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一章 家族

ファルキン、憤慨する

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 修練があるからと茶会を欠席したファルキンは、出席した母ニクルゥと妹イグニスから報告を受けて眉を顰めた。

「それは本当ですか、母様。スグエンキルがマーナ王女付きの職人に抜擢されたなどと。あいつは剣士ですよ?」

 何かの間違いだと思いたいファルキン。
 しかしその言葉を遮る様に妹のイグニスが割って入る。

「お兄様もいらっしゃればよかったのに。見たこともないお菓子がずらりと並んで、見ているだけで幸せな気持ちになれたのよ。立場も忘れてはしゃいでしまうところでした」

 王国主催の茶会。公爵ならば立場は上からかじ得たほうが早いが、その上の王族を蔑ろにすることができないと、我に帰った妹を褒めてやりたい。

「よく我慢しましたね、イグニス。正直マーナ様が気にいるのは無理もないと思うわ。あれはなんとしても家に招待すべき腕だわ」

「母様までそう思われるのですか? 一体どんなものを食べて……」

「なんと言ったかしら? ただ口に含めばゆっくりと溶けて、口の中にいつまでも余韻を残す不思議な味わいでした」

「確か、そう。チョコレートだったかしら? スグエンキル婦人が自慢していたのを耳にしました。ファルキン、あなたにも思うところがあるでしょうが、かの家と対立するのは政治上の立場を弱めることになるのでできればやめてほしいわ」

「チョコレート? なぜそんなものがこの時代に?」

「お兄様はチョコレートを知っておいででしたのね? どうして私に教えてくださらなかったの?」

 うっかり口を滑らせたファルキンに、妹イグニスが食ってかかる。知ってたのなら教えるのが筋だろうと言わんばかりだ。

 一度あの味を知ってしまったが最後とその瞳は物語っている。時代によっては媚薬に該当する品をこともなげに差し出すスグエンキルの策に、当事者たちはまるで気づかないことをファルキンは危惧した。

 だが言えないのは前世絡みの記憶であるから。
 味や食感を知っていようと製法に至ってはまるで知らないのだ。当たり前の様に店に売られていたのを手にしたことがあるくらいである。

「噂に聞いたことがあるだけだ。非常にカロリーが高く、戦時中の助けになると伝え聞いた。イグニスが欲しがる様な芸術品とは程遠い。だからこそ凄いのはそのスグエンキルの料理人だよ」

 あくまで凄いのはその作り手であるとファルキンは話を終える。しかし母と妹が目を見合わせ、首を傾げる姿から嫌な予感を察する。

「あら、お作りしたのはコモーノ様だと言うお話よ?」

「冗談だろう?」

「私もそう聞きました。だからこそマーナ王女がお求めになられた。スグエンキルを害すれば、王家が出てくる。それなりに会場でも話題に取り上げられていましたよ。媚を売ろうとした輩はやんわりとお断りをされていた様ですが」

「あれはコモーノ様の立ち回りがお上手だったわね」

「そうね、周りをよく見ている。その上で聖女様をもあしらっていました」

 聖女。それは確かヒロインの一人のカーミ嬢だろうことはすぐに窺い知れた。あれは金の亡者だ。ストーリーを思い浮かべて苦い顔をするファルキン。

「そうね、あの子金の亡者にいい様に扱われそうだったから見てて心配だったけど、マーナ様とコモーノ様の庇護下に入れたのはコモーノ様のおかげだと思うわ。おかげで他の貴族たちは誰に与するかで揉めてたみたいだけど」

 その金の亡者は当の本人だとは言い出せずに黙って話を聞くと、母ニクルゥが妹を嗜めた。

「イグニス、あまり多家を軽んじる発言はやめなさい」

「お母様だっていい気味だって思っていたんじゃなくて?」

「だとしてもどこの誰かが耳を立てているかも分からないのよ?」

「はぁい」

 母と子の戯れ。その中で浮かび上がる貴族のしがらみ。
 ファルキンとて子供のままでいられぬ事はわかっていた。
 それでも自信は主人公。
 ストーリー通りに進むものだと信じて疑わぬ部分もあった。

 けど、それが覆された。
 コモーノの持参品一つでストーリーが狂ってしまったのだ。

「良い、ファルキン。貴方はこのシット家の時期当主なのですから、くれぐれもはやまった真似はしないこと。心に留めておきなさい」

「勿論です、母様。ただ噂と随分と違う気がしまして。実力を隠していたのでは、と邪推してました」

「貴方だって隠しているでしょうに。多家が隠していたらダメとは随分と狭量ね、ファルキン。私はあの家にだけは手を出すことはお勧めしないわ」

「手は出しません、ただ何が目的か知っておく必要はあると思います」

「そうね、ちょっと話がうますぎるわ。あまりにもとんとん拍子にことが運んでる。事前にそう言う取り組みがあったと思っても良いのかもね」

 イグニスは9歳にしてしっかりと物事を俯瞰で見ることに長けていた。そんなイグニスが我を忘れそうになるほどの芸術を作る上げたコモーノは一体何者か?

