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西田一
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”まずは自己紹介をお願いします”
西田一、営業部営業第四課で係長をしています。
”営業第四課というと、志摩さんや吉野さんが所属している部署ですよね?”
そうですね。
二人とも優秀な部下ですよ。
”西田係長から見て、吉野さんはどんな方ですか?”
非常に真面目で優秀な人材だと思っています。
彼がこの会社に入社したのは三年前ですが、第四課にきたのはちょうど一年前ですね。今では志摩くんと一緒に、この会社で一番大きな取引先を担当してくれています。
”志摩さんはどんな方でしょうか?”
彼も非常に真面目で優秀ですね。吉野くんがうちの部署に来るまでは、ずっと一人で複数のクライアントを担当していたんですよ。
一人じゃ大変だから誰かをサポート役としてつけようかと提案したこともあったのですが、一人の方が気が楽だからって聞かなくて。志摩くん、ちょっと頑固なところがありますから。
ところが去年、志摩くんの方から吉野くんを第四課に異動させてくれないかと相談してきたんです。
あの時は正直驚きました。
まさか志摩くんからそんなことを言ってくるなんて。
”昔、志摩さんの後輩だった方が自殺したと伺ったのですが”
・・・その話ですか。
あれは自殺なんかじゃありません。事故だったんですよ。
”事故ですか?”
もう二十年近くも前の話になります。志摩くんが二十九歳、矢田くんはまだ二十四歳だったと思います。
二人は同じ部署ということもあって、矢田くんが入社した当時から一緒に行動することが多かったんです。二人で複数のクライアントを担当していました。
矢田くんは誰よりも一生懸命な子だったので、志摩くんは彼のことを多層気に入っていました。同じく矢田くんも志摩くんにとても懐いていました。
ですがある日、矢田くんが仕事でミスをしてしまい志摩くんにこっぴどく怒られた事があったんです。
あんなに怒っている志摩くんを見たのは初めてでした。いつもは多少のミスであれば志摩くんが笑ってフォローしていたのですが、あの時は大きなミスを犯してしまったんだと思います。
その日の夜です、矢田くんが亡くなったのは。
帰宅途中に車に轢かれて亡くなりました。その際、矢田くんを轢いた車はその場から逃走してしまいました。いわゆる轢き逃げというやつです。
時間も遅く周囲に防犯カメラも設置されていなかったので、事故当時の状況は誰も分からないままでした。
警察が交通事故として捜査を進める一方、社内では良くない噂が広がり始めたんです。
『もしかしたら、矢田くんは自殺したんじゃないか』
誰がそんなことを言い出したのかは分かりませんが、その噂はあっという間に社内に広がりました。
矢田くんが自殺した理由は、『志摩に虐められたから』というものでした。
志摩くんが矢田くんを虐めていたという事実は一切ありません。むしろ先程も言ったように、志摩くんは矢田くんのことを大層可愛がっていました。
ですが志摩くんが矢田くんを叱った日に、矢田くんは事故で亡くなってしまった。たったそれだけの事ですが、矢田くんが自殺をしたという根も葉もない噂を信憑づけるには十分だったんです。
その日からです、志摩くんが変わってしまったのは。
志摩くんは今まで以上に自分にも他人にも厳しくなりました。志摩くんの顔からは笑顔が消え、全ての仕事を一人でこなすようになりました。
それから二年程が経ちました。矢田くんが亡くなった場所の近くで、またしても交通事故が起きたんです。
事故に遭ったのは若い女性でした。幸いにも彼女は軽傷で済んだのですが、事故を起こした車はそのまま逃走しました。ですが偶然近くに警察がいたため、車を運転していた男はすぐに捕まりました。
