僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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湯煙の地へ!

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シメオンに叱られたあの夜から早や半月。僕はひどい自己嫌悪に陥っていた。

「ああー!ある意味絶好の機会だったのにー!あそこで怖じ気づくなんて…僕の軟弱者!」ポカポカポカ!

ええい!どうしても気が乗らなかったのだからしょうがないじゃないか!
虫が知らせたというか胸が騒いだというか第六の勘が冴えたというか…
この機に乗っては良くないことが起きると、内なる僕が叫んだのだから!

とはいえ、後悔は先に立たなくとも後から後から押し寄せるものである。

次こそは必ず!なんとしても雪辱は果たして見せる!

僕は内なる僕に固く念じた。



そして気が付けば季節は夏。夏と言えば王都を離れ自然に還る季節である。

貴族にとっては広大な領地の中で馬に乗り野を駆け山に入っては狩りをし、地元貴族を集めて娯楽三昧の日々を送る季節とも言う。

けれど若輩の次期当主がわざわざ顔を出さなくとも、あの地にはまだまだ現役のおじいさまが居る。
それをいいことに僕は毎年わりと自由に過ごしていた。

「ベル様、今年の避暑はどちらでお過ごしになりますか」
「避暑か…」
「成人初の避暑だろ?領地に入らなくていいのか?」

「ふむ…」

今年は百貨店の落成式、大先生の叙爵式と、おじいさまには二度のご無理を申し上げている。
これでまた夏の間をアランブール領で過ごし、身体に負担をかけるのは本意でない。

「なんでだ?可愛い孫の顔を見れるのは何度だって嬉しいんじゃないのか?」

「ディディエ、僕の滞在は最低でも一ヶ月に及ぶだろうし、きっとその間おじいさまは僕を精一杯もてなそうと無理をされる」
「そのうえ成人のベル様を迎えるのであれば今までのようなデイパーティーでなく夜会を開催されるだろう。労力は倍だ」
「そ、そりゃぁ大変そうだ」

「わかった?可愛い孫の成長に心和むのなんてせいぜい三日までだよ」

年寄りには年寄りのペースというものがある。孫の相手など五日もすればため息とともに「いい加減帰らないかな…」となるのは前世の娘孫で経験済みだ。

「そういうもんか…俺のばあさんじいさんとは違うんだな」

「俺のばあさんじいさん…パスカルさんのご両親だね。ご存命なの?」

さすがの僕もディディエの祖父母にまで気をまわしたことはなかったが、もし存命ならどこでどうしているのだろう?

「五年前までは王直轄地にいたな」

王直轄地は王都を囲む外郭から最初の山までの一帯全て。一山超えた向こう側からが諸侯の領地となっている。

「そんな近くにいたのか」
「父さんはアランブール領へ移ってからも時々会いに行ってたみたいだ」
「ディディエは?」
「ここに来てからは二度ほど行ったな」
「へー…」

王直轄地と諸侯の領地に違いはない。そこには自由農民と農奴が居て、彼らは命じられるがまま農地を耕し、時に直轄地を横切る街道の整備などを行う働き者だ。

だが農奴の子は農奴になる。そこへいくとパスカルは王都の細工師、つまり彼の両親は自由農民なのだろう。

「五年前ってことは今は違うの?」
「身体が弱って来たからって、父さんが北の方に家を買って転地させたらしい」
「…そこでも農業を?」
「いいや。今は父さんが仕送りしてる。それが出来るのもベル様のおかげだって感謝してた」
「どういたしまして。けどなんで北部?気候の良い所なら南西部のほうが…」

北部は冬になれば雪の降る寒い土地だ。そこへいくと、南西部は一年を通して温暖である。

「北には暖かい泉があるんだよ。なんでもその暖かい泉は弱った身体に良いんだってさ」
「!!!」

暖かい泉…それってつまり温泉のことじゃないか!!!

コーニンレイク、その名が示す通り、この国には湖が多い。特に北にはこの国を象徴する最も大きな湖、リュート湖がある。

そういえば秋島津にも大きな湖、三味しゃみ湖があったな…

そしてその湖の周辺にはいくつもの温泉地が栄えていた。恐らく湖を形作る豊富な地下水が温泉の源にも関係しているのだろう。

…あの辺りは乱世の中心地。多くの武将があれら温泉を傷ついた兵のために利用した聞く。
特に温泉好きと言われた武将、竹田伸弦殿はいくつもの隠し湯をお持ちだったとか。
そこはしばし戦いを離れる憩いの時間。が、丸裸になる温泉とは脆弱の時間とも言える。彼は信頼する小姓だけを伴い、そこで二人きりしっぽりと湯につかりながら傷や疲れを癒したという。

…小姓と共に…しっぽりと…

しっぽり…

しっぽ…

ふむ…

「…リオネル。北に傘下貴族は居るかな?」
「確かモルボー子爵がおります」
「モルボー子爵領でひと夏を過ごす屋敷の手配を」
「畏まりました」
「子爵には挨拶はこちらから尋ねるまで結構と伝えるように。憩いの時間を誰にも邪魔されたくない」
「心得ております」

「なんだ。今年は北に行くのか?」
「うん。この数年は色々あったから命の洗濯しよう」

百貨の店、水銀の一件、裁判、成人式ときてからの…叙爵式。僕の体力気力はボロボロだよ。

だがこれは千載一遇の機会。ここで一念発起するためにも湯煙は必須!

「湯治だよ湯治」
「トージ…?まあいいけど」

湯煙の向こうに浮かぶ若き二人の従者と書いて小姓…
湯にあたった身体を縁どりの岩に預け、その横には風を送る僕が居る。
そこは静寂に包まれた僕たちだけの世界。いつしか重なる影と影。
暖かな湯によってほんのり色ついた肌には、僕という絵師によって小さな赤い花が描かれていく…

むふ…

そして一か月後、僕は心に夢と希望と勇気を抱き、ついに運命しょやの地、北の湯治場へと出発したのだった。






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