段が使える。

 しかしそれが撤廃されたら最後。
 ただただ高いだけの調味料を湯水のごとく使うのだ。
 行商人が再びやってくるまでに、ジェミニウルフを乱獲する必要がある。
 しかし当の毛皮候補達は冬眠中で、村には近寄ってこない。

 レシピはあれど素材がなく、その上で物々交換する素材もない。
 無い無い尽くしの中での制作は難航を極めることが予測できるからだ。

 洋一がロバートとそんなやりとりをしてる裏では、奇跡的な出会いが発覚していた。

 それというのも、昔この村を出てから消息を経っていたバーバラの娘の行方が判明したのである。
 
 シータの母がバーバラが娘に送ったブレスレットを持っていたことが発覚。
 シータはなんとバーバラの孫だったのだ。
 こんな偶然があるだなんて、世の中は本当に狭いなと思った。

「医療中は気づかなかったけどね、目元に面影があったのよ。もしかして孫じゃないかって思ったのはついさっきだったのだけど、村に結界を張ってくれたでしょ? あれを見てピンときたの。見事な清浄結界ね。全盛時の私でも難しい技術よ。立派に育ってくれてありがとう。会えて嬉しいわ」
「バーバラさん……」
「おばあちゃんと、呼んでくれてもいいのよ?」
「いきなり言われても……けど、お母さんと同じ匂い。この村を歩いてどこか懐かしい気がしたのは、きっとここがお母さんの生まれ故郷だったからなのね」
「あの子の魂の記憶があなたの中に宿っているのね」
「はい……お母さんは私が小さい頃に体を壊して亡くなってしまったんです。けれど、これからはこれが守ってくれるって」

 シータがブレスレットを握りしめる。
 するとぼんやりとブレスレットがひかり、破邪の光を周囲に撒き散らした。

「これ自体がよこしまなる存在を退けるものよ。あなたが死ぬほどの目に遭っても、かろうじて生きてこれたのはこれのおかげね。この中から、ナザレの気配をひしひしと感じるわ」
「お母さんがずっと私を守ってくれてたのね」

 シータが、幼き頃に亡くなった母を思って祈りを捧げた。流石は元聖女候補。
 堂に入った姿勢で祈っている。

「お姉ちゃん、綺麗!」
「キアラちゃんも綺麗な髪よ。後で梳いてあげるわね」
「わーい」

 喜ぶキアラに対し、渋い顔をしたのはヨルダだった。

「ブラシかー」
 
 物自体は使ったことがあるのだろう、アテはあるが実際のところそれに対する素材への知識があまりにも足りない。
 今まで男装してきたのもあり、オシャレに気遣う余裕もなかった。
 当たり前のように梳くという単語が出てきて、一人戦慄しているヨルダである。

「ねぇ、もしかしてこの村ではブラシもなかったりするの?」
「そうだなー、木材でつくるのなら可能だが、頭が相当怪我すると思うけど、それでいいなら」

 何かの構想を思い出して、ヨルダが家の中にある薪をつかんで刻み始めた。
 今まさにブラシを作ろうとしてるのだ。
 お貴族様だから任せて安心だとお思うが、問題は誰がそれで神を梳くかという話だ。
 確実に怪我をすると言ってるヨルダの話は実際本当のことだろう。

「ごめんなさい、そうよね。おしゃれしてる余裕なんてないものね」
「いや、これからはそういうのも取り入れていこうと思ってさ、気づかせてくれてサンキューな姉ちゃん」
「うん、そこは非常に大事な要項だよ、うん」

 普段、オシャレなんて必要ないとツンケンしているルディが、何を思ったのかヨルダの意見に同意した。
 やっぱりオシャレが可能ならしたかった感じか?
 女心はわからんぜ。

 そういう意味でも、シータの入村は洋一にとって喜ばしいことだった。

 宴はその日からも数日続き、何回か理由もなく集まっては食事するようになる。
 なんだかんだ畑が始まるまでみんな暇なのだろう。


 翌週。
 すっかり春の日差しが草木を芽生えさせて、草むしりが忙しい時期になる。
 そんな時に、シータは魔の森に確認したいことがあると言い出した。
 その時に是非キアラも付き合わせるように言ってきた。
 つまりは、戦力外を二人連れての警護を要請されたのだ。

「僕はお留守番してるよ。あの森のことならお師匠様とヨルダだけで大丈夫でしょ?」
「まぁ……」
「だとしてもルディ、ジェミニウルフが襲ってきたらお前一人で対応できるのかよ?」

 ヨルダがルディに食ってかかる。

「いつまで僕を下級騎士だと思ってんのさ。ジェミニウルフはもう僕の支配下にあるよ。それに支配が効かなくとも、統率を乱すくらいはできるよ。そこから先はギルバートさんに任せるし」
「はっはっは。この村のことなら任せください。この結界のおかげで封印された能力もすっかり戻ってます。騎士団でもなんでも、返り討ちにして差し上げますよ」

 村長ギルバートのこの頼もしさに、ヨルダは納得する他なかった。
 ちなみに当の騎士たちは返す言葉もないという面でご馳走を口に運んでる。
 今やギルバートは騎士たちの稽古相手。1vs 4で立ち向かっても汗ひとつ掻かずに全員を倒す自信を持っている。
 実際やってみせたので、これからは王国から来る連中にも前みたいな演技はしなくても良いだろう。

 休憩を挟みながら山道を越える。
 そして森の浅いところで立ち塞がる、大型の魔獣。
 ジェミニウルフだ。

「お下がりください、あいつは危険です。ヨルダ、あいつは埋められそうか?」
「ちょっとデカさが想定外」
「なら、俺がやるしかないか!」

 洋一が覚悟を決めて、熟成乾燥を施そうとする時。

「待って、お父さん! この子、キアラを待っててくれてたみたい」
「そうなのか?」

 キアラが、何かを確信したように洋一の前に歩く。
 そして大型のジェミニウルフの前まで行くと、手を差し伸べた。

「ワフ」

 大型のジェミニウルフは、首を垂れてうつ伏せになり、キアラに忠誠を誓ってるようだった。

「シータ、これは?」
「きっとあの獣はこの穢れた土地でずっと主人の帰りを待っていたんでしょう」
「主人、キアラがですか?」
「今の緑髪のキアラは精霊の統治者。あの魔獣もまた、瘴気に汚染されるまでは精霊だったのでしょう」
「そうだったのか」

 調味料欲しさに乱獲し、毛皮を行商人に売り捌いたことはあまり話題にしない方が良さそうな気がした洋一である。
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