コスプレ令息 王子を養う

kozzy

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イヴァーノの事情 ⑧

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「ごめんなイブ。まさかこんな事とは思わなくて…」
「これは仕事なのだろう?構わない」

目の前に居るのはオーキのクライアント、この村の村長…と…その息子だ。
騎士演習場に上官が息子を連れてくるなど、よくあること。僕は気にしない。

「いやー、まさかこんなド田舎のPRに出るモデルを息子が知ってるとはね。すまないが今日は頼むよ」
「親父、失礼なことを言うな!イブちゃんは次に来る!って言われてるレイヤーの一人だぞ!」

よく分からないが息子のシャツから見える下着には、ミキオの好きそうな女の子が描かれている。妙に納得…

「イブちゃん、最近インスタライブやらないんだね?僕いつも観てたんだヨ。残念だなぁ」
「インスタライブ…」

「あー、実は…」

オーキが隣からもう何度と繰り返された説明をする。

「あれか!ヤホーのニュース欄でみたよ。あれイブちゃんだったのかぁ。もう大丈夫なの?」ギュ
ペィッ「馴れ馴れしいな庶民。勝手に触るんじゃない!」

身の程知らずめ!

「なんだねその態度は」
「それー!!!定番のイヴァーノだよね?ああイイー!」

息子により難なく制止されるクライアント。なるほど。現在の力関係は…
オーキ<クライアント<息子<僕
のようだな。つまり力の頂点は僕…ふっ!当然だな。

「いいだろう。お前…随行を許す。荷物を持ってついてこい!」
「ははぁ!」


それはさておき…
ここは風光明媚な場所だ。森林に囲まれた山道を進み、奥に現れたのは渓谷の自然の中で立ち上がる湯気。これこそが今回の撮影物だ。

なんでも最近この地に湧いたという〝温泉”を世間に知らしめ、ここを遊山客の集まる〝観光地”にしたいのだとか。

サルディーニャの歴史にも公衆浴場はある。だが、オルトゥス神の名のもと、素肌を晒す行為を教会が咎め、自ずと衰退していったのだとか。

湧き湯の周りは自然の岩々で囲まれ、その横には雨や日差しをしのげる素朴な四阿が建てられている。
さて、好きなように見て回れ…とオーキには言われたが…



「大木君、どうだろう、ここは右からのほうがいいんじゃないかね?」
「じゃあそちら側からも写しましょう」

「君ぃ!もっとにこやかに出来んかね!」
イラ「僕に指図だと…?」
「親父!余計なこと言うな!」

「大木君、もっと明るく出来ないかね。これじゃあ暗いよ」
「そうですね…俺はこのほうがこの場所の良さを引き出していると思いますが…」
「大木君、これは展覧会に出す写真ではなくあくまでPRのための写真だよ。ここに来たい!と思わせなきゃ意味がないんだ」
「もっともですね。じゃあ少しばかり露出あげましょう…」

「君ぃ!もっと湯と戯れてはどうだね!」
イライラ「僕は好きなように動く!」
「親父!イブちゃんはこれでいいんだよ!」

「大木君、やっぱり水着で湯に入る女性モデルの方がいいんじゃないか?」
「今のご時世そう言ったのはちょっと…」
「アレじゃ吸引力が足りない気がするんだが…」
「フェミ団体に嚙みつかれますよ」
「だがねぇ…画が寂しくないかい?」
「女性モデルを使った前回の納品、ボツにしたの村長じゃないですか」
「あのモデルは普通すぎる。そうは思わないかね?」
「…あのギャラじゃちょっと…」
「君の伝手でなんとかならんのかね?」
「はあ…」

イライライラ「ええい!オーキ!お前は何をやっているんだ!ハッキリ言わないか!」

僕は代わりに言ってやった!もっと報酬を出せ!注文は後出しするな!要望は分かりやすく示せ!そして…
「文句があるなら自分でやれ!」と。

それができないなら口出しするな!オーキもそう言えばいい!
僕は今苛立っていた。それは美の何たるかもわからぬ禿げた爺が、偉そうに口を挟んで作品の良し悪しを語る事だけじゃなく、それに毅然とした態度で応じないオーキにもだ!

