ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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39話 昔馴染み(side葛野極)

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 息子に不意打ちを打たれて下半身付随になってベッドに縛り付けられて半年ほど経った頃、誰も会いにこない病室に珍しい顔が会いに来た。

「おう、爺さん。まだくたばってなかったか。茶菓子持ってきてやったぞ」

 菓子折りを持ってきたのは修行時代の後輩だった。

 確か老舗和菓子屋の親方になったと聞いたが、今更なんの様だ?
 軽口を交わして本筋を聞き出す。

「爺さんはお前もだろ、同年代。今更何しにきやがった。シッシッ」

 無理な姿勢を取ったもんだから筋をやっちまってまたベッドに倒れ込む。

 不自由な体になっちまったもんだ。

 あのクソガキ、体が完治したら覚えてやがれ。
 不意打ちを喰らわせた実の息子の顔を思い出し、頭の中で懲らしめてやる。

「そう鬱陶しがるなよ。面会しにくる身内もいないんだろ?」

「そう言うお前こそ、店はどうした?」

「看板を畳むことも考えてたんだがな。こいつに救われた」

 取り出されたのは小瓶。

 それ以前に看板を畳むだぁ?

 老舗の味を何よりも大切にしてたこの男が看板を決めるほど追い詰められるとは何があった?

 そして取り出された小瓶の中身が非常に気になる。

「なんだ、こりゃあ」

「なんだと思う?」

「水掛け論なら他所でやってくんな」

「そう急くなよ。こいつはさ、モンスター食材なんだ」

「はぁ?」

 モンスター食材っていうのは血や肉、内臓や尾鰭などを指す。

 調味料が素材なんていうのは今まで見たことも聞いたこともない。

 もしそれが実際にあったとしたら……美食業界は大きく変わる。
 ビッグビジネスは一気に巻き返され、日常に溢れちまう。

「こいつが食材だぁ?」

「嘘だと思うなら舐めてみな」

「甘ぇ、それにもう一つの方は塩辛い。こりゃ砂糖と塩か?」

「ああ。うちが老舗の味を大切にしてるのは知ってるだろう?」

「決められた産地の素材を損なうことなく大切に練り上げた餡が命と言ってたな」

「だが、時代はダンジョン素材を使ったステータス上昇食材を求めた」

「味が良くても売れなくなったってか? 味を一番の売りにしてたお前んところにとっての大打撃ってこった」

「耳の痛い話だが、あの時のお前の話にもっと耳を傾けておけばよかったと思ったよ」

 あの時。
 俺はこの男を一緒に働かないかとスタッフに誘った。

 この男は自分が親方の地位についたもんだから新しいことに挑戦するのを嫌い、老舗の味を守る道を選んだ。

 その結果が時代の変化による弊害。

 民衆が味よりもステータスを選んだ。

 遅かれ早かれこうなる事はわかってた。
 あの男が政界に殴り込みをかけた時からな。

 元探索者で俺たちの同年代。
 あいつをテレビや動画で見ない日はなかった。

金剛満コンゴウミチル

 歴代最強の探索者であると同時に、いろんな場所に女と子供を残した穀潰し。

 その子供たちは特殊な才能を持って生まれるが、決まって総合ステータスFで生まれた。

 あの男の生まれがそうだから。

 FからSSSSSに至った男。

 そんな男がステータス格差社会を作った。
 理由はわかんねぇが、奴なりの思惑があるのは分かってた。

 あいつの思惑に乗るのは癪だが、俺はあいつの遺伝子を引き継いでそうな子供を拾っては店で下働きさせた。

 そのうちの一人が本宝治洋一だった。

 ステータスこそ低いが物覚えはよく、教えた事はすぐに覚えた。

 実の息子はあの男に染められてステータス至上主義者となった。

 自分の子供なのに手がつけられない手負の獣を手なづけてる様。
 いつ手を噛みつかれるかわかったもんじゃない。

 そういう意味もあって洋一は実の息子の様に天塩にかけて育てた。
 もし店を次に預けるとしたら洋一が相応しいくらいには思ってた。

 だがどこで嗅ぎつけたのかバカ息子がやらかした。

 俺を半身不随に追い込み、店を自分のものにしやがった。

