52 / 80
山動く時
しおりを挟む
セドリック美容商会ではオルガ夫人を指導者として解毒サロンを開くことにした。
解毒…、それは水銀の中毒のみならず、鉛白粉の副作用であったり、他国から伝来した怪しげな薬であったり、そういった色んな毒を身体から追い出そうと言う試みであり、前世で言うところの断食なども解毒の一種と言えるだろう。
僕はこれをクラブの人脈を使い、高貴なる知識人、文化人による、大変に意識の高い自己磨きであると打ち出すことにした。
何故そのように面倒な手順を踏むか、それは真正面から訴えたところで、そもそも危険物と分かったうえで服用している彼女らが、自ら解毒に出向くとは思えないからだ。
もし出向くとしたらそれは末期であり、…手遅れを意味する。
そこでクラブのメンバーを通じて、細君、娘、その友人、また社交の場でこれは…と思しき顔色の女性に、一人ずつ解毒サロンへ通うよう説得してもらうことにした。
場所は商業地ではなくオルガ夫人のいる離れの一室。つまり、これはアランブールの名を掲げたものだ。
大先生曰く、早い段階で適切な治療を施せば、時間はかかるが症状は緩和すると言う。だが、なんの権威も持たないサロンになど、そもそも貴婦人は訪れない。
だからこそ、これをアランブールが行う社会貢献のひとつだと社交界に周知させたのだ。
こうなってくると、鉛白粉の害について研究を進めていたこと、あれは非常に幸運だったと言わざるを得ない。
セドリックはいくつかのハーブに関し、鉱物解毒の有効性を見出していた。
まず一つは隣国から手に入れたクロレラと言う藻の一種。そしてコリアンダー。あとはニンニク。これらは鉱物の排出を助けると言う。
解毒サロンではこれらで処方した薬を服用しながら、症状に応じ適切な機能回復訓練を行う。
が、如何せん。僕の交際範囲は高位貴族が多い。だがミレイユのサロンは下位貴族のご婦人が中心である。
そこで僕はイリス夫人にも協力を仰ぐことにした。
彼女は定期的にパーティーを開いているし参加もしている。商売人である彼女は社交をおろそかにしない。そして裕福な彼女は、下位貴族の人脈においてそれなりの地位をもっている。
「お話しはわかりましたわ。抜きん出て顔色の青白いご婦人、動作の不自然なご婦人に解毒サロンへ行くよう声掛けすればいいのですね」
「そうです。そして出来ることならミレイユのサロンにこれ以上行かないよう説得してください」
「…白い肌は彼女たちの見栄と矜持、どれほど聞いていただけるかは分かりませんが…やってみましょう」
「ところでその…」
「なにかしら。ああ、探し物のことでございましょうか?数か月ほどで帰港するはずですわ。もう少しお待ちになって」
「いえ、そうでなく父の様子はどうですか?相変わらず遊びに興じて?」
これは何も子として父親を案じている訳ではない。
だが、水銀と下の病気、その因果関係を知ったため、その悪影響が夫人に及ばなければいいな…と懸念しているだけだ。
「ホホホ、遊び歩くと言っても最近ではもっぱらカード遊びですわ」
「ポーカーですか…」
この国におけるカードとは秋島津における将棋とおなじ。文化人なら誰でも嗜む趣味のひとつだ。何も問題はない。
お金をかけなければね。全く…
「うーん…、父は投資に代わる刺激を賭け事に求めたのですか?凝りませんね…」
「ベルナール様、わたくしあなた様ほど豪快に、とはいきませんがアシルを遊ばせる程度の余禄はございますのよ。締め付け過ぎては逃げ出しますからね」
「では色事なんかは…」
「…お分かりになるでしょう?わたくしの庇護を失ってはもうアシルに後はございませんもの。それを恐れてか大人しいものですわ」
まあ、もともとアシルは娼館なんかで遊ぶよりは、お金持ちの未亡人(まさにイリス夫人だね)なんかを狙うジゴロ体質の男、杞憂だったか…
フー「せいぜい首に縄をかけておいてくださいね。お願いします」
「ホホ、お任せくださいまし」
これで一安心…
こうして月日は過ぎていく。
あれから一年ほどがたっただろうか。
大先生とセドリックは順調に日々カビと戦っている。僕の「いくらかかってもいいから」という言葉通り、大学から多くの助手を招いたようだ。
そうして大先生は青カビを中心に、セドリックは隣に増設した湿度の高い温室にて麹菌探しを続けている。
そんな中、敵の想定よりも被害を抑えられているとはいえ、それでも着実に水銀中毒は社交界を蝕み始めていた。
人の出入りが絶えないミレイユのサロン。今なおそこに通う女性たちは、サロンに依存している精神的な重傷者だ。
水銀薬によって不調を訴える身体。そして肌は不健康にくすみ、それをなんとかしようとまたサロンへ通う。僕にはもう止められない。
「ベル様、常軌を逸した妻の様子にどの当主も不安を募らせているようですよ」
「ミレイユのサロンに物申したりは…」
「いえ。それは妻自身が制止しますので。それに…」