 ファルキンにとっての障害は、より手強くパワーアップしていることは確かだった。


 ◇


「ふむ、スグエンキルはそう出たか。ではこちらの事業はブラフか?」

 父リボイスから呼ばれたファルキンは、茶会の話を精査して報告すると、一枚の書面を渡された。
 そこには調薬師を集めて何かを企てている動きがあるとの報告がされていた。

「これは……つまりスグエンキルはルード様に着くと言う意思表示でしょうか?」

「分からん。表向きはそう取れる。しかし実態は王女についた。王女からルード様に取り入る思惑もないとは言い切れん」

「ならば私はケーベン様につくのが得策でしょうか?」

「それもまだ判断材料にはならん」

「何故でしょう?」

 ファルキンの問いにリボイスはトントンとテーブルを指で叩くのみ。熟考し、考える時にこういう癖を取る。

「あいつの武器はなんだ? 答えてみろ」

「国に忠誠を誓う魔剣士。それ以上でもそれ以下でもないでしょう?」

「それ以上のことが露わになった。オリマス」

「ハッ」

 室内にいつの間にか現れた屈強な老兵士。
 その側には歪な剣を携えている。
 禍々しいオーラを放つ剣は、鞘に収められてもなお周囲に恐怖を撒き散らした。

「お前の報告を息子に伝えろ」

「宜しいのですか?」

「シット家を継ぐのだ。遅かれ早かれだろう?」

「そうであるのなら仕方ありませんな、少し堪えますがどうか耐えられます様に」

 屈強な老兵士が剣を鞘から抜き放つ。
 たったそれだけでファルキンは膝を屈した。
 額から脂汗が流れ、背筋がゾワゾワと震える。
 そこにあったのは死そのもの。
 それを象徴するのが歪な剣だった。

 あれはなんだ、あんなのは知らない。
 そんなのストーリーにないのに、目の前がクラクラして思考が定まらない。それほどまでに強い呪いを直接浴びせかけられた様だった。

 キィン。
 甲高い音を残して刃が鞘に収められる。
 それだけでさっきまでの悪寒がどこかへと消えてしまった。

「父様、今のは一体?」

「お前は魔剣がどんなものか知ってるか? ファルキン」

「いいえ。ただ強力な呪いによって縛られてる家柄が先祖代々守ってきたものだとしか」

「それで合っている。このオリマスも我々が飼っている家柄の一つ。代々魔剣士を輩出してきた。生憎とお前の代の魔剣士は排出されなんだが、対峙するのならこれくらいの覚悟を持っておけ」

「ですがスグエンキルのコモーノはまだ着任して僅かだと聞きます。歴戦のオリマスほどの威圧は出せますまい」

「甘いぞ、ファルキン。オリマス、愚息に魔剣使いのなんたるかを教えてやれ」

「仰せのままに」

 そこでファルキンが耳にした言葉は、ゲームの主人公とは別の顔を持つシット公爵家の歴史だった。
 表では聖騎士として国を守り、裏では汚い仕事を支持していた。実際に先の大戦で魔族相手に指示を出していたのはリボイス当人である。
 オリマスやココニー、そしてスグエンキル当主のナリアガル、その弟や妹も魔剣士のなりそこないとして使役した。
 それを耳にして、ファルキンは耳を疑った。

「何故それを、今私に伝えるんです?」

「お前は魔剣士を甘くみている。家族を、大切な存在を失った魔剣士は凄まじい強さを発揮するぞ。今はその縁を繋ぐターンだ。つまらぬ嫉妬心で余計な敵愾心を向けるのはやめるべきだ。それを使う場面は平時の今じゃない」

「今は捨ておけと、そうおっしゃるのですか、父様は」

「大人になれと言っているのだファルキン。お前の嫉妬心で未来の戦力を削ぐのは感心しないと、そう言っている。現当主のナリアガルも学園時代は平凡な男であったが、戦時の彼は悪鬼羅刹の様であった。この私ですら震えたほどだ。人の死に慣れたと思っても、圧倒的恐怖の前にそんなプライドはあってない様なものだ。それと……かの息子は現時点で第四位階に入っていることを確認している」

「第四位階の凄さがよくわかりませんが……」

「オリマスが第五位階だと言えば理解できるか?」

「! それは本当ですか?」

「くれぐれも見た目と行動に騙されるな。あれは現時点で随分とたぬきだ。本性を隠す術は多分お前よりも上かもな?」

 リボイスはそれだけを伝えるとファルキンを退室させた。
 順調な滑り出しどころか10歳時点で一歩も二歩も置いてかれていることを知り、ファルキンは血管が浮き出るほどに拳を握り、壁に強かに叩きつける。

 何事かとメイド達が慌てるが、ファルキンは意に介さず自室へと戻った。
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