 天塩にかけて育てた洋一も、どこかに追い出されてしまっただろう。
 俺はそれが悔しくて悔しくて堪らない。

 ステータスがなんだ!
 そんなものが一体なんの役に立つ。
 そんな物より飯だ。
 人は生きていくのには食い物が必要だ。

 そんな感情を抱えながら、自分の意思で動かない体にイライラが募る。

 だからこそ、古馴染みの男からもたらされた言葉に最初は理解が追いつかなかった。

「そういえばよ、会ったぜ。お前んとこの秘密兵器に」

「あん?」

「お前そっくりだった。会った瞬間にお前の顔を思い出したよ。だから今日はそのついでに寄ったんだ」

「なんだ、いったいなんの話をしてやがる?」

「お前、配信を見ないのか? 有名だぞ?」

 それで教えてもらったURLには、元気な姿で包丁を振るう洋一の姿があった。

 ダンジョンセンターのクソガキと一緒に、酒を酌み交わして俺の教えた技術を振る舞ってた。

 馬鹿野郎! 俺の技術を無償で振る舞うんじゃねぇ!

 技術にはそれ相応の価値がつくんだぜ!

 経営学を教える前に放り出されたのが仇になる。
 こんな体じゃなけりゃあ、直接怒鳴り込みにいくのに。

「なんだよ、こんなに立派になりやがって。一言連絡入れやがれ!」

「できるわけないだろ。ここは総合ステC以上の総合病院だ。あいつはそれ以下だったんだろ? だから隠してた。表の世界に出すにはステータスの差がありすぎたから」

「なんでぇ、わかってるんじゃねーか」

「うちにも腕こそいいがステータスが低いってだけでまともな扱い受けてない小僧がいてな。餡子炊きさせたら一流なんだが、どうにもそれが気に食わないって他のスタッフにいじめられてる様だ」

「ステータスなんてくそっくらえだ」

 べぇ、と舌を出して威嚇する。
 顔見知りのジジイは苦笑し、同意した。

「全くだ。そうそう、この食材を使って新作を思いついたんだ。どうせ暇だろ? 味見に付き合えよ」

「カーーッ、何をいうかと思ったらそんな事か。味見くらい店の小僧にさせろ。耄碌ジジイの味覚に頼ってる様じゃ先が知れるぞ?」

「とは言ってもな。この繊細な味わい理解できる舌を持つ奴はお前とあともう一人くらいしか知らないし」

「じゃあそのもう一人に……って誰だそいつ?」

 自分以外に誰かいたか?
 急に興味が湧いて尋ねると、想定外の答えが出てきた。

「本宝治洋一、お前の愛弟子だよ。あいつはすごい料理人になる。私が50年かけて培った境地にあの年で追いついた」

「俺の教えがあったからな」

「あいつの素質もあっただろう?」

 それを言われたら弱い。
 全くもってその通りだ。

 あいつは初めから俺に見えない何かが見えていた。

 俺ですら理解できない食材のあれこれを見定め、捌き切る。

 俺の店はあいつの包丁技術で成り上がった。
 それでもあいつを表に出さなかったのは、ステータスによって搾取される未来が見えたからだ。

「ったく、仕方ねぇ。見ての通り暇だからな。味見くらいつきあってやらぁ。その代わり、粗末なもの食わせたらイタ電しまくるから覚悟しとけ!」

「そんなところで昔のノリを出すんじゃねぇや。着信拒否にすんぞ?」

「そうしたら病院からの注文はなくなるな!」

「病院からそういう注文はこねぇから心配ないな。それとこれ……」

「なんだ?」

「お前んところの愛弟子の扱う素材をアレンジしたものだ。この歳になっても創作意欲が溢れてくるってのは幸せな事だな」

 その目は存外にお前もこんなところで寝てられねえぞと言っている様だった。

「急に欲を出しやがって、ジジイが。その言葉は35年前に聞きたかったな!」

「お前も乗り遅れるなよ、このビッグウェーブに。その中心にいるのはお前の愛弟子だぞ」

「あいつが?」

「いろんなものを巻き込んで大きく成長してる。お前の実子以上の大物になるのも時間の問題だ」

 言うだけ言って顔馴染みは出ていった。

「クソジジイが」

 あとは死ぬだけだと思った老後に新しい趣味ができた。

「あいつめ、面白い素材を扱ってるじゃねぇか」

 あのジジイの言葉じゃないが、自分でもその食材を扱いたくてうずうずしているのに気がつき、リハビリを真面目にこなそうと思い直した。
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