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この目で見たもの
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僕が五歳になる頃…
ジーンはひどい流感にかかっていた。
高熱にうなされ骨は軋み、幻覚でも見ているのだろう、何度も何度もアシルの名を呼ぶジーン。
「侍医はまだなの!」
「おかしいわ…もう到着しても良さそうなものなのに」
「氷水をもっとよ!」
「ああ奥様…、いいえジーンお嬢様…どうか、どうかしっかりなさって!」
くっ!
なんてことだ!転生先の人生にこんな落とし穴が待ってるだなんて!
「坊ちゃまどちらへ!」
あんな男でもジーンの愛した男だ。僕はジーンを元気づけるため奴を呼ぼうと本館へ急いだ。
「お父様は書斎か?ちっ!こんな時に!おとう」ピタ
現在使用人は女主人、つまりジーンの容体が悪化の一途をたどっているため大わらわだ。執事は侍医を探しに街へ出て行ってしまったし、メイドたちはみな別館に駆け付けている。
書斎と言ってもお父様は所詮飾りだ。書斎は二つあり、隣のよりゴージャスな部屋こそが主人の書斎。お父様の書斎は前室に近い。横だけど。
本物の書斎から一インチほど開けた扉の向こう、そこで僕は見て聞いてしまったのだ。おぞましき奴らの悪しき企みを。
「それでアシル様、侍医はどうなさったの?」
「あ、ああ。友人たちが上手く足止めしているはずだ」
「それは良かったこと」
「ミレイユ、君の方こそ流感の薬はどうしたのだい?」
「フフ、上手く胸やけのお薬とすり替えておきましたわ」
な、何だって!
ああ…だからどれほど薬を飲んでもジーンの容体は良くならなかったのか…
「どうも最近のジーンは扱い辛くてね。素直でない彼女に何の利点があるものか」
「お気の毒な奥様…ふふふ…」
「やめてくれ。言い出したのは君の方だろう。ジーンが居なければ私の息子、ベルナールが正式にこの屋敷の主人になるとね。そうなれば父である私は後見人として息子が成人するまでは何もかも思い通りだと。君が言うようこれは好機だ。私が主導権を握る好機…」
は、はぁぁ?な、なんだって!
ミレイユ…
メイドとして働くこの女は職人の女房だったはずだ。だけど悔しいかな、僕から見ても全方向で色っぽい。
意志の強そうな目。ぽってりした唇と唇横のほくろ、身体の線はあの胸だけで圧死しそうだ。
「フフフ、そうして成人までに奥様の私財を全て奪ってやりましょう。ね、アシル、わたくしを後妻に迎え入れてくれる約束守って下さいましね」
「ああ。だが君の夫はどうするのだい?この国で離縁は出来ないはずだが…」
「…問題ありませんわ」
あの目…何か仕込んでるってわけか。
教会は離縁を認めない。許されるのは死別と…後から判明した近親婚、それと……ボソッ…男の不能問題である。
結婚とは子を生し未来へつなぐためのもの。だから子の生せない結婚は無効を申し出れば認められる。もちろんそれは男の不能が立証されればだけど。
どうやって…?ブルブル!いいやそれは別の話だ!
さすがのミレイユも人殺しはしないだろうし…ってことは残り二つのうちのどっちかを申し出るつもりか。
こうしちゃいられない。
これは殺人とまでは言えないにしても、まごう事無き間接的な殺意だ。
あの二人はジーンを見殺し、というか、流感に便乗して手は下さなくても殺そうとしている。
分の良い賭け。死ななくても問題はないし、死ねば願い叶ったりだ。
僕を人形のように操り甘い蜜を吸い続けるって?
面白い!青二才に何が出来るかお手並み拝見と行こうじゃないか!
