去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第四章

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「お兄ちゃんのお願いなら」
「何もくれなくたって、叶えてあげるよ」

 二人は顔を見合わせて笑い合う。屈託のない二人の笑顔に、急激な罪悪感が胸に押し寄せ天野は口を閉ざす。
 自分は今、この二人にこの森からこっそり出て折り合いが付くまで帰ってこないように言うつもりだった。孤独が怖い。それだけの理由で、二人を利用する気でいた。
 なんという人畜生にんちくしょうだ。母の付けた名を反するように、私欲に目が眩んでしまっていた。まるで父と同じだ。金で人を動かし、動かされようとしていた。

「お兄ちゃん」
「どうしたの?」

 天野は二人に体を揺さぶられ、涙が弾けたように畳に落とされていく。

「泣かないで!」
「お兄ちゃん!」
「ごめんね、ごめんね。僕は……最低な人間だ」

 震える声音で天野は何度も口に出す。嗚咽が溢れ、狂ったように涙を流していく。

「おい。今度はなんだ」

 襖が開く音と、甘い香りにヒスイが来たのだと分かった。それでも天野は俯いたまま涙を流す。


「お兄ちゃんが」
「急に泣き出して」

 困ったような声で二人がヒスイに訴えかける。

「お前なぁ……俺の記憶を何個奪えば気が済むんだ」

 ヒスイの溜息と共に吐き出されたその言葉に、天野は慌てて涙を拭う。

「何があったんだ?」
「お兄ちゃんが部屋に来て」
「お願いがあるって言われたの」

 畳に落とされていた指輪に視線を向けた二人が、「これあげるからって」と呟く。

「お前……どういうつもりだ」

 ヒスイの声が微かに強張っていた。天野は何も答えることが出来ず、口を固く結ぶ。

「お兄ちゃんを責めないで」
「ヒスイと同じで辛いんだよ」

 ハッとして天野は涙で歪む視界を二人に向ける。二人は真剣な眼差しをヒスイに向けてた。

「責めやしない。こいつも疲れてて、馬鹿な事を考えてるだけだろうから……」

 ヒスイに腕を引かれ、天野は悄然としたまま立ち上がる。抵抗する気も言い訳する気もおきない。

「もう遅いからお前たちはもう寝ろ。こいつは俺がどうにかするから」

 ヒスイに腕を引かれ、天野は二人の部屋を後にした。
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