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ある侯爵令息の追撃
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上級使用人たちのディナー、それは小ダイニングを用い、正装したうえで主人たちと同じものが提供される。
何故ならそれは下級使用人であるフットマンの教育の場でもあるからだ。
とは言え、決して多くない、厳選された人数だけで長年切り盛りされてきたという、この公爵邸における上級使用人の役割は非常に複雑で、それゆえ彼らは現在主人である公爵夫妻と同席される事が多い。見たところそこでは様々な話が進められているようだ。アッシュ様いわく「ランチミーティング」「ワーキングディナー」などと呼ばれるらしい。
まったく精力的な方々だ…。
そのような事情で今夜も私とヴェスト様のディナーは二人きり。だがその立ち位置は…
「ヴェスト様。いかがでしょうか。私の給仕に不足はありませんか」
「問題なく出来ています。それから私に敬称は不要だと何度もお伝えいたしましたが。」
「ですが、貴方のように美しい方をどうしても呼び捨てに出来ません…、いけませんか?」
「良いか悪いかでなく、不要だと言っているのですが…」
「僕は必要だと思います」
「不要です」
「不要かも知れませんがあっても困りはしませんね?」
「困りませんがおやめください。」
「そんなことより貴方にこうして給仕が出来るなんて…光栄です。」
「…あなたは4男とは言え侯爵家のご子息。私は田舎で生まれた司祭の息子です。光栄に思う意味がわかりません」
「大好きな方に尽くせることは光栄なことではないですか?ヴェスト様も公爵夫妻に尽くされている時は、いつもよりお幸せそうに見えますよ?」
「そう見えますか?」
「ええ、とても。」
そう。恐らくは誰も気付かないそんな程度の…、だが表情は動かさないまでも醸し出す空気が変わるのだ。
彼らと接するとき、ヴェスト様を包む空気は喜びに包まれる。であれば、きっと今の僕など歓喜に溢れて目も当てられないに違いない。
「…あなたは私のことが好きだと、そう仰るのですか?」
「そっ!そんな単刀直入に言われると照れますが…はい!大好きです。」
「何故ですか?あなたは私の目に見える部分以外ご存じない…、この外見がお好きなのだと、それは認識しておりますが…」
「それだけじゃありません!」
何という事だろう…。これではまるで僕が彼の外見にだけ惹かれた軽薄な人間みたいじゃないか…!
「ヴェスト様。貴方のその美しさは貴方に興味を持つきっかけにはなりました。それは否定いたしません。ですが私が惹かれたのは貴方のその可愛らしいお人柄です。」
「可愛らしい…ですか?私が?」
「ええ。とても可愛らしいです。ユーリウス様とアルパ様のお式の打ち合わせを少し微笑ましそうにお見守りされていた時も、アッシュ様がナッツ様の悪戯でお辛い物を手に取られた時に逡巡しながら楽しんでおられた時も、アレクシ様とビョルンの親しくする姿に親鳥のような気持ちでいるところも、すべてがお可愛いらしい…」
「………私はそれほど表情に出ていましたか…?」
「いいえ。僕がそう思った、というだけです。あなたのその感情豊かなところが僕はとても大好きです」
「よくわかりませんが…、ありがとうございます。そう言うのが最善ですね…?」
「ふふ、ほら、そんなところも可愛らしい。あの…、図々しいお願いをしても?」
「お願い…、何でしょう?」
「貴方の髪に触れてもいいでしょうか?」
「構いませんが…」
初めて触れる青い髪…。シルクの様なその艶やかな髪からはどこはかとなく清浄な香りが漂う気がする…これ以上は眩暈がしそうだ。
僕が思わずその髪に口づけたのも無理は無いだろう。
愛おしさが溢れて、抑えきれなくて…、自分でも何をしているのか分からない。
その髪に何度も口づける僕に、何も言わない彼は一体何を思っていたのか…
彼はつむじまで美しいな…、などと考えていた僕にその表情は見えなかった。
だが、その場を包む空気の色は、決して悪感情では無かったと思う僕は少しばかりおめでたいのだろうか。
実際舞い上がっている自覚はあるのだけれど…。
チリンチリン、
「お呼びのようなので失礼します。」
「いえ、僕が行きます。ヴェスト様はゆっくり食事をなさって下さい。」
「ですが」
「大丈夫です!」
「どうされましたか?アッシュ様」
「ごめんね食事中に。どうしても今すぐ蔵から出したい物があって…ところでヴェストさんは?」
「食事中なので代わりに僕が。」
「でもパトリックさん、裏の蔵に何があるか知らないじゃない!ちょっとヴェストさんを呼ん」
「あんな薄暗く埃っぽい場所にあの方を?では尚更呼ぶわけにはいきませんね。さあ行きますよ、アッシュ様。」
「僕⁉ …僕お風呂入った後なんだけど…」
「もう一度入れば問題ないです。」
「いやあるよ問題。大問題だよ。…こ、恋は盲目って言うけどこれはちょっと…、とりあえずお姉さんにクレーム入れとくから!」