男は逃げた理由について、「以前も人を轢いたことがあったが、その際に逃げきれたので今回も逃げきれると思った」と警察に話しました。
そして男が以前に轢いたのが矢田くんだったことが分かりました。ですが男は警察に、赤信号にも関わらず矢田くんが道路に飛び出してきたと供述しました。
事故のことは新聞にも載り、やはり矢田くんは自殺だったのではないかという噂がまたしても社内で広がるようになりました。
ですが更に数ヶ月が経ったある日、矢田くんのご両親から会社に電話がかかってきました。ご両親の話によると、とある家族が数日前に矢田くんのご両親のもとに尋ねて来たそうです。
その家族というのは小学生の息子さんと両親の三人家族だったのですが、彼等は矢田くんが亡くなったのは自分たちのせいだと言ったそうです。
あの日の夜、母親は高熱を出して家で寝込んでいました。父親は出張で家を空けていたため、家には母親と息子さんの二人だけでした。
母親が高熱で苦しんでいるのを見て、息子さんは幼いながらも何とかしてあげたいと思ったそうです。そこで息子さんは夜遅い時間にも関わらず、薬や飲み物を買いに近所のコンビニまで一人で出かけました。
無事にコンビニで買い物を終えた息子さんは、急いで家に帰ろうとしました。よっぽど母親のことが心配だったのでしょう、息子さんは信号が赤である事に気付かずに道路に飛び出したそうです。
その時、偶然近くにいたのが矢田くんでした。
車が猛スピードで向かってきていることに気付いた矢田くんは、息子さんを庇ったことにより車に轢かれました。
息子さんは自分のせいで車に轢かれた矢田くんを見て、ひどく怯えたそうです。そんな息子さんを見た矢田くんは、「大丈夫だから心配しなくていいよ。僕は全然平気だから、早く家に帰りな」と息子さんに言いました。
その後も息子さんは怖くてその事を両親にずっと話せなかったそうです。ですが、近所で若い女性が轢き逃げの被害にあった話をしている両親を見て、息子さんはあの時のことを黙っている事の方が怖くなり全てを両親に話しました。
これが全ての真相です。
矢田くんは自殺なんかではなく、ましてや志摩くんのせいなんかではありません。
”それが真相なのでしたら、どうして今でも『志摩さんのせいで矢田さんが自殺した』という噂は消えていないのでしょうか?”
それについては、志摩くん本人から口止めをされたんです。わざわざ会社の人達に話すことじゃないと。
もちろん矢田くんが亡くなった本当の理由を知っている人もこの会社には何人かいますよ。ですが、もう二十年も前の事ですからね。
二十年経っても噂は独り歩きを続けていて、噂の方を真実だと信じてしまう人も多いのは確かです。
西田一、営業部営業第四課で係長をしています。
”営業第四課というと、志摩さんや吉野さんが所属している部署ですよね?”
そうですね。
二人とも優秀な部下ですよ。
”西田係長から見て、吉野さんはどんな方ですか?”
非常に真面目で優秀な人材だと思っています。
彼がこの会社に入社したのは三年前ですが、第四課にきたのはちょうど一年前ですね。今では志摩くんと一緒に、この会社で一番大きな取引先を担当してくれています。
”志摩さんはどんな方でしょうか?”
彼も非常に真面目で優秀ですね。吉野くんがうちの部署に来るまでは、ずっと一人で複数のクライアントを担当していたんですよ。
一人じゃ大変だから誰かをサポート役としてつけようかと提案したこともあったのですが、一人の方が気が楽だからって聞かなくて。志摩くん、ちょっと頑固なところがありますから。
ところが去年、志摩くんの方から吉野くんを第四課に異動させてくれないかと相談してきたんです。
あの時は正直驚きました。
まさか志摩くんからそんなことを言ってくるなんて。
”昔、志摩さんの後輩だった方が自殺したと伺ったのですが”
・・・その話ですか。
あれは自殺なんかじゃありません。事故だったんですよ。
”事故ですか?”
もう二十年近くも前の話になります。志摩くんが二十九歳、矢田くんはまだ二十四歳だったと思います。
二人は同じ部署ということもあって、矢田くんが入社した当時から一緒に行動することが多かったんです。二人で複数のクライアントを担当していました。
矢田くんは誰よりも一生懸命な子だったので、志摩くんは彼のことを多層気に入っていました。同じく矢田くんも志摩くんにとても懐いていました。
ですがある日、矢田くんが仕事でミスをしてしまい志摩くんにこっぴどく怒られた事があったんです。
あんなに怒っている志摩くんを見たのは初めてでした。いつもは多少のミスであれば志摩くんが笑ってフォローしていたのですが、あの時は大きなミスを犯してしまったんだと思います。
その日の夜です、矢田くんが亡くなったのは。
帰宅途中に車に轢かれて亡くなりました。その際、矢田くんを轢いた車はその場から逃走してしまいました。いわゆる轢き逃げというやつです。
時間も遅く周囲に防犯カメラも設置されていなかったので、事故当時の状況は誰も分からないままでした。
警察が交通事故として捜査を進める一方、社内では良くない噂が広がり始めたんです。
『もしかしたら、矢田くんは自殺したんじゃないか』
誰がそんなことを言い出したのかは分かりませんが、その噂はあっという間に社内に広がりました。
矢田くんが自殺した理由は、『志摩に虐められたから』というものでした。
志摩くんが矢田くんを虐めていたという事実は一切ありません。むしろ先程も言ったように、志摩くんは矢田くんのことを大層可愛がっていました。
ですが志摩くんが矢田くんを叱った日に、矢田くんは事故で亡くなってしまった。たったそれだけの事ですが、矢田くんが自殺をしたという根も葉もない噂を信憑づけるには十分だったんです。
その日からです、志摩くんが変わってしまったのは。
志摩くんは今まで以上に自分にも他人にも厳しくなりました。志摩くんの顔からは笑顔が消え、全ての仕事を一人でこなすようになりました。
それから二年程が経ちました。矢田くんが亡くなった場所の近くで、またしても交通事故が起きたんです。
事故に遭ったのは若い女性でした。幸いにも彼女は軽傷で済んだのですが、事故を起こした車はそのまま逃走しました。ですが偶然近くに警察がいたため、車を運転していた男はすぐに捕まりました。
男は逃げた理由について、「以前も人を轢いたことがあったが、その際に逃げきれたので今回も逃げきれると思った」と警察に話しました。
そして男が以前に轢いたのが矢田くんだったことが分かりました。ですが男は警察に、赤信号にも関わらず矢田くんが道路に飛び出してきたと供述しました。
事故のことは新聞にも載り、やはり矢田くんは自殺だったのではないかという噂がまたしても社内で広がるようになりました。
ですが更に数ヶ月が経ったある日、矢田くんのご両親から会社に電話がかかってきました。ご両親の話によると、とある家族が数日前に矢田くんのご両親のもとに尋ねて来たそうです。
その家族というのは小学生の息子さんと両親の三人家族だったのですが、彼等は矢田くんが亡くなったのは自分たちのせいだと言ったそうです。
あの日の夜、母親は高熱を出して家で寝込んでいました。父親は出張で家を空けていたため、家には母親と息子さんの二人だけでした。
母親が高熱で苦しんでいるのを見て、息子さんは幼いながらも何とかしてあげたいと思ったそうです。そこで息子さんは夜遅い時間にも関わらず、薬や飲み物を買いに近所のコンビニまで一人で出かけました。
無事にコンビニで買い物を終えた息子さんは、急いで家に帰ろうとしました。よっぽど母親のことが心配だったのでしょう、息子さんは信号が赤である事に気付かずに道路に飛び出したそうです。
その時、偶然近くにいたのが矢田くんでした。
車が猛スピードで向かってきていることに気付いた矢田くんは、息子さんを庇ったことにより車に轢かれました。
息子さんは自分のせいで車に轢かれた矢田くんを見て、ひどく怯えたそうです。そんな息子さんを見た矢田くんは、「大丈夫だから心配しなくていいよ。僕は全然平気だから、早く家に帰りな」と息子さんに言いました。
その後も息子さんは怖くてその事を両親にずっと話せなかったそうです。ですが、近所で若い女性が轢き逃げの被害にあった話をしている両親を見て、息子さんはあの時のことを黙っている事の方が怖くなり全てを両親に話しました。
これが全ての真相です。
矢田くんは自殺なんかではなく、ましてや志摩くんのせいなんかではありません。
”それが真相なのでしたら、どうして今でも『志摩さんのせいで矢田さんが自殺した』という噂は消えていないのでしょうか?”
それについては、志摩くん本人から口止めをされたんです。わざわざ会社の人達に話すことじゃないと。
もちろん矢田くんが亡くなった本当の理由を知っている人もこの会社には何人かいますよ。ですが、もう二十年も前の事ですからね。
二十年経っても噂は独り歩きを続けていて、噂の方を真実だと信じてしまう人も多いのは確かです。
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