リオネルの話によると、あのバーリー男爵はこの水銀サロンによって、さらに本業が儲かっているのだとか。
そもそも鉱物を使用した薬や化粧品の類は元々高価だ。
だからこそ幸い庶民層には普及しないのだが、ミレイユのサロンでは『水銀薬』にランクをつけている。
そして初めは安価な薬でご婦人方を招き寄せるが、依存がすすんだ辺りで徐々に高価な薬へと移行させていく。
圧迫する家計、そこに忍び寄る金貸し男爵。
「…やりたい放題だな…」
「ですが男爵は着々と手駒を増やしています」
「そろそろ危険水域か…やれやれ」
それに比例し、こちらもまた日々来客の増える離れの解毒サロン。それは確実に効果をあげている。
オルガ夫人の元には感謝を綴る多くの手紙が寄せられていた。
そんなある日のことだ。一目でかなり高位の主人に仕えているとわかる侍女が、一通の手紙を持ちアランブールの屋敷を訪れていた。
それは往診を願うとある貴婦人からの手紙。彼女は今の自分には解毒が必要だと考えていた。
だが解毒サロンへの出入りを知られたくないとも考えていた。
何故ならそれは、下位社交界の流行りに乗せられ『水銀薬』を口にした、という事実を示しているからだ。
にしても、これは…
「まさか公爵夫人までが…」
「直ぐに向かうとお伝え下さい」
だが、これこそ僕の待ち望んだ展開!
僕は王家に繋がる家門からの患者こそを、今か今かと待ちわびていたのだ!
「行くよリオネル」
「ええ」
出陣の時!
解毒…、それは水銀の中毒のみならず、鉛白粉の副作用であったり、他国から伝来した怪しげな薬であったり、そういった色んな毒を身体から追い出そうと言う試みであり、前世で言うところの断食なども解毒の一種と言えるだろう。
僕はこれをクラブの人脈を使い、高貴なる知識人、文化人による、大変に意識の高い自己磨きであると打ち出すことにした。
何故そのように面倒な手順を踏むか、それは真正面から訴えたところで、そもそも危険物と分かったうえで服用している彼女らが、自ら解毒に出向くとは思えないからだ。
もし出向くとしたらそれは末期であり、…手遅れを意味する。
そこでクラブのメンバーを通じて、細君、娘、その友人、また社交の場でこれは…と思しき顔色の女性に、一人ずつ解毒サロンへ通うよう説得してもらうことにした。
場所は商業地ではなくオルガ夫人のいる離れの一室。つまり、これはアランブールの名を掲げたものだ。
大先生曰く、早い段階で適切な治療を施せば、時間はかかるが症状は緩和すると言う。だが、なんの権威も持たないサロンになど、そもそも貴婦人は訪れない。
だからこそ、これをアランブールが行う社会貢献のひとつだと社交界に周知させたのだ。
こうなってくると、鉛白粉の害について研究を進めていたこと、あれは非常に幸運だったと言わざるを得ない。
セドリックはいくつかのハーブに関し、鉱物解毒の有効性を見出していた。
まず一つは隣国から手に入れたクロレラと言う藻の一種。そしてコリアンダー。あとはニンニク。これらは鉱物の排出を助けると言う。
解毒サロンではこれらで処方した薬を服用しながら、症状に応じ適切な機能回復訓練を行う。
が、如何せん。僕の交際範囲は高位貴族が多い。だがミレイユのサロンは下位貴族のご婦人が中心である。
そこで僕はイリス夫人にも協力を仰ぐことにした。
彼女は定期的にパーティーを開いているし参加もしている。商売人である彼女は社交をおろそかにしない。そして裕福な彼女は、下位貴族の人脈においてそれなりの地位をもっている。
「お話しはわかりましたわ。抜きん出て顔色の青白いご婦人、動作の不自然なご婦人に解毒サロンへ行くよう声掛けすればいいのですね」
「そうです。そして出来ることならミレイユのサロンにこれ以上行かないよう説得してください」
「…白い肌は彼女たちの見栄と矜持、どれほど聞いていただけるかは分かりませんが…やってみましょう」
「ところでその…」
「なにかしら。ああ、探し物のことでございましょうか?数か月ほどで帰港するはずですわ。もう少しお待ちになって」
「いえ、そうでなく父の様子はどうですか?相変わらず遊びに興じて?」
これは何も子として父親を案じている訳ではない。
だが、水銀と下の病気、その因果関係を知ったため、その悪影響が夫人に及ばなければいいな…と懸念しているだけだ。
「ホホホ、遊び歩くと言っても最近ではもっぱらカード遊びですわ」
「ポーカーですか…」
この国におけるカードとは秋島津における将棋とおなじ。文化人なら誰でも嗜む趣味のひとつだ。何も問題はない。
お金をかけなければね。全く…
「うーん…、父は投資に代わる刺激を賭け事に求めたのですか?凝りませんね…」
「ベルナール様、わたくしあなた様ほど豪快に、とはいきませんがアシルを遊ばせる程度の余禄はございますのよ。締め付け過ぎては逃げ出しますからね」
「では色事なんかは…」
「…お分かりになるでしょう?わたくしの庇護を失ってはもうアシルに後はございませんもの。それを恐れてか大人しいものですわ」
