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好敵手
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アランブールから縁を切られたのはアシルであって未亡人ではない。
だから僕が未亡人、あー…、いつまでも未亡人では失礼だな。イリス夫人を訪ねることにはなんの支障もない。
この貴族街だが、貴族の街と銘打っていても、実際には一部平民位も居住している。
ブルジョアジー、上級聖職者などだ。
もっとも以前のリオネルたちのように、ブルジョアだからといって裕福じゃない者も多いのだが、取引先が貴族であったり、体面を保つ必要のある者などは、テラスハウスと呼ばれる、下町の長屋を豪華にしたような風情の集合住宅に居を構える。
彼らが借りていたのは一階が店舗(彼らの場合診療所)、二階から上が住居というタイプだ。
そしていくら裕福でも、ブルジョアジー、下位貴族が梅地区を出ることはない。そこには明確な線引きがあるのだ。
上位貴族の五倍は住人のいる梅地区と、選ばれし貴人しか居住を許されない松地区がほぼ同じ広さ、という事実を鑑みれば、いかに松地区の屋敷が贅沢な敷地を持つか分かるというものだろう。
因みに竹地区にいるのはあまり裕福でない上位貴族ね(序列のわりにって意味ね)。騎士見習いの侯爵子息フィリップと伯爵子息ピエール、この二人のお家とかね。一軒あたりの広さは松の半分くらいかな?
ともかく、この国では江戸万戸と比べ、全てにおいて規模がデカイ。それほど国土が広いということなのだろう。
と言うことで、松竹梅、といってもご近所さんと呼べるほどではない。梅から松への移動には馬車でゆっくり一時間はかかる距離だ。
ディディエを徒歩で屋敷へ帰し(やっぱ聞かせたくないからね)リオネルと二人、シーモア君の屋敷(松地区)を後にした僕たちは、貴族街梅地区まで馬車を走らせていた。
さて、梅地区といえど未亡人の屋敷はかなり立派な邸宅である。強いて言えば庭が貧相というか。
それでも彼女は精力的にパーティーを開いている。
慈善を名目にした社交の会、これも貴婦人の大切な役割であるからだ。
その日も未亡人邸では、寡夫への基金を募る茶会が開かれていた。
あの夫人は苛烈ではあるが貴族としての体面をとても気にする婦人でもある。こういった催しもけっして疎かにしない。
雛形の貴族、と言った部分で意外とアシルと似ているのだが、違うのは頭の出来だ。それもかなりね。
さて、ここはイリス夫人宅の玄関ホール、彼女は目を丸くして僕を迎え入れた。
「あ、あらベルナール様…これは一体どういった風の吹きまわしでございますの?」
「夫人が慈善パーティーを開いていると聞いたので…僕も寄付しようかと」
「…本日アシルはおりませんのよ?ご存知かしら」
「もちろん」
僕とアシルはおじいさまの命によって接近を禁じられている。本日の不在は事前に確認済みだ。
「今日のお目当てはイリス夫人、あなたですよ。一度ゆっくり話してみたかったのです」
「ま!よろしくてよ。こちらへどうぞ。皆様喜びますわ」
いきなり現れたアランブールの若旦那にご婦人たちが色めきたつ。
「一度お会いしとうございましたの、ベルナール様」
「まさかアランブールのお孫様にお目にかかるかかれるなど…なんと幸運な日なのかしら!」
「噂どおりアシル様にそっくりですのね。なんと可愛らしい!」
くっ!
些か不本意ながら、僕の容姿は八割アシル、ジーンが二割、ほとんどの人に「あらぁー、お父様にソックリね」と言われる造形だ。
が!容姿と愛想は良いにこしたことはないため特に文句はない。
因みに僕のなりたい理想は、キリリと逞しい先輩の顔だ。どうでもいい情報だが…
「わ、ちょ、み、皆様、抑えて…」
女性もある年齢を過ぎると厚かましくなるものだ。アランブールの名にも怯まない。
まして三人以上集まったときの、あの圧ときたら…
彼女らは僕を取り巻き勝手に髪を撫でるわほっぺを触るわ、僕はすっかり愛玩動物のようだ。
「ご婦人方、私の主人からお離れください」
危機を察し制止に入るリオネル。だがしかし!