「たかがモデルの分際でなにを」
「下僕!いけ!」
「親父は黙っててくれ!ハラスメントの定義もコンプラの意味も分からないなら引っ込んでろよ!」

おお!女子の絵が入ったシャツを着ている男などいかがなものかと思ったが…なかなかやるじゃないか。
村長は息子に遣り込められている。

明るくキレイな温泉に行きたければ初めからこんな田舎など来ない、ここはワビサビ(?)を前面に出すべきだ、とか、今どき水着の女の子なんか使ったら炎上(?)必死。経費の回収も出来ないまま大爆死、だとか。そして最後に言い放った!

「若い客を呼びたきゃ昭和の感性しかない親父が口を挟むな!」

「お前…父親に向かってなんて口の利き方だ!」
「跡継ぎ」
ピタ「……」

なるほど。後継問題はここでも同じらしい。息子に出ていかれて困るのは村長の方か。

「これでいいかなイブちゃん?」
「よくやった下僕。褒めてやる!」
「ああー!嬉しいけど褒めないでぇー!」
ヒク「な、なるほど…」

難しいものだな。〝オタ心”というものは…


横やりのなくなった僕たちはそれから多くの写真を撮ったが、ここで終わってはイヴァーノ様の名が廃る。

「オーキ。業務上の不和を僕は望まぬ。ちょっと待て」

四阿で手早く湯気で崩れたすっぴん風メイクを、少しばかり女子寄りに手直しすると、僕はオーキの荷物に手を伸ばした。

「イブそれは…」
「イ、イブちゃんきゃわ、きゃわいい…」

「さあオーキ。これで撮るがいい。村長の望む可愛い女子が明るく湯に浸かる写真を」

今まで着ていたショート丈のシャツとバルーンパンツを脱ぎ着替えたのはオーキの服。明日着用予定だった白のシャツだ。
オーキと僕は頭一つ分背丈が違う。そのオーキのシャツは小柄な僕が着ればあたかも丈の短いワンピースのよう。

これは村長を納得させるための一枚。湯に浸かった女子の写真が欲しいと思うのならばくれてやる。

チャポ…

「は、入るのか?」

「湯に入った写真が欲しいのだろう?さあ撮るがいい」

「あ、ああ…」

パシャパシャパシャパシャ

「お前じゃない!」

その撮影に誰より満足したのは下僕だったという…




宿に戻った僕はオーキを前に憤慨していた。何をって?昼間の件だ!

「オーキ。お前は何故ああまで村長に媚びる。カメラを生業にする者としての矜持はないのか!」
「イブ…無茶言うなよ。俺は駆け出しのカメラマンで依頼だってまだ大して多くない。下積みのうちはこれも仕事と割り切らなきゃしょうがないだろ」

「それとこれとは話が別だ!」

僕は言った。オーキの行動は自分自身の役割を貶める行為なのだと。オーキが村長に提示すべきは〝客の呼べる”写真、つまりそれをみた民草の心を動かす写真であって、村長の自己顕示欲を満足させる写真ではないってことを。

オーキは労働階級の中でも相当下位なのだろう。だが必要以上に遜れば相手に侮られる。侮られれば踏みにじられる。
僕とあの下僕のように純然たる立場の違いがあるなら話は別だが、そうでなければもっと毅然とすべきだ、と。

「依頼主と請負業者、立場は明白だろうが」
「あの場で言った通りだ。気に入らなければ自分で撮るか他に頼めばいい」
「そうしたら次の仕事はもらえないな。この案件が上手くいけば今後の仕事も依頼すると言われている」

「馬鹿かオーキ!そんなものこちらから捨てればいい!が好きだという依頼を受ければいい!お前を選ぶと、そう言ってくれる依頼を!依頼がなんだ!そんなの他で増やせばいい!馬鹿にされたら見返せばいい!」
「イブ…」

「誇り高く生きろ!踏みにじられる依頼に固執してなんの糧になる!」

はっっ!
そう…か…。踏みにじられる婚約に固執したから…だから僕は笑われ捨てられたのか。

僕は公爵夫人になる事こそが〝矜持”だと思っていた。コレッティの名に相応しい縁組だと。でも違う。あの婚約こそが〝凶事”の始まり。

僕は自分自身で誇りを踏みにじっていたのか…

「…ふ、ふふ…」

あの時婚約なんか受けなければよかった。そうすればあんな風に公衆の面前で水をかけられることもなかったのに。

僕は馬鹿だな。まさに道化だ…サルディーニャの道化。

「イブ…伊吹…!俺のために泣かないでくれ!」

ああ…涙など…何年ぶりだろう…。僕はオーキの胸で涙を流し続けた。





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