「えっ⁉ それだけはお止めください…」
そう言いながらも一緒に蔵へ入って下さるアッシュ様はやはり人の良い方だと改めて…そう思った…。
何故ならそれは下級使用人であるフットマンの教育の場でもあるからだ。
とは言え、決して多くない、厳選された人数だけで長年切り盛りされてきたという、この公爵邸における上級使用人の役割は非常に複雑で、それゆえ彼らは現在主人である公爵夫妻と同席される事が多い。見たところそこでは様々な話が進められているようだ。アッシュ様いわく「ランチミーティング」「ワーキングディナー」などと呼ばれるらしい。
まったく精力的な方々だ…。
そのような事情で今夜も私とヴェスト様のディナーは二人きり。だがその立ち位置は…
「ヴェスト様。いかがでしょうか。私の給仕に不足はありませんか」
「問題なく出来ています。それから私に敬称は不要だと何度もお伝えいたしましたが。」
「ですが、貴方のように美しい方をどうしても呼び捨てに出来ません…、いけませんか?」
「良いか悪いかでなく、不要だと言っているのですが…」
「僕は必要だと思います」
「不要です」
「不要かも知れませんがあっても困りはしませんね?」
「困りませんがおやめください。」
「そんなことより貴方にこうして給仕が出来るなんて…光栄です。」
「…あなたは4男とは言え侯爵家のご子息。私は田舎で生まれた司祭の息子です。光栄に思う意味がわかりません」
「大好きな方に尽くせることは光栄なことではないですか?ヴェスト様も公爵夫妻に尽くされている時は、いつもよりお幸せそうに見えますよ?」
「そう見えますか?」
「ええ、とても。」
そう。恐らくは誰も気付かないそんな程度の…、だが表情は動かさないまでも醸し出す空気が変わるのだ。
彼らと接するとき、ヴェスト様を包む空気は喜びに包まれる。であれば、きっと今の僕など歓喜に溢れて目も当てられないに違いない。
「…あなたは私のことが好きだと、そう仰るのですか?」
「そっ!そんな単刀直入に言われると照れますが…はい!大好きです。」
「何故ですか?あなたは私の目に見える部分以外ご存じない…、この外見がお好きなのだと、それは認識しておりますが…」
「それだけじゃありません!」
何という事だろう…。これではまるで僕が彼の外見にだけ惹かれた軽薄な人間みたいじゃないか…!
「ヴェスト様。貴方のその美しさは貴方に興味を持つきっかけにはなりました。それは否定いたしません。ですが私が惹かれたのは貴方のその可愛らしいお人柄です。」
「可愛らしい…ですか?私が?」
「ええ。とても可愛らしいです。ユーリウス様とアルパ様のお式の打ち合わせを少し微笑ましそうにお見守りされていた時も、アッシュ様がナッツ様の悪戯でお辛い物を手に取られた時に逡巡しながら楽しんでおられた時も、アレクシ様とビョルンの親しくする姿に親鳥のような気持ちでいるところも、すべてがお可愛いらしい…」
「………私はそれほど表情に出ていましたか…?」
「いいえ。僕がそう思った、というだけです。あなたのその感情豊かなところが僕はとても大好きです」
「よくわかりませんが…、ありがとうございます。そう言うのが最善ですね…?」
「ふふ、ほら、そんなところも可愛らしい。あの…、図々しいお願いをしても?」
「お願い…、何でしょう?」
「貴方の髪に触れてもいいでしょうか?」
「構いませんが…」
初めて触れる青い髪…。シルクの様なその艶やかな髪からはどこはかとなく清浄な香りが漂う気がする…これ以上は眩暈がしそうだ。
僕が思わずその髪に口づけたのも無理は無いだろう。
愛おしさが溢れて、抑えきれなくて…、自分でも何をしているのか分からない。
その髪に何度も口づける僕に、何も言わない彼は一体何を思っていたのか…
彼はつむじまで美しいな…、などと考えていた僕にその表情は見えなかった。
だが、その場を包む空気の色は、決して悪感情では無かったと思う僕は少しばかりおめでたいのだろうか。
実際舞い上がっている自覚はあるのだけれど…。
チリンチリン、
「お呼びのようなので失礼します。」
「いえ、僕が行きます。ヴェスト様はゆっくり食事をなさって下さい。」
「ですが」
「大丈夫です!」
「どうされましたか?アッシュ様」
「ごめんね食事中に。どうしても今すぐ蔵から出したい物があって…ところでヴェストさんは?」
「食事中なので代わりに僕が。」
「でもパトリックさん、裏の蔵に何があるか知らないじゃない!ちょっとヴェストさんを呼ん」
「あんな薄暗く埃っぽい場所にあの方を?では尚更呼ぶわけにはいきませんね。さあ行きますよ、アッシュ様。」
「僕⁉ …僕お風呂入った後なんだけど…」
「もう一度入れば問題ないです。」
「いやあるよ問題。大問題だよ。…こ、恋は盲目って言うけどこれはちょっと…、とりあえずお姉さんにクレーム入れとくから!」
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