僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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対策会議 ②

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さて、人々、特に高貴なる人々を水銀に駆り立てる理由への対策。その一つはこれでいいとして…

もうひとつはオルガ夫人の言う美白への執着である。

これはなにもくだらない女性の見栄、などという単純な問題ではない。
この貴族社会において、陽に当たらぬ白い肌とは働かなくとも生きていけるという、まさに富と権威の象徴。白ければ白いほど高貴と見なされる。上流の貴婦人の中には血を抜き青白い肌を作るという、手段を選ばぬ猛者まで居るくらいだ!

もっとも下位庶民層では化粧も美白も手の届かぬ夢ではあるが…それでも女性なら誰だって白い肌に憧れる。そういうものだ。

となるとやはりあれしかない…

僕は机に向かい筆を取った。

「ディディエ、イリス夫人のところに行ってどこかの外国でこれを探して欲しいって頼んできてくれる?正式な依頼だって」

僕が手渡した一枚の紙。そこには僕が欲しく欲しくてたまらない、ある品の名が記されている。

僕の伝手を使って調べ尽くした近隣諸国。その数大小合わせて八か国。それでもあの品だけは見つからなかった。
だが、本業の貿易商であるイリス夫人になら、もっと遠い国の情報を集められるかもしれない。

アシルの件もあり、あまり深く関わらないようにしてたのだが……
ええい!背に腹はかえられん!

「なんだこれ?」
「今は秘密。そうだ、出来るだけ早くとも伝えて」
「急ぐんだな?…わかった。今すぐ行って来る」

そこには『ホワイトライスを主食とする多湿な国でカビた生米(豆も可)を出来るだけたくさん集めてきてほしい』と書かれている。

僕を苦しめ悩ます一つの難題…、それが麹菌だ。
麹菌さえあれば味噌も醤油も…そうだ!酒だって製造可能なのに!!!
味噌に醤油はさておき、酒…あれならばこの国の紳士たちにも、辛口なら労働者にも好まれるはずだ!
おっと!脱線したが、僕が欲しいのは酒粕である。

酒粕…それは江戸万戸において『美白の妙薬』とも呼ばれた酒作りの過程で生まれる副産物のことだ。
焼いて食べてよし、甘酒にするもよし、毎日食せば吹き出物は治り、肌艶は良くなりジゴクホソビ、この国でシミと呼ばれる黒き影も薄くなること請け合いだ。

セドリック美容商会ではすでに米ぬか化粧品を販売しているが、酒粕の効果はそれ以上!現に酒蔵の杜氏や蔵人の手は白くすべすべしている。なんとしてもあれが欲しい!

探しても探しても手に入らない麹菌。そこで僕は何年も何年も考えた。考え続けた。年寄りとは気が長いものだ。

麹菌とはそもそもカビの一種。
だが国によって生えるカビの種類が違うことは既に分かっている。

害のあるカビ、害の無いカビ、カビにも色々。だが…
この国を含めた近隣国にも青いカビや白いカビのついたチーズは存在する。
つまり、食べられるカビの存在は確認されているということ。
なのにどこを探しても麹菌から作られる食材は存在しない。それはつまり、麹菌がこの近辺の風土では育たないカビであるということに他ならない。

江戸万戸にあってこの国に無いもの…二国の違い…

それは〝湿気”だ。

からりとしたこの国と梅雨にはひと月のようジメジメした日を過ごす江戸万戸では湿気が違う。
そしてカビとは湿気を好むものだ。

であれば…
同じような風土の国になら…、また、同じような育成環境を整えてやれば…
麹菌の可能性は…ある!きっとある!

ああ…夢の粕漬よ…あれで茶漬けをさらりと…ではなく!

これが美白薬の代替品になれば…

そして青カビ薬が発見されれば…

危険な水銀薬の出番なんぞ霧散するわ!

因みに後年、青カビ、麹菌、これらの研究結果によって大先生は『カビ博士』『カビの大家たいか』という輝かしい名声を手にするのだが、それはまた別のお話。




さて…書斎にはリオネルだけが残ったわけだが…
リオネルは僕の、もう一つの意図を正確に理解しているようだ。

「ベル様、ディディエに聞かせたくない話とは何ですか」

さすが僕の腹心。

「ミレイユに関することなのですね?」
「うん。僕はねミレイユと男爵、二人とも完全排除しようと思っているんだよ」
「ディディエは気にしないと思いますが…」
「それでも今から話す企てをディディエには聞かせたくない」
「私なら話せると…ふっ、光栄ですよ」

ま、リオネルだしねー。

「策は単純だよ。男爵は常に違法スレスレを狙ってくる。僕はそれに少しだけ手を貸し、本物の違法にするだけだ。後は司法にお任せする」
「…それだけですか?」
「バレたか。もっとも裏から手をまわして罪と罰は加算するけどね」

薄汚い害虫め!必ずこの国から追い出してやる!

「ディディエに聞かせたくないとは…そのことですか?」

「…リオネル。ミレイユはあの水銀薬を自ら使用しているに違いない。マダムが未使用じゃ説得力がないからね」
「それはそうでしょうが…ミレイユは水銀の危険を知らないのでしょうか?」

「いいリオネル。ミレイユにサロンを開かせたのはバーリー男爵だよ?」
「世相に通じる金貸しの男爵なら当然知っているでしょう…」

「知っててもミレイユには伝えてないと思う。あの男ならミレイユにもうたい文句と同じことを言うよ。「ごく少量なら問題ない」って。それでミレイユに症状が出たってあの男は気にしない。金のある男なら情婦なんていくらでも替えがきく」

「では…」
「うん。僕はミレイユに関し傍観を決め込むよ。必要を感じない。当然忠告もしない。自分のしたことがどういうことなのかミレイユは自分自身で知るべきだ」

「おのれの顔が崩れていく様はミレイユにとってもっとも辛い罰でしょうね」

「そういうこと」



手を下さなくてもミレイユは終わりだ。



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