まあ、もともとアシルは娼館なんかで遊ぶよりは、お金持ちの未亡人(まさにイリス夫人だね)なんかを狙うジゴロ体質の男、杞憂だったか…
フー「せいぜい首に縄をかけておいてくださいね。お願いします」
「ホホ、お任せくださいまし」
これで一安心…
こうして月日は過ぎていく。
あれから一年ほどがたっただろうか。
大先生とセドリックは順調に日々カビと戦っている。僕の「いくらかかってもいいから」という言葉通り、大学から多くの助手を招いたようだ。
そうして大先生は青カビを中心に、セドリックは隣に増設した湿度の高い温室にて麹菌探しを続けている。
そんな中、敵の想定よりも被害を抑えられているとはいえ、それでも着実に水銀中毒は社交界を蝕み始めていた。
人の出入りが絶えないミレイユのサロン。今なおそこに通う女性たちは、サロンに依存している精神的な重傷者だ。
水銀薬によって不調を訴える身体。そして肌は不健康にくすみ、それをなんとかしようとまたサロンへ通う。僕にはもう止められない。
「ベル様、常軌を逸した妻の様子にどの当主も不安を募らせているようですよ」
「ミレイユのサロンに物申したりは…」
「いえ。それは妻自身が制止しますので。それに…」
リオネルの話によると、あのバーリー男爵はこの水銀サロンによって、さらに本業が儲かっているのだとか。
そもそも鉱物を使用した薬や化粧品の類は元々高価だ。
だからこそ幸い庶民層には普及しないのだが、ミレイユのサロンでは『水銀薬』にランクをつけている。
そして初めは安価な薬でご婦人方を招き寄せるが、依存がすすんだ辺りで徐々に高価な薬へと移行させていく。
圧迫する家計、そこに忍び寄る金貸し男爵。
「…やりたい放題だな…」
「ですが男爵は着々と手駒を増やしています」
「そろそろ危険水域か…やれやれ」
それに比例し、こちらもまた日々来客の増える離れの解毒サロン。それは確実に効果をあげている。
オルガ夫人の元には感謝を綴る多くの手紙が寄せられていた。
そんなある日のことだ。一目でかなり高位の主人に仕えているとわかる侍女が、一通の手紙を持ちアランブールの屋敷を訪れていた。
それは往診を願うとある貴婦人からの手紙。彼女は今の自分には解毒が必要だと考えていた。
だが解毒サロンへの出入りを知られたくないとも考えていた。
何故ならそれは、下位社交界の流行りに乗せられ『水銀薬』を口にした、という事実を示しているからだ。
にしても、これは…
「まさか公爵夫人までが…」
「直ぐに向かうとお伝え下さい」
だが、これこそ僕の待ち望んだ展開!
僕は王家に繋がる家門からの患者こそを、今か今かと待ちわびていたのだ!
「行くよリオネル」
「ええ」
出陣の時!
464
あなたにおすすめの小説
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【短編】『待つ女』をやめたら、『追われる女』になりました
あまぞらりゅう
恋愛
婚約者の王太子を、いつも待ち続けてきたシャルロッテ侯爵令嬢。
だがある日、彼女は知ってしまう。彼には本命の恋人がいて、自分のことを都合よく放置していただけなのだと。
彼女が待つのをやめた瞬間、追ってきたのは隣国の皇太子だった。
※覚えやすさや分かりやすさを重視しているので、登場人物の名前は「キャラクター名+身分表記」にしています
★小説家になろう2026/1/29日間総合8位異世界恋愛7位
★他サイト様にも投稿しています!
不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しい私の話
あんど もあ
ファンタジー
王太子が真実の愛とか言って婚約破棄を宣言。廃太子と決まりました。おかげで妹の私に王太子になれと言われたのですが、不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しくて政略結婚の役にも立たないと言われていた私がですか?
美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。
ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」
そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。
真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。
「…………ぷっ」
姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。
当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。
だが、真実は違っていて──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる