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安堵…
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春の某日。時刻は早朝。
ロデオを連れた私は王都の東、王城裏手にある、緊急時にしか使われることのない東門より馬車を走らせていた。
王都を囲むのは王領だが、この東側だけは趣の違う、どこかもの哀しい風景が広がっている。
「コレッティ侯爵の説明によるとこの道は辺境伯領へと続く道のようですな。道中何ヵ所かの騎士団演習場があり、その一つに今回の処刑場があるのだとか…」
「そうか…」
幸いにして近隣に敵対国を持たぬサルディーニャではあるが、海を持つこの国は何十年かに一度、大海原の遥か彼方向こうにある別大陸より野蛮な民族が襲来する。
その脅威から海岸線を護るのが『黄金の盾』『黄金の剣』を抱えるタランティーノ公爵家だ。
そしてもう一つ、目立った脅威こそ無いが、そもそも他国にその様な気など起させぬよう山側を監視し牽制しているのが、公爵家に次ぐ地位の王族家、傍系筋である代々の辺境伯である。
辺境伯領は広大な鉱山に囲まれており、ここでは重罪人の刑罰である〝強制労働”を引き受け、屈強な騎士たちの監視下でその過酷な採掘に従事させている。
そのため…というわけでは無かろうが、王家裏側から辺境伯領へと向かうこの道中にはいくつかの共同演習場、そして大罪を犯した貴人を閉じ込める堅牢な幽閉施設や処刑場などがある。
都の美しさを良しとするこのサルディーニャでは、これらの野暮な施設を民草の眼に触れさせることは無い。
それらを集約したのがこちら側一帯なのだろう。
幾つかある集落はこれら施設の使用人家族が住まうもの。そして彼らの食料を賄う専用農家だ。
そんな事を考えている間に先導の馬車は停まる。
「ではビアジョッティ卿、この空き家でお待ちを」
「ああ。ありがとう」
私たちが招き入れられたのは今は無人の小さな家屋。そこでカッシオの乗る馬車を待つのは私とロデオ、そして…ロデオの腕で静かに眠る幼きフェルナンドだ。
私たちは早朝の出発に備え昨夜よりコレッティ家に宿泊していた。なので今日この事情をイヴは知らない。
彼がそれを知れば、少なくとも平静ではいられないだろうと思うからだ。これはアスタリアの問題。見送るのはアスタリアの私たちだけでいい。
カッシオの馬車に同乗し彼を連行するのはマヌエルとミケーレ。アマーディオ殿下は「せめてアスタリアの王子として送ってやりたい」という私の願いを聞き入れ、アスタリア王家の近衛であったマヌエルたちを「道中だけなら」と同乗させて下さったのだ。
だがそこには一つの思惑があった。殿下は気付いていたかもしれない。それでも私を信じ目をつぶってくださったのだろう。
馬車の中でカッシオには、私がアスタリア王家を離れこのサルディーニャの一伯爵となったこと。紆余曲折を経てフェルナンドを保護した事が伝えられているはずだ。
己が嫡男としてフェルナンドを可愛がっていたカッシオ。彼にもし心残りがあるとすれば…それは母ミランダのことでも母にあてがわれた妻のことでもなく、恐らくは己によく似たオレンジの髪色を持つ幼い息子のことだけだろう。
「来ましたぞフラヴィオ様」
「うむ。フェルナンをこちらに」
眠ったままのフェルナンドを抱き窓の前に立つ。
ここから馬車の通りまではそれなりの距離がある。だが遮るものは何もない。
速度を落とす馬車。
今頃彼はマヌエルに持たせた双眼鏡でこちらを見やっている事だろう。
眠る幼子の衣類は清潔そうに整えられている。
眼を瞑っていてもその表情は安心しきっている。
引き取ったばかりのころ痩せこけていた頬はすでに血色を取り戻し、今ではふっくらと柔らかそうだ。
これでご安心下さるだろうか。
カッシオ…母に振り回された哀れな王子。
