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しおりを挟む思っていたよりも早い訪問に、水瀬は不思議に思いながらも玄関に向かう。
何の躊躇いも無く、施錠を解いて玄関の扉を開く。目の前に立っている男の姿に、水瀬は愕然とした。
「久しぶり」
どこかぎこちない笑顔で満谷が言った。
「……何?」
自ずと口調がきつくなる。どの面下げてここに来れたのか、信じられない気持ちだった。
「あのときはごめん。言い過ぎた」
満谷はそう言うなり頭を下げた。
「もういいから。用件はそれだけ?」
水瀬はなかなか頭を上げない満谷に、早口で告げる。早くしないと鳴河が来てしまう。こんな無様なところを見られたくはなかった。
「俺のこと、まだ好きか?」
「えっ?」
「まだ未練とかあるか?」
顔を上げた満谷の目は、懇願しているような頼りなさだった。
「……ない」
ありえない、という追い打ちの言葉は飲み込んだ。数ヶ月を経て、鳴河のおかげでなんとか立ち直っている。それぐらいに深い傷を負わされてまで、好きでいられるはずはなかった。
「……そうか」
しおらしくため息を吐く満谷に、少しだけ心が痛む。曲がりなりにも、付き合った男だ。情を完全に無くすことはできなかった。
かける言葉が見つからず、水瀬が口を開けずにいると、満谷が縋るような目をした。
「でもさ、嫌いってわけじゃないだろ。だからさ――悪いんだけど、金かしてくんない?」
「はぁ?」
「頼む! 来月には返すからさ」
憤りを通り越して、水瀬は唖然とした。
「少しでいいんだ。母親が危篤で……実家に戻らなきゃいけなくなったんだよ。だけど新幹線代が今なくて……だから頼む!」
何度も頭を下げる満谷をただ呆然と見下ろす。あんなことをして、何故自分に頼もうと思えるのか。だが、その一方で本当に母親が危篤だったら寝覚めが悪いという気持ちも湧き上がる。必死な顔で頭を下げる満谷が嘘を吐いているようには見えない。
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