侍医は外が暗闇に包まれる頃ようやく屋敷を訪れた。
だけど翌日…、看病の甲斐なくジーンはせっかく五十年も待って転生した人生に…幕を下ろしたのだ。
「もう少しお医者様が早ければ…」
「もっとよく効くお薬があれば…」
そのどちらをも悪意をもって阻止したのはあの二人だ。
許さない…絶対許さない…
みんなが葬儀の準備で大わらわな中、僕はその日、屋敷の中にある礼拝堂に内側から閂をかけて一日中籠っていた。
「お可哀そうに…お母様の死を悼んでいるのですわ」
「まだわずか五歳だというのに…お淋しいでしょうね」
いいや!悼んでいるのはその通りだが、悲しみ以上に僕の心を支配していたのは怒りだ。
そしてその怒りの矛先は…
「ちょっと神様!こんなのってあんまりじゃない?これが僕を世に出すための影響ならちょっと許せないんだけど!」
前世で年寄りだった僕は生死に関し若干達観している。
人は誰でもいつか死ぬ。それが早いか遅いかの違いでしかない。まして今回の場合、若くして命を散らしたジーンは可哀想だが、あのままなら現世の方が生き地獄だ…
そこで僕はその諸悪の根源に悪態をつきまくっていた。
「そもそも最初の時点でこれは神様の失態。なのにこれどういうこと?極刑覚悟で大教会燃やしてやろうか!」
『ま、待つのだ男児の魂よ』
「あ、神様」
さすがの神様も自分のミスきっかけで大教会が燃やされるのには罪悪感を感じるらしい。
最初のミスはあの時一人分の部屋(要は母体のお腹ね)に双子の魂を采配してしまったこと。あとはそのミスを挽回しようと、工作をすればするほど裏目に出たらしい。
そもそも長男の早逝はすでに決まっていて、そのためにあの母体は男の子が産まれる予定のお腹だったらしい。
なのに妹を先に転生させたことでゆがみが始まっている。
後継者の問題を抱えたことで、結果妹の婚期を早めたこと…
娘への恩情で当主があんなろくでもないのを婿にむかえたこと…
目が肥えないうちの婚姻によりにアシルの本性に当人が気付けなかったこと…
「もとをただせば全部神様のせいですよね。じゃあ妹の新しい転生先はどこかの国のお姫様とかにしてくださいよ!」
『いや、だが…』
ボソッ「神殿に忍び込んで聖遺物全部捨ててやろうか…」
さすがの神様も自分のミスで、以下同文。
僕はこう見えて前世はやり手の商売人だ。交渉事で負ける気がしない。何度かのやり取りの挙句。神様はとうとう僕の前にひれ伏した。
『ああわかったわかった。妹の来世は姫だ。約束しよう』
「あ、戦乱の無い国の姫で」
『やれやれ。青い空白い雲、パンとチーズの美味い羊と戯れる平和な国でどうだ』
「じゃそれで」
と言う事で、このままこの人生を生きてもあんまり良いこと無かった気がするし、次に賭けるのもまたいいのかもしれない。
「妹よ。来世は兄の交渉により安穏の国の姫確定だ。達者で暮らせよ…」
だがそれはそれ。これはこれだ。
僕はあの二人をゼッタイユルサナイ!
ジーンはひどい流感にかかっていた。
高熱にうなされ骨は軋み、幻覚でも見ているのだろう、何度も何度もアシルの名を呼ぶジーン。
「侍医はまだなの!」
「おかしいわ…もう到着しても良さそうなものなのに」
「氷水をもっとよ!」
「ああ奥様…、いいえジーンお嬢様…どうか、どうかしっかりなさって!」
くっ!
なんてことだ!転生先の人生にこんな落とし穴が待ってるだなんて!
「坊ちゃまどちらへ!」
あんな男でもジーンの愛した男だ。僕はジーンを元気づけるため奴を呼ぼうと本館へ急いだ。
「お父様は書斎か?ちっ!こんな時に!おとう」ピタ
現在使用人は女主人、つまりジーンの容体が悪化の一途をたどっているため大わらわだ。執事は侍医を探しに街へ出て行ってしまったし、メイドたちはみな別館に駆け付けている。
書斎と言ってもお父様は所詮飾りだ。書斎は二つあり、隣のよりゴージャスな部屋こそが主人の書斎。お父様の書斎は前室に近い。横だけど。
本物の書斎から一インチほど開けた扉の向こう、そこで僕は見て聞いてしまったのだ。おぞましき奴らの悪しき企みを。
「それでアシル様、侍医はどうなさったの?」
「あ、ああ。友人たちが上手く足止めしているはずだ」
「それは良かったこと」
「ミレイユ、君の方こそ流感の薬はどうしたのだい?」
「フフ、上手く胸やけのお薬とすり替えておきましたわ」
な、何だって!
ああ…だからどれほど薬を飲んでもジーンの容体は良くならなかったのか…
「どうも最近のジーンは扱い辛くてね。素直でない彼女に何の利点があるものか」
「お気の毒な奥様…ふふふ…」
「やめてくれ。言い出したのは君の方だろう。ジーンが居なければ私の息子、ベルナールが正式にこの屋敷の主人になるとね。そうなれば父である私は後見人として息子が成人するまでは何もかも思い通りだと。君が言うようこれは好機だ。私が主導権を握る好機…」
は、はぁぁ?な、なんだって!
