コスプレ令息 王子を養う

kozzy

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見切り発車の脱輪

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その日の週末、僕はゲームではお馴染みだが自分の目では一度も見ていないという、学院の正門前でヴィットーレを待ちぶせていた。

ヴィットーレは水曜をカタリーナ様の講義にあてたことで、本来の授業を移動したため非常にタイパの悪い勤務状況が続いている。
そこでこうして週末時々、授業の準備をしに学院へ来ているのだ。

「あ、来た。こっちこっち」

少し離れたところで馬車を降りこちらに向かっていたヴィットーレは、僕に気付くと純朴な教師の顔を脱ぎ捨て面倒そうに近づいてきた。

「朝から何の用だ」
「ちょっと話があって…少し時間いい?」

卒業生の僕は学院への出入りがフリーパスだ。けどビクビクする守衛さんを見るにフリーパスの理由はそれだけではないのだろう…。イヴァーノ、何やった?
便利だからこのままでいいけど。

さて、通されたのはヴィットーレの個室。
この学院では教師一人一人に個室が与えられていて広さは家格に準じている。
ヴィットーレは三男とはいえ侯爵家の息子、多分6畳くらいの部屋だろうか。

「で?」
「へへ…お願いがありまして」

揉み手刷り手で語る計画、それはカタリーナ様とヴィットーレの間にちょっとしたロマンスの噂を流させて欲しい、という誠心誠意のお願いだ。

ヴィットーレは序列は高くないが一応侯爵家の息子である。
そしてカタリーナ様とは現在進行形で接点がある。普通に考えたらこっちのほうが順当じゃね?やや歳の差はあるけど。

そう。僕は変な噂をより現実的な噂によって塗り替えようと思ったのだ。

お父さんを見返したいヴィットーレにとって、たとえ噂でも王女とのロマンスは名誉の極みだし、カタリーナ様もデートと称して勉強の機会を増やすことも出来る。うってつけの相手だと思ったのだが…

「そのことだが…カタリーナ様はしばらく静かに暮らしたいとお望みだ。当然王にも王妃にもその旨はお伝えだろう。であれば放っておけばいい。姫の希望を優先すると言うのであれば今すぐ無理強いなどされないだろう」

「けどフラヴィオは噂自体を嫌がってて」
「ああ。あの御仁であればそうかもな。彼は実に実直な男だ」

なヴィットーレと違ってフラヴィオはだからね。もしかしてヴィットーレがフラヴィオに好感を持つのは眩しさゆえだろうか?


「勘違いするな。私は父に褒められたいのではない。見返したいのだ」

静かにスッと色を変える瞳。これが…腐女子たちを沼らせたヴィットーレ真の顔か…僕には効かないけど。

「私は私を冷遇した父に、兄たちに思い知らせたいのだ。家族の中で最も賢く誰より秀でているのはヴィットーレであったとな。姫殿下に慕われる…それは父や母にとってどれほど名誉なことだろうか。だが私にとってそれは私の優秀さを示すものではない。無意味な名誉だ」

「ヴィットーレ先生…」

「イヴァーノ君、ずいぶん大人になったと感じていたのだが安易な結論に飛びつく癖は変っていないのだな。気をつけたまえ」

ぐっ…、まるで教師みたい。って、教師だったわ。けどまあ…ヴィットーレの信念は伝わってきた。これは彼の流儀じゃない。

「そっかゴメンナサイ。僕が間違えた」
「…イヴァーノ君、君が頭を下げるとは…」
「でも先生、僕が先生が喜ぶと思ってこれを提案したことだけは信じてほしい。先生をチョロイとか思ってたわけじゃ…」

…少しね。すこーしだけ思ってたけど。

ポンポン「叱って悪かった。分かっている…君の瞳に嘘はなかった。気持ちだけはありがたく受け取ろう」
「うん」ジワ…

「イ、イヴァーノ君…?」

「ちょっと花粉症が…」ズズ「もう行きます」
「ま、待ちたまえ!イヴァーノ!…イヴァーノ…」

タタタタタ…

「ヘックチン!」

あー、鼻がムズムズした。

くしゃみをした事でふと我に返る。なにかが腑に落ちない…

ヴィットーレのドラマチックな主張にうっかり胸を打たれていたが…、その賢さや優秀さを裏工作に全振りしている時点で説得力皆無だということに。

いや必要だよ?選挙に対策も準備も必要だよ?それも優秀さの一端だよ?間違っちゃないよ?
だが心を揺さぶられはしない。これだから二面性キャラは油断ならない。僕の感動を返せー!



それはさておきマズイな…。ヴィットーレとカタリーナ様を言い包めて時間を稼ぐ、という計画がとん挫してしまった。あれほどフラヴィオに大見得きったのに代案がない…どうしよう。

手をこまねいたまま迎えたある水曜。ヴィットーレの帰った室内に残ったのはエヴァとカタリーナ様。
…く、気まずい…
その気まずい空気の中、カタリーナ様は気まずそうな顔で気まずそうに話し始めた。そうとう気まずい案件なのだろう。


「困ったわエヴァ、どうしましょう」
「どうしましたカタリーナ様」

「その…あなたやフラヴィオに迷惑を掛けそうな事態なのよ」
「あ、…あの件です…」
「知っていたのね…」
「それはこっちのセリフです。知ってたんですか?」

情報源は侍女のモニカさんだ。王女の侍女には貴族位の令嬢が就く。当然モニカさんのご両親も社交の場へ出向いている。つまり例の噂などとうに把握済みなのだろう。

「とりあえず確認ですけどカタリーナ様、そんな気ないですよね?」
「もちろんよ。あなた方二人の愛し合う姿がわたくし大好きだもの。水を差したりしないわ」
「あー良かった」

「それがそうでもないの…」
「え?」
「お母様がその噂を耳にしてその気になり始めているの…」
「え!」

王妃殿下の侍女には高位貴族の令嬢が就く。以下略…
王妃様が噂を耳にしていた…ノォォォォ!
さすがに僕でも分かる!これはもしお願いされたら断れないやつだ!

いやいやいや。ご飯や部屋じゃあるまいし、僕に夫をシェアする選択肢など存在しない。拒否一択でしょ!

「と、とりあえず全力で阻止しといてくださいね!」
「もちろんそのつもりよ。それでもいつまでもというわけにはいかなくてよ?お母様はお父様以上にわたくしの行く末を案じておられるの」

先手打ってレールを敷くタイプか…厄介だな。

「カタリーナ様、真の解放を望むならここが正念場ですよ!踏ん張ってください!」

ああー!!!ヴィットーレ計画を過信したばかりに無駄な時間をくってしまった!僕のバカー!
異世界生活初の、絶体絶命大ピーンチ!





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