あやしくきらめく視線。ご婦人たちの獲物はすかさず若き貴公子に移ったようだ。
すっかり大人びた涼やかな貴公子、リオネルは普通にちょっかいをだす対象なのだろう…
ススス…「リオネル任せた」
「え?あ、ちょっとベル様!」
白粉軍団の波に飲まれていくリオネル。すまん。後で骨は拾ってやる…
「イリス夫人、いいですか」
「ええ。静かな部屋へ参りましょう」
部屋を移った僕たちはしばらく商売の話なんかを交わしていた。
どうやら夫人の亡き夫は国をまたにかける貿易商、つまり、規模こそ違えど地回り問屋だった僕と基本は同じと言う事だ。各地を回り様々な名産特産を手に入れる。
なるほど。これは話してみたかった。惜しい人を亡くしたな…
「それで?そろそろ本題に入ってはいかがかしら」
「本題ですか」
「そうよ。本当のところどうなさったの?なにか大事な話があるのでございましょう?」
「ふむ…」
この目利きこそ商売人の資質よ。
僕がわざわざイリス夫人のもとへ忠告に来たのはそこはかとなく後ろめたさを感じているからだ。
僕の企み通り、ミレイユは事の次第に僕と言う黒幕が居ることに気付かず苛立ちを募らせていった。
本来ならばこれはアシルに向けられるはずだったのだが…
思いがけずその感情はイリス夫人に向けられてしまった。リオネル曰く、よほどエメラルドを投げつけられたことが悔しかったのだろう。
そしてイリス夫人をアシルの浮気相手に選び、陰で助力したのはこの僕だ。
我が家の諍いに巻き込んでしまったようで、なんとも心苦しい。
ミレイユが何を考えているかはわからないが…少なくとも大きな災いが降りかかるのは避けてあげたい。
「実は不穏の影があり、ひとつ忠告を」
「不穏…?」
「ミレイユがとある男爵に囲われ貴人を篭絡し取り込んでいます」
「ミレイユ…アシルの元妻ね。なんとふしだらな」
「その男とはバーリー男爵。彼はミレイユをつかい一派を作るつもりのようです」
「おぞましい男女というわけね…」
「同感ですが、問題はミレイユの組んだ理由が恐らくあなたを見返すためだと言う事です」
「わたくしを…。ホホホホホ!よろしくてよ。返り討ちにしてさしあげるわ!」
この根性よ!
「ですが夫人。ミレイユはともかく、彼女のパトロンは金融業者、つまり抜け目のない男です」
今も昔も金貸しは腹黒いと相場が決まっている。社会貢献を常に考える我ら商人との、そこが大きな違いだ。
「そう、金貸し…」
「今はまだミレイユも仕掛けてこないでしょう。ですがいずれ彼女は今度こそ社交界に乗り込んできます」
その時何をするつもりかはわからないが…
「重々お気を付けを」
だから僕が未亡人、あー…、いつまでも未亡人では失礼だな。イリス夫人を訪ねることにはなんの支障もない。
この貴族街だが、貴族の街と銘打っていても、実際には一部平民位も居住している。
ブルジョアジー、上級聖職者などだ。
もっとも以前のリオネルたちのように、ブルジョアだからといって裕福じゃない者も多いのだが、取引先が貴族であったり、体面を保つ必要のある者などは、テラスハウスと呼ばれる、下町の長屋を豪華にしたような風情の集合住宅に居を構える。
彼らが借りていたのは一階が店舗(彼らの場合診療所)、二階から上が住居というタイプだ。
そしていくら裕福でも、ブルジョアジー、下位貴族が梅地区を出ることはない。そこには明確な線引きがあるのだ。
上位貴族の五倍は住人のいる梅地区と、選ばれし貴人しか居住を許されない松地区がほぼ同じ広さ、という事実を鑑みれば、いかに松地区の屋敷が贅沢な敷地を持つか分かるというものだろう。
因みに竹地区にいるのはあまり裕福でない上位貴族ね(序列のわりにって意味ね)。騎士見習いの侯爵子息フィリップと伯爵子息ピエール、この二人のお家とかね。一軒あたりの広さは松の半分くらいかな?
ともかく、この国では江戸万戸と比べ、全てにおいて規模がデカイ。それほど国土が広いということなのだろう。
と言うことで、松竹梅、といってもご近所さんと呼べるほどではない。梅から松への移動には馬車でゆっくり一時間はかかる距離だ。
ディディエを徒歩で屋敷へ帰し(やっぱ聞かせたくないからね)リオネルと二人、シーモア君の屋敷(松地区)を後にした僕たちは、貴族街梅地区まで馬車を走らせていた。
さて、梅地区といえど未亡人の屋敷はかなり立派な邸宅である。強いて言えば庭が貧相というか。
それでも彼女は精力的にパーティーを開いている。
慈善を名目にした社交の会、これも貴婦人の大切な役割であるからだ。
その日も未亡人邸では、寡夫への基金を募る茶会が開かれていた。
あの夫人は苛烈ではあるが貴族としての体面をとても気にする婦人でもある。こういった催しもけっして疎かにしない。
雛形の貴族、と言った部分で意外とアシルと似ているのだが、違うのは頭の出来だ。それもかなりね。
さて、ここはイリス夫人宅の玄関ホール、彼女は目を丸くして僕を迎え入れた。
「あ、あらベルナール様…これは一体どういった風の吹きまわしでございますの?」
「夫人が慈善パーティーを開いていると聞いたので…僕も寄付しようかと」
「…本日アシルはおりませんのよ?ご存知かしら」
「もちろん」
僕とアシルはおじいさまの命によって接近を禁じられている。本日の不在は事前に確認済みだ。
「今日のお目当てはイリス夫人、あなたですよ。一度ゆっくり話してみたかったのです」
「ま!よろしくてよ。こちらへどうぞ。皆様喜びますわ」
いきなり現れたアランブールの若旦那にご婦人たちが色めきたつ。
「一度お会いしとうございましたの、ベルナール様」
「まさかアランブールのお孫様にお目にかかるかかれるなど…なんと幸運な日なのかしら!」
「噂どおりアシル様にそっくりですのね。なんと可愛らしい!」
くっ!
些か不本意ながら、僕の容姿は八割アシル、ジーンが二割、ほとんどの人に「あらぁー、お父様にソックリね」と言われる造形だ。
が!容姿と愛想は良いにこしたことはないため特に文句はない。
因みに僕のなりたい理想は、キリリと逞しい先輩の顔だ。どうでもいい情報だが…
「わ、ちょ、み、皆様、抑えて…」
女性もある年齢を過ぎると厚かましくなるものだ。アランブールの名にも怯まない。
まして三人以上集まったときの、あの圧ときたら…
彼女らは僕を取り巻き勝手に髪を撫でるわほっぺを触るわ、僕はすっかり愛玩動物のようだ。
「ご婦人方、私の主人からお離れください」
危機を察し制止に入るリオネル。だがしかし!
あやしくきらめく視線。ご婦人たちの獲物はすかさず若き貴公子に移ったようだ。
すっかり大人びた涼やかな貴公子、リオネルは普通にちょっかいをだす対象なのだろう…
ススス…「リオネル任せた」
「え?あ、ちょっとベル様!」
白粉軍団の波に飲まれていくリオネル。すまん。後で骨は拾ってやる…
「イリス夫人、いいですか」
「ええ。静かな部屋へ参りましょう」
部屋を移った僕たちはしばらく商売の話なんかを交わしていた。
どうやら夫人の亡き夫は国をまたにかける貿易商、つまり、規模こそ違えど地回り問屋だった僕と基本は同じと言う事だ。各地を回り様々な名産特産を手に入れる。
なるほど。これは話してみたかった。惜しい人を亡くしたな…
「それで?そろそろ本題に入ってはいかがかしら」
「本題ですか」
「そうよ。本当のところどうなさったの?なにか大事な話があるのでございましょう?」
「ふむ…」
この目利きこそ商売人の資質よ。
僕がわざわざイリス夫人のもとへ忠告に来たのはそこはかとなく後ろめたさを感じているからだ。
僕の企み通り、ミレイユは事の次第に僕と言う黒幕が居ることに気付かず苛立ちを募らせていった。
本来ならばこれはアシルに向けられるはずだったのだが…
思いがけずその感情はイリス夫人に向けられてしまった。リオネル曰く、よほどエメラルドを投げつけられたことが悔しかったのだろう。
そしてイリス夫人をアシルの浮気相手に選び、陰で助力したのはこの僕だ。
我が家の諍いに巻き込んでしまったようで、なんとも心苦しい。
ミレイユが何を考えているかはわからないが…少なくとも大きな災いが降りかかるのは避けてあげたい。
「実は不穏の影があり、ひとつ忠告を」
「不穏…?」
「ミレイユがとある男爵に囲われ貴人を篭絡し取り込んでいます」
「ミレイユ…アシルの元妻ね。なんとふしだらな」
「その男とはバーリー男爵。彼はミレイユをつかい一派を作るつもりのようです」
「おぞましい男女というわけね…」
「同感ですが、問題はミレイユの組んだ理由が恐らくあなたを見返すためだと言う事です」
「わたくしを…。ホホホホホ!よろしくてよ。返り討ちにしてさしあげるわ!」
この根性よ!
「ですが夫人。ミレイユはともかく、彼女のパトロンは金融業者、つまり抜け目のない男です」
今も昔も金貸しは腹黒いと相場が決まっている。社会貢献を常に考える我ら商人との、そこが大きな違いだ。
「そう、金貸し…」
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