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146 彼の不安と一筋の光明
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あれからどれくらい進んだのだろう…。
初夏とは言え山中の気温は低い。だが肌にまとわりつく水気を含んだ空気が私の体力を奪っていく…。
「喉が渇いた…どこかに水は無いだろうか…。そうだ!蜜蝋の袋!」
あの子にあげるマツリカを入れるため持って来た蜜蝋の袋。あの中には水に浸したハンカチが入れてある。蜜蝋は水を通さない。ならばあのハンカチもまだ湿っているのでは…?
「やっぱりだ…。良かった、少しだけでも無いよりましだ。」
足が重い…けどもう少しだけ進んで茂みの少ない場所に出られたら休む事にしよう。アッシュさんが言うには茂みには毒を持つ蛇が潜むと言う。ここでは足元が見えないから少し不安だ。
木々の間から見える太陽が少しづつ大きくなっていく。頂上はあとどれくらいだろうか…
打ち消しては押し寄せる言いようのない不安。
それでも今の私に出来ることは足を止めない事、それだけなのだ。
-------------------------------------
「ではヘンリックはボーイたちを取りまとめて捜索に向かわせてくれ。私は従士たちに指示を出す」
「分かりました。ボーイたちは無事にお返しすると約束しましょう」
コーネイン家の御者が関わるとあって彼は責任を感じているようだ。
アッシュの言う〝全ての危機の原因”…アデリーナ…。ならばその責任は私にこそある。
私の立場が私を安全な場所に縛り付けると言うのならば私はこの立場を以て一体何が出来るのだろう…
「エスター、すまないが君にも協力してもらう。山から戻った者に聞き取りをしてくれないか。そして山中の様子をまとめて欲しい。ロビンの痕跡以外も含め全てをだ。それは今後も有用となるだろう」
「図解は苦手なんだ。可能な限り詳細な文章にしよう。地図は後から絵の得意な君が描き起こしてくれないかい?」
「いいだろう。それからノールはどうしている?」
「ずいぶん落ち着いたよ。けどまぁ捜索には関わらせないほうが良いだろうね。今の彼に冷静な判断は難しい」
アッシュを失いかけたあの騒動が思い出される。冷静でなど居られようはずもない。顔を顰めた私に気が付いたのだろうか、エスターが続けたその言葉は随分と私を力づけた。
「ノールが言っていたんだけどね、彼の母親は〝小運”のスキルを持つらしい。それを受け継ぎロビンも〝強運”のスキルがあるようだ。普段はどうと言いう事もないスキルだろうけどね、「今回ばかりは心強い」だとさ。」
「ならばアッシュにノールを、そして子爵を引き合わせたのは母親とロビンのスキルだったのかも知れないな。ふふ、ロビンはきっと見つかる。今確信したよ」
「伝えておくよ。他でもないそのアッシュを丸ごと手に入れた、前代未聞の豪運を持つどこかの誰かさんがロビンの無事に太鼓判を押したってね」
-------------------------------------
折れた木々や滑り落ちた跡を見て、真っ先に動揺したのはアレクシさんだった。
予想通りと言えば予想通りだけど、隣に居るのがヴェストさんだけに対比がスゴイ…。
「何て事だ!まさかここから落ちたというのか…、ああっ!ノールに何と言えば…」
「ちょ、馬鹿言わないで!常々思ってたけどアレクシさんはちょっと悲観的だよね。目を覆って無いで見なよその先!」
「通常では折れぬほどの太い枝に破れた麻袋の端布。そしてその窪み、重量のある何かがそこに絡まりその後落下したのでしょう。」
「重量のある何か…」
「その何かこそロビンだよ。そこの太い幹がストッパーになったんだ。ほら、土が乱れてる。でも転落跡はその先にも続いてるよね。」
