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山動く時 ②
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さてさて、やって来ました公爵邸。本日は許しをいただき従者二人も同伴である。
そこは貴族街松の中でももっとも大きな敷地を持つ豪勢な屋敷であり、公爵とはこのアランブールであってもおいそれとは近寄る事の出来ない高貴な存在である。つまり王族。
王族の屋敷に小さくなるディディエ…
「なに委縮してんの?」
「いやだって王族とか…」
「アランブールは平気なのに?」
アランブールは伯爵位とはいえ、侯爵序列中位ぐらいの権威と財を持ち合わせている。舐めてんのか?
「アランブールと言うか…ベル様はと、特別だし」
「…」ホワ…
ならよし。
オルガ夫人が公爵夫人に治療方針を説明する間、ディディエとリオネルは手分けして、他の家人を調べていた。
「体調不良の侍女どのはおられませんか」
「せっかくですからご令嬢の化粧品もお調べしましょう」
「ついでに大夫人の化粧品、公爵閣下の常備薬もお見せください」
やんごとなき公爵邸でこんな暴挙が許されるのも、公爵閣下はセルクル・ノーブルの会員であり、クラブからは「どんな協力も惜しまない」と、言質を取っているからである。悪しからず。
公爵夫人は公爵閣下にも内緒でその薬を手に入れていた。
何故内緒なのか。知られれば反対されるのが分かっているからだ。
けれどあの薬は間違いなく顔を青白くする(そこが厄介)。
それは広く知られており、危険と分かっていても欲しくなるのが女心ってね。
幸い他に使用者は居ない。
そこで公爵夫人には今後一切の使用禁止、解毒薬の服用、回復訓練、決まった量の水分摂取、また発汗を促すための蒸し風呂(お教えした)…などが指導された。
「あとは…よろしいですか夫人。全ての化粧品をこの、『セドリック美容商会』が推奨する自然化粧品に変えてください」
「全て…ですの?」
「ええ。全てです。侍女の方々含め、この屋敷内、全ての化粧品を変えていただきます。リオネル」
「はい。こちらに一式揃えてございます」
僕は全ての患者に自然化粧品への総取り替えを義務付けている。
公爵夫人が筆頭顧客…これは相当の栄誉だ。(最高峰は王妃様ね)
これでセドリック美容商会は安泰。
これくらいの役得、あって当然だよね?
「仕方ありませんね。面倒なことですが身体が戻るまでは従いましょう」
はぁ?それじゃあ具合が良くなったら生活習慣も戻すって言ってるみたいじゃないか。正気か夫人!
フー「身体が戻っても従っていただきます」
「ですがこれらの化粧品だけで白く透き通る肌が維持できますか?わたくしが従うか従わないか、話はそれからです」
…武家の奥方など頑固でワガママと相場は決まっている。想定内だ。
「ご安心ください。来夏開店します僕の百貨店ではこの世界初の特別な美白薬、『酒粕』を取り扱う予定でいますから。その際は是非お試しを。きっとご要望にお応えできると自負していますよ」
「まあ、世界初…特別…サケカスですか。それは楽しみなこと」
世界初、それは貴族心をときめかす甘い囁き…
「リオネル」
「はい」
「セドリックに今夜進捗の報告を、と」
「畏まりました」
セドリックからは先日、僕の知る醪のようなものが示されている。
フフフ…勝機は我にあり!
「ところで夫人、大夫人はどこに?化粧品を確認したいのですが…」
「大夫人…それは義母のことかしら?」
「ええまあ」
その人物こそが公爵閣下の母であり、先代王の妹君、紛れもない王族である。
公爵には広大な公爵領が与えられている。
しかし王族としての誇りを持つ先代夫人は、お城のある王都から離れないのだとか。
普段なら到底お会い出来るような方ではないのだが…
「お義母様は離れで臥せっておられるわ」
えっ!
「そ、それはもしや…」
「違うでしょう。義母は高齢。あれらは老いから来るものだと王城の侍医が申しておりましたから」
「そうですか…。一応診させていただいても?」
「夫からも父(サン・クール侯爵)からもアランブールの若き才人、あなたに従うようにと言われています。短い時間であれば構いません」
「ありがとうございます!」
クラブ万歳!
今回ミレイユと男爵が仕掛けた水銀薬の罠だが、下の薬である水銀が何故肌を白くすると知られていたか、それは水銀が鉛以前、短い間だが白粉の原料だった歴史を持つからだ。
その短い間とは、ちょうど大夫人の現役時代とかぶっている。
それは鉛の台頭とともに姿を消したが、だからミレイユたちはあの薬を思い付いたんだね。
ともかく、年寄りとは物持ちの良いものである。
そしてその常識、慣習は一足飛びに覆りはしない。
つまり化粧鏡の引き出しには、まだそれをお持ちかもしれない。というか絶対持っている。確信がある!
事実、前世で僕の妻だったばあさんも、娘時代の化粧品をそれは後生大事に仕舞っていた。
女心など古今東西大差ないだろう。
場所を移してここは離れ。
お会いした公爵家の大夫人は、いつ未罷られてもおかしくないほどに弱っていた。
「会話を交わすのは難しそうだな…」
「侍女の話では、ここ数ヶ月で急激に弱られたと…」
見せていただいた大夫人の化粧箱には思った通り、水銀白粉が仕舞われていた。けれどここ最近使った気配はない。
ならばこれはやはりただの老い。その時は近いのだろう。
「どうやら意識はしっかりしているようです」
「そう…。大夫人、僕の声が聞こえますか?」
「…」コクリ
目を瞑ったまま、そえれでもわずかに上下する首。その後の質問にも彼女ははっきりと意思を伝えてくる。なんと気高い精神をお持ちの方だろう。
僕は一度輪廻転生した身。前世で一度寿命を迎えた僕の死生観は少しばかり達観している。寿命、それは誰であっても必ず迎える、神が与えたこの世でもっとも公平な物だ。
ましてやそれを全うできたなら悲観するにあたらない。
本当はこれを公爵夫人に頼み込むつもりでいた。だがあの夫人は未だ反省の色が薄いようだし、いっそのこと…
「あの、そのまま話だけ聞いていただけますか…」
そこは貴族街松の中でももっとも大きな敷地を持つ豪勢な屋敷であり、公爵とはこのアランブールであってもおいそれとは近寄る事の出来ない高貴な存在である。つまり王族。
王族の屋敷に小さくなるディディエ…
「なに委縮してんの?」
「いやだって王族とか…」
「アランブールは平気なのに?」
アランブールは伯爵位とはいえ、侯爵序列中位ぐらいの権威と財を持ち合わせている。舐めてんのか?
「アランブールと言うか…ベル様はと、特別だし」
「…」ホワ…
ならよし。
オルガ夫人が公爵夫人に治療方針を説明する間、ディディエとリオネルは手分けして、他の家人を調べていた。
「体調不良の侍女どのはおられませんか」
「せっかくですからご令嬢の化粧品もお調べしましょう」
「ついでに大夫人の化粧品、公爵閣下の常備薬もお見せください」
やんごとなき公爵邸でこんな暴挙が許されるのも、公爵閣下はセルクル・ノーブルの会員であり、クラブからは「どんな協力も惜しまない」と、言質を取っているからである。悪しからず。
公爵夫人は公爵閣下にも内緒でその薬を手に入れていた。
何故内緒なのか。知られれば反対されるのが分かっているからだ。
けれどあの薬は間違いなく顔を青白くする(そこが厄介)。
それは広く知られており、危険と分かっていても欲しくなるのが女心ってね。
幸い他に使用者は居ない。
そこで公爵夫人には今後一切の使用禁止、解毒薬の服用、回復訓練、決まった量の水分摂取、また発汗を促すための蒸し風呂(お教えした)…などが指導された。
「あとは…よろしいですか夫人。全ての化粧品をこの、『セドリック美容商会』が推奨する自然化粧品に変えてください」
「全て…ですの?」
「ええ。全てです。侍女の方々含め、この屋敷内、全ての化粧品を変えていただきます。リオネル」
「はい。こちらに一式揃えてございます」
僕は全ての患者に自然化粧品への総取り替えを義務付けている。
公爵夫人が筆頭顧客…これは相当の栄誉だ。(最高峰は王妃様ね)
これでセドリック美容商会は安泰。
これくらいの役得、あって当然だよね?