ミレイユ…
メイドとして働くこの女は職人の女房だったはずだ。だけど悔しいかな、僕から見ても全方向で色っぽい。
意志の強そうな目。ぽってりした唇と唇横のほくろ、身体の線はあの胸だけで圧死しそうだ。
「フフフ、そうして成人までに奥様の私財を全て奪ってやりましょう。ね、アシル、わたくしを後妻に迎え入れてくれる約束守って下さいましね」
「ああ。だが君の夫はどうするのだい?この国で離縁は出来ないはずだが…」
「…問題ありませんわ」
あの目…何か仕込んでるってわけか。
教会は離縁を認めない。許されるのは死別と…後から判明した近親婚、それと……ボソッ…男の不能問題である。
結婚とは子を生し未来へつなぐためのもの。だから子の生せない結婚は無効を申し出れば認められる。もちろんそれは男の不能が立証されればだけど。
どうやって…?ブルブル!いいやそれは別の話だ!
さすがのミレイユも人殺しはしないだろうし…ってことは残り二つのうちのどっちかを申し出るつもりか。
こうしちゃいられない。
これは殺人とまでは言えないにしても、まごう事無き間接的な殺意だ。
あの二人はジーンを見殺し、というか、流感に便乗して手は下さなくても殺そうとしている。
分の良い賭け。死ななくても問題はないし、死ねば願い叶ったりだ。
僕を人形のように操り甘い蜜を吸い続けるって?
面白い!青二才に何が出来るかお手並み拝見と行こうじゃないか!
侍医は外が暗闇に包まれる頃ようやく屋敷を訪れた。
だけど翌日…、看病の甲斐なくジーンはせっかく五十年も待って転生した人生に…幕を下ろしたのだ。
「もう少しお医者様が早ければ…」
「もっとよく効くお薬があれば…」
そのどちらをも悪意をもって阻止したのはあの二人だ。
許さない…絶対許さない…
みんなが葬儀の準備で大わらわな中、僕はその日、屋敷の中にある礼拝堂に内側から閂をかけて一日中籠っていた。
「お可哀そうに…お母様の死を悼んでいるのですわ」
「まだわずか五歳だというのに…お淋しいでしょうね」
いいや!悼んでいるのはその通りだが、悲しみ以上に僕の心を支配していたのは怒りだ。
そしてその怒りの矛先は…
「ちょっと神様!こんなのってあんまりじゃない?これが僕を世に出すための影響ならちょっと許せないんだけど!」
前世で年寄りだった僕は生死に関し若干達観している。
人は誰でもいつか死ぬ。それが早いか遅いかの違いでしかない。まして今回の場合、若くして命を散らしたジーンは可哀想だが、あのままなら現世の方が生き地獄だ…
そこで僕はその諸悪の根源に悪態をつきまくっていた。
「そもそも最初の時点でこれは神様の失態。なのにこれどういうこと?極刑覚悟で大教会燃やしてやろうか!」
『ま、待つのだ男児の魂よ』
「あ、神様」
さすがの神様も自分のミスきっかけで大教会が燃やされるのには罪悪感を感じるらしい。
最初のミスはあの時一人分の部屋(要は母体のお腹ね)に双子の魂を采配してしまったこと。あとはそのミスを挽回しようと、工作をすればするほど裏目に出たらしい。
そもそも長男の早逝はすでに決まっていて、そのためにあの母体は男の子が産まれる予定のお腹だったらしい。
なのに妹を先に転生させたことでゆがみが始まっている。
後継者の問題を抱えたことで、結果妹の婚期を早めたこと…
娘への恩情で当主があんなろくでもないのを婿にむかえたこと…
目が肥えないうちの婚姻によりにアシルの本性に当人が気付けなかったこと…
「もとをただせば全部神様のせいですよね。じゃあ妹の新しい転生先はどこかの国のお姫様とかにしてくださいよ!」
『いや、だが…』
ボソッ「神殿に忍び込んで聖遺物全部捨ててやろうか…」
さすがの神様も自分のミスで、以下同文。
僕はこう見えて前世はやり手の商売人だ。交渉事で負ける気がしない。何度かのやり取りの挙句。神様はとうとう僕の前にひれ伏した。
『ああわかったわかった。妹の来世は姫だ。約束しよう』
「あ、戦乱の無い国の姫で」
『やれやれ。青い空白い雲、パンとチーズの美味い羊と戯れる平和な国でどうだ』
「じゃそれで」
と言う事で、このままこの人生を生きてもあんまり良いこと無かった気がするし、次に賭けるのもまたいいのかもしれない。
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