「…幾つかの足跡があります全て同一人物の…浅い。恐らくは少年。上から下へと滑るこの形状は上へと登っていった跡でしょう」
「ロビンの足跡…?そうか。御者はここでロビンを落として一人で滑り落ちて行ったんだな。そしてロビンは逃げ出した」
「多分ね。ようやく分かったアレクシさん?非常事態だからこそ落ち着いてね。山岳事故は大体焦りから起きるんだよ」
「す、すまない…」
大人なのにシュンとするアレクシさんは相変わらずの困り顔。初めて会ったときからちっとも変わらない…。
頼り無さを本人は気にしているみたいだけど、アレクシさんはそのままでもいいのにな。
ノールさんが鬼教官へとジョブチェンジしてしまった今、アレクシさんは公爵邸に残された最後の〝普通の人”なんだから…。
それはそうとして、ロビンがここから一人で逃げ出したのならこれは万に一つの幸運。良かった…最悪のシナリオがひとつ避けられた…。
麻袋は持って行ったのか…、賢いなぁロビンは。だけどロビンの危険はまだ終わらない。獣、脱水、高山病、体温の低下…。安心出来る要素など一つとして無いのだ。
「だがなんだって御者はこの山に?この先には国境の山脈があるだけで領外に出られる道など…」
「御者はその国境に向かったんだよ。あの狡猾なアデリーナがそうさせたんだ。どう言ったかは知らないよ?でも向かわせた。多分途中で遭難することまで計算に入れてね!」
「遭難?そんな不確かな指示を出すかい?必ず遭難するとは限らないだろう?助かる可能性だってあるじゃないか」
「あるもんか。も一回言うけど山を舐めてんの?食料も水も無く着の身着のままでこんな鬱蒼とした山、普通は抜けられるもんか。山の夜は気温だって冬並みなんだよ?獣の動きだって活発になるし。」
ここが恐ろしい魔獣とか出ない聖王国でほんとに助かった…。とは言え、聖王国だって普通に空想の生き物とかは出るんだよ。WEB小説にそういう記述がある以上この山に出たっておかしくは無いんだ。そんな山中で装備も知識もなくサバイバルなん、て…
いや待て…。知識はある…。知識あったよっ!山を見ながら得意げに語って聞かせた僕のキャンプやサバイバルの知識があった!未経験者とは微塵も感じさせず、まるでその道の達人のように滔々と語った僕のワンポイントアドバイス。賢いロビンなら多少なりとも覚えてるはず!
ああ!あの時すごいドヤ顔でこれでもかと披露しまくった自分を褒め称えてやりたい!
そうだよあの時ロビンはスゴイスゴイと目を輝かせながら尚且つタイミングよく質問を差し挟むという、実に高尚なテクニックを駆使して聞き入っていた。
おおお、思い出せ!僕は何を教えて何を教えなかった…
方角の確認方法、火おこしの手順、ギリ飲める水分の確保と食べられる木の実と野草…、箸の削り方…は教えなかった。そうそう獣の跡の見分け方、危ないからキノコは止めとけとも言った。タンパク質にイナゴ…は気持ち悪いからパスした。ビバークに適した場所に救援の出し方、怪我した時の応急処置、それから…それから…頂上を目指せと言った!沢へは危険だから目指すなと!遭難での死者はほとんどが沢の付近で発見されると!!あの時ロビンは僕の顔を見てしっかりと頷いていた!!!
御者さえ居なければロビンの生存確率は上がる!
「アッシュ様、これは?」
ヴェストさんに言われ覗き込んだ木の袂、そこには小石と固く手ごろな枝がさりげなく一定の間隔で並べられていた。そうといわれなければ分からないほどの…だけど僕にだけは分かる昔からある定番の合図。
・・・---・・・
「これは…〝S・O・S” 僕が教えたモールス信号だ!」
初夏とは言え山中の気温は低い。だが肌にまとわりつく水気を含んだ空気が私の体力を奪っていく…。
「喉が渇いた…どこかに水は無いだろうか…。そうだ!蜜蝋の袋!」
あの子にあげるマツリカを入れるため持って来た蜜蝋の袋。あの中には水に浸したハンカチが入れてある。蜜蝋は水を通さない。ならばあのハンカチもまだ湿っているのでは…?