マヌエルから伝え聞いた最後の言葉は「これで全ては安泰」だったという。
ロデオを連れた私は王都の東、王城裏手にある、緊急時にしか使われることのない東門より馬車を走らせていた。
王都を囲むのは王領だが、この東側だけは趣の違う、どこかもの哀しい風景が広がっている。
「コレッティ侯爵の説明によるとこの道は辺境伯領へと続く道のようですな。道中何ヵ所かの騎士団演習場があり、その一つに今回の処刑場があるのだとか…」
「そうか…」
幸いにして近隣に敵対国を持たぬサルディーニャではあるが、海を持つこの国は何十年かに一度、大海原の遥か彼方向こうにある別大陸より野蛮な民族が襲来する。
その脅威から海岸線を護るのが『黄金の盾』『黄金の剣』を抱えるタランティーノ公爵家だ。
そしてもう一つ、目立った脅威こそ無いが、そもそも他国にその様な気など起させぬよう山側を監視し牽制しているのが、公爵家に次ぐ地位の王族家、傍系筋である代々の辺境伯である。
辺境伯領は広大な鉱山に囲まれており、ここでは重罪人の刑罰である〝強制労働”を引き受け、屈強な騎士たちの監視下でその過酷な採掘に従事させている。
そのため…というわけでは無かろうが、王家裏側から辺境伯領へと向かうこの道中にはいくつかの共同演習場、そして大罪を犯した貴人を閉じ込める堅牢な幽閉施設や処刑場などがある。
都の美しさを良しとするこのサルディーニャでは、これらの野暮な施設を民草の眼に触れさせることは無い。
それらを集約したのがこちら側一帯なのだろう。
幾つかある集落はこれら施設の使用人家族が住まうもの。そして彼らの食料を賄う専用農家だ。
そんな事を考えている間に先導の馬車は停まる。
「ではビアジョッティ卿、この空き家でお待ちを」
「ああ。ありがとう」
私たちが招き入れられたのは今は無人の小さな家屋。そこでカッシオの乗る馬車を待つのは私とロデオ、そして…ロデオの腕で静かに眠る幼きフェルナンドだ。
私たちは早朝の出発に備え昨夜よりコレッティ家に宿泊していた。なので今日この事情をイヴは知らない。
彼がそれを知れば、少なくとも平静ではいられないだろうと思うからだ。これはアスタリアの問題。見送るのはアスタリアの私たちだけでいい。
カッシオの馬車に同乗し彼を連行するのはマヌエルとミケーレ。アマーディオ殿下は「せめてアスタリアの王子として送ってやりたい」という私の願いを聞き入れ、アスタリア王家の近衛であったマヌエルたちを「道中だけなら」と同乗させて下さったのだ。
だがそこには一つの思惑があった。殿下は気付いていたかもしれない。それでも私を信じ目をつぶってくださったのだろう。
馬車の中でカッシオには、私がアスタリア王家を離れこのサルディーニャの一伯爵となったこと。紆余曲折を経てフェルナンドを保護した事が伝えられているはずだ。
己が嫡男としてフェルナンドを可愛がっていたカッシオ。彼にもし心残りがあるとすれば…それは母ミランダのことでも母にあてがわれた妻のことでもなく、恐らくは己によく似たオレンジの髪色を持つ幼い息子のことだけだろう。
「来ましたぞフラヴィオ様」
「うむ。フェルナンをこちらに」
眠ったままのフェルナンドを抱き窓の前に立つ。
ここから馬車の通りまではそれなりの距離がある。だが遮るものは何もない。
速度を落とす馬車。
今頃彼はマヌエルに持たせた双眼鏡でこちらを見やっている事だろう。
眠る幼子の衣類は清潔そうに整えられている。
眼を瞑っていてもその表情は安心しきっている。
引き取ったばかりのころ痩せこけていた頬はすでに血色を取り戻し、今ではふっくらと柔らかそうだ。
これでご安心下さるだろうか。
カッシオ…母に振り回された哀れな王子。
マヌエルから伝え聞いた最後の言葉は「これで全ては安泰」だったという。
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