「仕方ありませんね。面倒なことですが身体が戻るまでは従いましょう」
はぁ?それじゃあ具合が良くなったら生活習慣も戻すって言ってるみたいじゃないか。正気か夫人!
フー「身体が戻っても従っていただきます」
「ですがこれらの化粧品だけで白く透き通る肌が維持できますか?わたくしが従うか従わないか、話はそれからです」
…武家の奥方など頑固でワガママと相場は決まっている。想定内だ。
「ご安心ください。来夏開店します僕の百貨店ではこの世界初の特別な美白薬、『酒粕』を取り扱う予定でいますから。その際は是非お試しを。きっとご要望にお応えできると自負していますよ」
「まあ、世界初…特別…サケカスですか。それは楽しみなこと」
世界初、それは貴族心をときめかす甘い囁き…
「リオネル」
「はい」
「セドリックに今夜進捗の報告を、と」
「畏まりました」
セドリックからは先日、僕の知る醪のようなものが示されている。
フフフ…勝機は我にあり!
「ところで夫人、大夫人はどこに?化粧品を確認したいのですが…」
「大夫人…それは義母のことかしら?」
「ええまあ」
その人物こそが公爵閣下の母であり、先代王の妹君、紛れもない王族である。
公爵には広大な公爵領が与えられている。
しかし王族としての誇りを持つ先代夫人は、お城のある王都から離れないのだとか。
普段なら到底お会い出来るような方ではないのだが…
「お義母様は離れで臥せっておられるわ」
えっ!
「そ、それはもしや…」
「違うでしょう。義母は高齢。あれらは老いから来るものだと王城の侍医が申しておりましたから」
「そうですか…。一応診させていただいても?」
「夫からも父(サン・クール侯爵)からもアランブールの若き才人、あなたに従うようにと言われています。短い時間であれば構いません」
「ありがとうございます!」
クラブ万歳!
今回ミレイユと男爵が仕掛けた水銀薬の罠だが、下の薬である水銀が何故肌を白くすると知られていたか、それは水銀が鉛以前、短い間だが白粉の原料だった歴史を持つからだ。
その短い間とは、ちょうど大夫人の現役時代とかぶっている。
それは鉛の台頭とともに姿を消したが、だからミレイユたちはあの薬を思い付いたんだね。
ともかく、年寄りとは物持ちの良いものである。
そしてその常識、慣習は一足飛びに覆りはしない。
つまり化粧鏡の引き出しには、まだそれをお持ちかもしれない。というか絶対持っている。確信がある!
事実、前世で僕の妻だったばあさんも、娘時代の化粧品をそれは後生大事に仕舞っていた。
女心など古今東西大差ないだろう。
場所を移してここは離れ。
お会いした公爵家の大夫人は、いつ未罷られてもおかしくないほどに弱っていた。
「会話を交わすのは難しそうだな…」
「侍女の話では、ここ数ヶ月で急激に弱られたと…」
見せていただいた大夫人の化粧箱には思った通り、水銀白粉が仕舞われていた。けれどここ最近使った気配はない。
ならばこれはやはりただの老い。その時は近いのだろう。
「どうやら意識はしっかりしているようです」
「そう…。大夫人、僕の声が聞こえますか?」
「…」コクリ
目を瞑ったまま、そえれでもわずかに上下する首。その後の質問にも彼女ははっきりと意思を伝えてくる。なんと気高い精神をお持ちの方だろう。
僕は一度輪廻転生した身。前世で一度寿命を迎えた僕の死生観は少しばかり達観している。寿命、それは誰であっても必ず迎える、神が与えたこの世でもっとも公平な物だ。
ましてやそれを全うできたなら悲観するにあたらない。
本当はこれを公爵夫人に頼み込むつもりでいた。だがあの夫人は未だ反省の色が薄いようだし、いっそのこと…
「あの、そのまま話だけ聞いていただけますか…」
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