チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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69 彼の敵は旅立つ

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「そういえばアッシュ。あの羊皮紙の山…。お宝だお宝だと思ってたけど本当にお宝だったよ!」


星空散歩から戻った僕を、捕まえるなりまくしたてるのは酔ったエスター。酒臭いなぁもう…。
一体どうしたって言うんだろう…。

「以前手に入れた王家の毒に関する寓話の書。君覚えてるかい?」
「ああ、あのお高かった本ね。馴染みの仲介屋が知らせてくれたって言う…」

「寓話はただでさえ比喩が多くて分かりづらいのに、あれは文章が乱雑に飛んだり抜け落ちたりしていて全く意味がわからなかった。確かに王家が舞台ではあったけどね。なんとあの羊皮紙の山に、あれにつながる文面があった。恐らくだけどね。」
「えっ⁉」

「ここからは少しスキルを駆使して読み取るよ。ノールに言わせれば邪道だろうけど僕は効率を重視するほうでね。楽しみにして待ってるといい」

「分かった…。期待してるよ、エスター」


随分前のことだしすっかり忘れていた。
エスターが手に入れたあの寓話。高い勉強代だと思ったのに…、そうか、繋がったのか…。







パーティーも終わり、いつも通りの二人の寝室。
僕のプライベートベッドルームは実にあっさり却下された…。参ったな…色々と問題があるって言うのに…。
相も変わらず枕を並べて、たわいもない話をしながら今日一日を振り返る。

「それでロビンは何だって?」

「何って…、別にどうとも。ああ、容姿のことかい?美しい髪ですねと言われたよ。」
「髪だけ?ああ、ロビンの目は節穴だね。ユーリは全部美しいのに…」
「アッシュ…。彼は太陽神みたいな男が好きなのだろう、ヘンリックのような。私とは正反対のね。」

「そっか。ユーリはどちらかというと月の神様だものね。」
「月の?マーニ神のことかい?ふふ…、君は本当にいつも…。さぁもう寝よう。アッシュは明日朝も早いんだろう?お休みアッシュ、良い夢を。」チュッ


…だから今のは…何って…いつもの…か…zzz…





翌朝、裏庭の花壇を眺めにそのロビン君がやって来た。
彼には一言言っておかねばなるまい。ユーリの良さが分からないとはまだまだだね…と。

「ああ、おはようロビン。ところで」

「おはようございます、アッシュさん。昨夜はとても素晴らしいものを見せて頂きました。兄から少し聞きました…。ユーリウス様にとってこの庭がどんなものであるか…。お二人で手を繋いで歩く姿にはとても感動しました。」

「そうでしょ。本当にね…。ユーリがあの一歩を踏み出すのに…およそ2年を要したんだ…。そう考えるとどれほど心の傷が深かったのか、あの壊れかけたユーリの姿を思い出すと今でも辛いよ…。」

「あ…、で、でもユーリウス様の傷はすっかりアッシュさんが治してしまわれたから。これからはもう…」

「治ってなんかいないよ…」
「アッシュさん…」

そうとも。治るわけがない。一度壊れた器は…どれだけ完璧に修復したって元通りにはならない。そのヒビや欠けにどれほど継ぎを入れて色合わせをして見た目を整えたって…その傷が無かったことにはならないのだ。



「ユーリの傷は治らない。一度ヒビの入ったグラスはいくら防いだって水漏れするんだ。僕にはこれ以上ヒビが広がらないよう手当てする事と、漏れた水を上回るだけの愛情を注ぐ事しか出来ない…」


だからこそ僕は油断しない。『九仞の功を一簣に虧くきゅうじんのこうをいっきにかく』、これは心に刻んだ祖母の教えの一つ。
攫われかけるというハプニングがあるにはあったが、あれはイレギュラーだ。


WEB小説の終わり、毒公爵の年齢設定はもうすぐ20歳だったはず。
その年を超えるまで…一秒たりとも気を抜いたりしない。石橋は叩いて渡るし、転びそうな場所には杖を配置し、雨はまだでも傘を持つのだ。
その為に勇者だって…、あっ…

「そういえばロビン。最上級生で王宮に呼ばれた人居たの知らない?」

「えっ?ああ…プータロー様のことでしょうか?」

ぷっ、プータロー?なんだその名前…ついふざけちゃったかな?それとも職業聞かれてうっかり答えちゃったとか…。気の毒に…、今後どんなジョブに就いても〝プータロー”って呼ばれるのか…。う~ん、まぁいいや。考えるのもめんどくさいし。

「そのプータロー、どうなったか知ってる?」

「もちろん。彼は有名人ですし。」
「有名?王宮に呼ばれたから?」

「いえ、彼は少し変わった方で…、いつも自分は異世界からの転移者だと公言してはばからなかったのです…。それが功を奏して勇者に選ばれたと聞きましたが本当だったみたいで、異世界からの転移者だなんて…。すごい…そんなおとぎ話のような事が本当にあるなんて…。」

僕に言わせればこここそがおとぎ話なんだけど…、それは言っても始まらない事。
それより奴は自分から転移者だと公言していたのか…う~ん…、…この勇者…バカなのかな?もしかしてとんでもないバカ選ばれちゃった?

確か小説では王家の魔法で勇者を見つけ出したはず。だから本当だったら王家の何か特別なスキルで発見されてしかるべきなのに…。自分からこんな重大な秘密をベラベラベラベラと…、どこにどんな落とし穴があるかわからないのに…。

居たわ~、高校の時もこんな奴いたいた。名前も覚えてないけど、後先全く考えない享楽的なバカ…、顔しか取り柄の無い、いつも女子に囲まれてた背の高い奴。絶対親しくなれなさそうな…。

はぁ…、ま、関係ないか。どうせ会わないし…。


「王家はすぐにでも旅立たせたかったようですけど…、プータロー様はどうしても卒業したいと言い張られまして…。さいしゅうがくれき?は大切だとかなんとか。それでやっと先月、卒業の式典が終わるのと同時に学院を出ました。なんでも侯爵令嬢が、あ、フィアンセらしいのですが、令嬢がやって来る前に旅立たなくては、と。長旅になるのですから会っておかれればいいのに…。そんな風にして旅立たれました。最初の目的地はエルフの国だと言っていましたが…」

なんでエルフから行くんだよ!こういうのは最初ドワーフからが鉄板でしょうが!

「ど、どうされました?」
「んん、別に。それより色々と有益な情報ありがとう。助かったよ。」

感謝の気持ちと共に頭をポンッってしようとして…イヤな事実に気が付いた…。
が、何の事実かは…言わないでおく。






「ロビン、ロビン」

「あ、兄さん。それと…ヘンリック様!おはようございます。どうされましたか?そんなところに隠れて」

「あいや、別に隠れる必要はなかったんだけど…なんとなくね。それより今アッシュ君と何話してたの?」
「え?あ、ああ…学院の先輩のことを少々…。それとユーリウス様のことも少し…」

「そう。なら向こうで朝食を摂りながら…、今話した内容、一言一句漏らさず話して聞かせてくれるかな?」
「何故…?」

「訳は聞かないでくれるとありがたいな。私からもお願いするよ、ロビン」
「ヘンリック様…喜んで!」






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