僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

文字の大きさ
56 / 81

年貢の納め時

しおりを挟む
罪が無ければ作ればいい。けれど冤罪に嵌める…なんて野蛮なやり方は僕の流儀じゃない。
僕があの時大夫人にお願いしたこと、それは大夫人が身罷られた後、その死因を水銀薬の使用にしてもよいか、というもの。

ミレイユのサロンによる水銀薬の販売、それはいくら王の勅命がでたとてあの時点で違法だったわけではない。

だけどそれが死を招いたとなれば、危険を承知で水銀なんぞを〝美容薬”として売り物にし、いたずらに社交界をかき乱した店主には道義的責任が生まれる。
まして王族がそれによって命を落としたともなれば…当然ただでは済まないだろう。

買い求め使用したのが本人の勝手である以上、そうだな…大逆罪までは問えぬだろうが、公爵家の使いと知って売ったのであれば不敬罪にかすったとして何もおかしくはない。
え?無理があるって?いいや。不敬罪など半分は言い掛かり。前世の切り捨て御免に通じる不条理さだ。

王宮での謁見を終え、王は即座に勅命を布告なされた。それは一、二週ほどで社交界に周知となったが、そもそも庶民にははじめから別世界の話。社交界の戸惑いを余所に、世間にはそよ風ほどの喧騒も生まれてはいなかった。

それでも各屋敷で屑入にソレが捨てられたことは想像に難くないし、その日からミレイユのサロンは堅くその扉を閉め切っている。

そしてその三日後…

「こちらでございますアランブール卿」
「ありがとう」

公爵家の執事に案内されたのは、公爵家本邸内にある、大夫人が現役夫人だった頃使用していた豪奢な部屋。
その真正面にある見事な寝台に大夫人は息を止め横たわっている。

あの日…
僕が話し終えるのを待ち、静かに、それでも威厳を持ちしっかりと頷いた大夫人。その気高い姿は側付きの侍女も確認している。
大夫人の崇高なる決意は現公爵にも伝えられ、公爵は初め母親の名誉が損なわれることに一抹の不快感を示したが、それでもこの事が持つ社会的意義を理解し、最後には「これは母が示される最後の高貴なる振舞いノブレスオブリージュなのだな」と同意された。

サロンを開いたのはミレイユのパトロンであるバーリー男爵。
僕はこれをもって男爵から社会的地位の全てを取り上げるか、出来ることなら国外追放を望んでいる。
こういった輩は図太いと相場は決まっている。遠ざけるのが最も得策よ。


男爵はおそらくミレイユに責任を擦り付け無関係を主張するだろうが、これはただの法令ではない。!逃がすものか!



その日の夜半、僕とリオネルは後は法務院にお任せ、とばかり百貨店の内装を打ち合わせていた。
そこへやって来たのはどこか神妙な顔をしたディディエ。

「ベル様、ちょっといいか」
「どうしたのディディエ」
「あの女の様子がおかしい」

ドキ!

「あ、会ったの…?」
「いいや。俺がセドリックさんの店に詰め始めてからあの女は一度も顔を出してない。サロンの使用人にも聞いたがそれ以前からもうここしばらく顔を出していなかったらしい」

「ディディエ、王命は出た。もうあそこに行く必要はない」

「ベル様…、隠さなくていい。あいつ…水銀に侵されてるんだろ。それぐらいわかる」

隠したつもりはないが、僕もリオネルもその事実をディディエにはあえて伏せていた。

「気になって男爵の別邸まで見に行ったんだ」
「うん」
「あの女は立ち上がることも出来ず寝込んでた。今にも死にそうな顔で」

「ディディエ…」
「勘違いするなよ。俺は何もあの女を心配して見に行ったわけじゃない。今もそんなつもりで話してるわけじゃない」

ディディエは男爵とミレイユがよからぬ事を企んでいないか、それを確認するつもりで別邸へ向かったというが、ディディエは水銀の危険性を理解している。何か不吉な影を感じたとしてもおかしくはない。

ミレイユがどんな親だろうと、それでも微かな思い出くらいはあるだろう。
捨てた母親。それでもさすがに死なせたくはない、か…

きっとその感情を自分では認めないだろうけど。

「それで?」
「バーリー男爵を罪に問うならあの女に証言させるのが手っ取り早い。だから…」
「だから?」

「解毒してやって欲しい。証言出来る程度でいい」

それを聞いて思わず反応したのがリオネル。彼は祖父である大先生、父であるセドリックから水銀と解毒についてかなり詳しく聞かされている。
表情を変えず冷静にリオネルは言う。

「ディディエ、ミレイユの使用量によってはどれほど効果が期待出来るかはわからない。正直五分五分だ。それに効果があったとして重篤な後遺症が残るだろう。それは理解しているか?」
「分かってる」

立ち上がれないほどの状態…それは解毒サロンに足を運んだどの患者よりも重症。ならばミレイユは際限なくアレを服用していたのだろう。ミレイユらしいといえばらしいが…

「でもディディエ、そもそもミレイユがセドリックの解毒を受けるかどうかもわからないよ?ミレイユにだって意地はある。あれは本人の意思なくしては出来ない自発的な治療だ」

「俺が説得する。してみせる」
「…なら行っておいで。いいね、治療の条件は男爵の関与と公爵家の使いについて証言すること。それが最低限だ」
「わかった…」

踵を返し走っていくディディエ。
本当はミレイユの証言などなくともどうにかできるのだが…

「ミレイユ…今度こそ更正するといいんだけど」
「更正もなにも、症状が緩和したとてミレイユの行き先は牢か救済院のどちらかです」

後遺症が残るなら救済院だろう。あそこは教会が運営する、行き場のない年寄りか傷病者の集まる場所だ。

「更生など今さら無意味ですね」
「…リオネル…、気持ちの問題だよ。気持ちのね」

まあ、こんなリオネルが僕は嫌いではない。





しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しい私の話

あんど もあ
ファンタジー
王太子が真実の愛とか言って婚約破棄を宣言。廃太子と決まりました。おかげで妹の私に王太子になれと言われたのですが、不器量で可愛げが無くて僻みっぽくて小賢しくて政略結婚の役にも立たないと言われていた私がですか?

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【完結】恋ではなくなったとしても

ねるねわかば
恋愛
没落した貴族家の令嬢アリーネは、家族を支えるため王都の社交サロンで同伴者として働いていた。 十一年前、彼女は婚約者イアン・ハイモンドに切り捨てられ、家もまた鉱山問題によって没落の危機に陥った。 時が流れ、社交界で再会した二人は、依頼主と同伴者という関係で再び顔を合わせることになる。 接客のプロとして振る舞おうとするアリーネだが、整理したはずだった感情が騒ぎはじめ、揺れている心を自覚する。 一方イアンは、壮年の男爵に寄り添うアリーネを見て何を思うのか。 諦念、罪悪感、同情。長い年月を経て変質せざるを得なかった二人の想いが、再会によってまたその形を変えていく。 2万字くらいのお話です。

処理中です...