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しおりを挟む「眼鏡くんって、本名はなんていうの?」
名前さえ分かれば、調べやすくもなる。
「泉堂 光男だ。光に男と書く」
僕はスマホのメモに記載する。
「一九一九年五月三日生まれ、父は純一郎で母は妙子だ」
それから千葉県の下総に住んでいて、六人兄弟の次男であること。教師を目指して、師範学校に入学していたが、三年生の秋に結核にかかり、卒業を目前にして他界した。元々体が弱かったこともあり、学校も休みがちだったと眼鏡くんは淡々と語る。
「両親には迷惑をかけてばかりだった。悔やんでるというところでは、そこかもしれない」
眼鏡くんは、最後にそう締めくくった。
「両親に対する罪悪感が、未練になったってこと?」
「だとしたら、ここじゃなくて、もっと早くから実家に現れると思う」
「うーん」
僕が否定するとなーこは眉間に皺を寄せ、再び思考に沈む。
「今のところ考えられるのは、教師になりたかったから学校に現れたってことかな。どうして、教師になろうと思ったの?」
動機によっては一番近いように思え、僕は眼鏡くんに尋ねる。
「知る、という行為が好きだったんだ。だから、学びの楽しさを知って貰えればと思って、教師を目指した」
「勉強が好きとか信じらんなーい」
なーこが顔を顰める。
「なーこは勉強嫌いなのに、なんで進学校のここを選んだの?」
僕はずっと疑問だったのだ。明らかに遊ぶことをメインとした人生を送ってきたように見えるのに、勉強に力を入れているこの学校に来たのが腑に落ちなかった。
「昔はそんなに偏差値高くなかったし。今は知らないけど」
「なるほどね……だからか」
僕が納得すると「なるほどって、どういう意味よぉ」となーこが詰め寄ってくる。
「まぁ……とにかく、学び足りない気持ちがもしかしたら、この場所に導いたのかもしれない」
僕は気を取り直して、眼鏡くんに向かって持論を唱える。
「無きにしも非ずだな」
「まだ時間はあるし、色んな可能性にあったみるしかないかも」
そこでスマホが長い振動を伝えてくる。僕の連絡先を知ってるのは家族ぐらいだ。ハッとしてスマホを見ると、案の定母からの電話だった。
慌てて電話に出ると「何してんのよ。お昼は?」と捲し立てるような声が聞こえてくる。
「ごめん……大丈夫」
僕はやってしまったと思いながら、とにかく平謝りする。
「いらないならちゃんと言ってくれないと。それと、これから一を送っていくから、誰もいないからね。あと、焼きうどん作ってあるから、帰ったら食べなさい」
それから「とにかく遅くならないように」と付け足して、あっさりと電話が切られた。
もっと小言を言われると思っていただけに、何だ拍子抜けしてしまう。それだけ忙しいのかもしれない。
「帰らなくて大丈夫?」
なーこに聞かれ、スマホの時計を見る。すっかり話し込んでしまったらしく、一時を過ぎていた。
「まだ暑いし、それにホッシーもお腹も空いただろうから、今日はこれぐらいにしよーよ」
なーこの解散宣言と同時に、僕のお腹からは虫が唸る声が聞こえてきていた。
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