「やっぱりだ…。良かった、少しだけでも無いよりましだ。」
足が重い…けどもう少しだけ進んで茂みの少ない場所に出られたら休む事にしよう。アッシュさんが言うには茂みには毒を持つ蛇が潜むと言う。ここでは足元が見えないから少し不安だ。
木々の間から見える太陽が少しづつ大きくなっていく。頂上はあとどれくらいだろうか…
打ち消しては押し寄せる言いようのない不安。
それでも今の私に出来ることは足を止めない事、それだけなのだ。
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「ではヘンリックはボーイたちを取りまとめて捜索に向かわせてくれ。私は従士たちに指示を出す」
「分かりました。ボーイたちは無事にお返しすると約束しましょう」
コーネイン家の御者が関わるとあって彼は責任を感じているようだ。
アッシュの言う〝全ての危機の原因”…アデリーナ…。ならばその責任は私にこそある。
私の立場が私を安全な場所に縛り付けると言うのならば私はこの立場を以て一体何が出来るのだろう…
「エスター、すまないが君にも協力してもらう。山から戻った者に聞き取りをしてくれないか。そして山中の様子をまとめて欲しい。ロビンの痕跡以外も含め全てをだ。それは今後も有用となるだろう」
「図解は苦手なんだ。可能な限り詳細な文章にしよう。地図は後から絵の得意な君が描き起こしてくれないかい?」
「いいだろう。それからノールはどうしている?」
「ずいぶん落ち着いたよ。けどまぁ捜索には関わらせないほうが良いだろうね。今の彼に冷静な判断は難しい」
アッシュを失いかけたあの騒動が思い出される。冷静でなど居られようはずもない。顔を顰めた私に気が付いたのだろうか、エスターが続けたその言葉は随分と私を力づけた。
「ノールが言っていたんだけどね、彼の母親は〝小運”のスキルを持つらしい。それを受け継ぎロビンも〝強運”のスキルがあるようだ。普段はどうと言いう事もないスキルだろうけどね、「今回ばかりは心強い」だとさ。」
「ならばアッシュにノールを、そして子爵を引き合わせたのは母親とロビンのスキルだったのかも知れないな。ふふ、ロビンはきっと見つかる。今確信したよ」
「伝えておくよ。他でもないそのアッシュを丸ごと手に入れた、前代未聞の豪運を持つどこかの誰かさんがロビンの無事に太鼓判を押したってね」
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折れた木々や滑り落ちた跡を見て、真っ先に動揺したのはアレクシさんだった。
予想通りと言えば予想通りだけど、隣に居るのがヴェストさんだけに対比がスゴイ…。
「何て事だ!まさかここから落ちたというのか…、ああっ!ノールに何と言えば…」
「ちょ、馬鹿言わないで!常々思ってたけどアレクシさんはちょっと悲観的だよね。目を覆って無いで見なよその先!」
「通常では折れぬほどの太い枝に破れた麻袋の端布。そしてその窪み、重量のある何かがそこに絡まりその後落下したのでしょう。」
「重量のある何か…」
「その何かこそロビンだよ。そこの太い幹がストッパーになったんだ。ほら、土が乱れてる。でも転落跡はその先にも続いてるよね。」
「…幾つかの足跡があります全て同一人物の…浅い。恐らくは少年。上から下へと滑るこの形状は上へと登っていった跡でしょう」
「ロビンの足跡…?そうか。御者はここでロビンを落として一人で滑り落ちて行ったんだな。そしてロビンは逃げ出した」
「多分ね。ようやく分かったアレクシさん?非常事態だからこそ落ち着いてね。山岳事故は大体焦りから起きるんだよ」
「す、すまない…」
大人なのにシュンとするアレクシさんは相変わらずの困り顔。初めて会ったときからちっとも変わらない…。
頼り無さを本人は気にしているみたいだけど、アレクシさんはそのままでもいいのにな。
ノールさんが鬼教官へとジョブチェンジしてしまった今、アレクシさんは公爵邸に残された最後の〝普通の人”なんだから…。
それはそうとして、ロビンがここから一人で逃げ出したのならこれは万に一つの幸運。良かった…最悪のシナリオがひとつ避けられた…。
麻袋は持って行ったのか…、賢いなぁロビンは。だけどロビンの危険はまだ終わらない。獣、脱水、高山病、体温の低下…。安心出来る要素など一つとして無いのだ。
「だがなんだって御者はこの山に?この先には国境の山脈があるだけで領外に出られる道など…」
「御者はその国境に向かったんだよ。あの狡猾なアデリーナがそうさせたんだ。どう言ったかは知らないよ?でも向かわせた。多分途中で遭難することまで計算に入れてね!」
「遭難?そんな不確かな指示を出すかい?必ず遭難するとは限らないだろう?助かる可能性だってあるじゃないか」
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ああ!あの時すごいドヤ顔でこれでもかと披露しまくった自分を褒め称えてやりたい!
そうだよあの時ロビンはスゴイスゴイと目を輝かせながら尚且つタイミングよく質問を差し挟むという、実に高尚なテクニックを駆使して聞き入っていた。
おおお、思い出せ!僕は何を教えて何を教えなかった…
方角の確認方法、火おこしの手順、ギリ飲める水分の確保と食べられる木の実と野草…、箸の削り方…は教えなかった。そうそう獣の跡の見分け方、危ないからキノコは止めとけとも言った。タンパク質にイナゴ…は気持ち悪いからパスした。ビバークに適した場所に救援の出し方、怪我した時の応急処置、それから…それから…頂上を目指せと言った!沢へは危険だから目指すなと!遭難での死者はほとんどが沢の付近で発見されると!!あの時ロビンは僕の顔を見てしっかりと頷いていた!!!
御者さえ居なければロビンの生存確率は上がる!
「アッシュ様、これは?」
ヴェストさんに言われ覗き込んだ木の袂、そこには小石と固く手ごろな枝がさりげなく一定の間隔で並べられていた。そうといわれなければ分からないほどの…だけど僕にだけは分かる昔からある定番の合図。
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