チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

文字の大きさ
103 / 277
連載

134 望むがままの未来のために

しおりを挟む
王城の中にある宮殿。その奥の一角にはいつからか私専用の部屋が設えられている。

そのため今回もこうしてここに滞在していたわけだが…思いのほか快適だった。
何しろここは他者に対し懐疑的な聖王のおかげで人の出入りがかなり制限されている。あの用心深さが私の役に立つとは意外なことだ。

部屋を用意したのは大叔父上ではない。これはアッシュ、…ミーミルの化身へと聖王が用意したひときわ立派な部屋。

少しも不愉快ではない。むしろ愉快ですらある。
あの不遜な聖王がアッシュに傅く…、ふっ、とんだお笑い草だ。だがまさか退位して辺境へ赴くとは…、最愛の姫のために…、あの聖王も人の子と言うことか…。


「ふっ、くくっ、ミーミルを崇め奉る…ね。どうだアレクシ、私のアッシュは」

「ええ本当に。私たちが無理だと諦めた事、その全てをアッシュ君は覆していく。ユーリウス様、これこそが本来公爵家の受けるべき待遇。ようやく正道に戻ったのです。ですがそれが与えられた今、今度は公爵家としての役割も果たさねばなりません。」

「ああ分かっている。今までは庶民感情がそれを許さなかった。だがこれからはそれもすこしずつ受け入れられるはずだ。その為にもアッシュとノールのカレッジ構想。あれは良い柱になる…。」

「ええ」

「アッシュの助言により農地の整理を行うようだな?作物ごとに区画を分けると言っていたが」

「彼は乱雑なのが好きでは無いみたいですね。「蔵書は分類ごとに仕分けすべし!エスターは年代別派だけど僕はジャンル別派だ!」とかなんとか言っていましたが…」
「ふふ…」


リッターホルムに出入りする人間が増えていく…。それは時に煩わしくもある。だがアッシュの夫としてふさわしくあらねばならない私にとって、公爵領の繁栄、それはとても重要な事だ。
領民との交流…、避けては通れぬか…。仕方がない。


「それにしても…、ようやく帰れる。私と彼のリッターホルムへ。あの蜂蜜酒ミールによってさらに男らしくなった私にアッシュは喜んでくれるだろうか?ふっ、楽しみだ。だがオーケソン侯爵家でなにがあったかは…アレクシ、今ここで報告を聞こう」

「はっ。まずはホストのビルギッタ嬢ですが…、彼女に関しては問題ありません。アッシュ君は堂々と渡り合っておりました。その…失礼すぎるほどに…。」

「アッシュは公爵夫人だ。失礼すぎるなどと言う事は無かろう」

「ですがあれはほとんど子供の口喧嘩…、いえ、ともかく心配の必要はありません。」


彼女に関しては…、つまり他に気掛りなことが?…くだらない輩に蔑まれたりでもしたというのか?もしそうならばヴェストに言って…


「ビルギッタ嬢への挨拶…?が終わったところで彼女が姿を現しました…。」

「彼女?誰だそれは!」

「マテアスの後妻であるペルクリット伯爵夫人です。」


一瞬にして血の気が引くのが分かる。ああ…、私は今でも彼女の影に怯えているのか…

7歳まで過ごした王都の公爵邸。そこには当時はまだ父と慕い愛を欲したあの男と、私から慕うべき母を、母から夫と過ごす幸せな未来を奪ったあの女が居た。

あの女は母を王都から去るように仕向けただけでなく使用人すら私から遠ざけた。…今ならわかる。王都邸の使用人たち…、彼らはあの女に吹き込まれたのだ。私に関する様々な、誇張されそして歪められた悪意の数々を…。
その悪意は使用人から他家の使用人へ、そしてその雇い主へと裾野を広げ、最後には社交界という大海全てを汚染した。

それだけでは飽き足らず彼女はその害意を直接向けた。執拗に浴びせられる罵倒と嘲笑の数々。
そして毒素を吐くおぞましい私の姿を、腐り朽ちていく無残な部屋を…父だった男に…そして使用人たちの目に焼き付けさせたのだ…。
私に向けられる化け物を見る目…、私は絶望した…し続けた…アッシュに出会うまで。もしあの日アッシュに出会わなければきっと私は…



「大丈夫ですか?ユーリウス様」

「あっ、ああ…、大丈夫だ。それでアッシュは…」

「一瞬も臆することなく応酬しておいででした…。彼女に向って金目の毒婦と…そう言い放って…、少し痛快でしたよ。」

「金目の毒婦…、言い得て妙だ…」

「そうそう。彼は大公閣下をユーリウス様の真の父だと。ふふ、舅と仲良く何よりですね」


大叔父上が父…、ああそうか。そうだとも。大叔父上こそが私の父だ。アッシュの言葉はいつでも単純で明快で、虚飾なく私の心を解き放つ。


「マァの村と大叔父上…、アレクシ、私には二人も父が居たようだ」

「そうですね。時には甘えてごらんになっては?」


そう言って笑ったアレクシが、ふ、と顔を歪める。


「どうした?」

「いえ、お伝えすべきか悩んだのですが…ただアッシュ君があの時…、全てを仕組んだのはあの女だと…」
「分かっている。彼女が私の印象を操作した…」

「そうではなく…、カルロッタ様が壊れたのは彼女が仕組んだことだと。カルロッタ様を壊すためにマテアスを公爵家に近づけたのだと…。彼女を公爵家の癌、自分の敵だと、そうハッキリ言い切りました。」

「 ‼ 」


アッシュの敵。それは表面上のことでは無いのだ、恐らく。アッシュが戦うもの。それは私を苛む呪い、そしてその根源。彼が敵だというならそれはこの身の因縁に関わる事…!
それなのにこれからも今までの様にアッシュに庇われながらその背に隠れて過ごすのか、私は…

いいや、そうではない!

共に戦うのだ。私を縛るこの呪いと。
私が諦めたそのすべてをアッシュが覆していく…。ならば諦めなければ自ら覆すことも出来よう!



「アレクシ、今すぐアッシュを呼んでくれ。彼と話さなければ。今度こそは…対等に。そうだ、彼が望む対等な立場で…、いつか彼自身がそう望んだように私も…」








アレクシに呼ばれ部屋へとやって来たアッシュ。
思った通り、彼は決して私に全てを明かそうとはしない。
彼の気持ちなら痛いほど伝わる。私を守ろうとする強い想い。昔から変わることのない真摯な想い。
彼にとって私はいつまでも雛鳥と同じなのだろう…。だが雛鳥はいつか巣立つものだ。


「でも僕はユーリを…」

「アッシュ、私はもう怯えて部屋に閉じこもるだけの子供じゃない。君が私の手を取り外へと連れ出してくれた。食事を味わうことも花を愛でることも、自然の壮大さも全て君が教えてくれた。私が気付かなかっただけでそこには私を気遣うアレクシやオスモ、いいやそれだけじゃない。ノールやヴェストたち、私を恐れない者がちゃんと居ることも気付かせてくれた。狭い世界に居ては何も…、広い世界に出てこそ可能性は広がるのだと私は知ったんだ。」


彼の目が私を捉えゆらゆらと揺れている。その瞳の中の私にはもう何の迷いもない。


「私は君と共に戦いたい。」


アッシュは何も言わず、だが私の想い、その全てを受け入れ静かに頷いた…。



しおりを挟む
感想 392

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

主人公の義弟兼当て馬の俺は原作に巻き込まれないためにも旅にでたい

発光食品
BL
『リュミエール王国と光の騎士〜愛と魔法で世界を救え〜』 そんないかにもなタイトルで始まる冒険RPG通称リュミ騎士。結構自由度の高いゲームで種族から、地位、自分の持つ魔法、職業なんかを決め、好きにプレーできるということで人気を誇っていた。そんな中主人公のみに共通して持っている力は光属性。前提として主人公は光属性の力を使い、世界を救わなければいけない。そのエンドコンテンツとして、世界中を旅するも良し、結婚して子供を作ることができる。これまた凄い機能なのだが、この世界は女同士でも男同士でも結婚することが出来る。子供も光属性の加護?とやらで作れるというめちゃくちゃ設定だ。 そんな世界に転生してしまった隼人。もちろん主人公に転生したものと思っていたが、属性は闇。 あれ?おかしいぞ?そう思った隼人だったが、すぐそばにいたこの世界の兄を見て現実を知ってしまう。 「あ、こいつが主人公だ」 超絶美形完璧光属性兄攻め×そんな兄から逃げたい闇属性受けの繰り広げるファンタジーラブストーリー

過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~

水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった! 「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。 そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。 「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。 孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。