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中学生編

2羽 北の地の荒れ果てた境界

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初めての射精の後、突然体が透けて宙に浮き上がったかと思えば物凄いスピードで空を翔け抜けて、遥か北の見知らぬ森の中に降り立ってしまった狼谷頼輝。
しかも、寝間着姿に裸足、腹には璃音が縫ってくれた傷を覆う包帯、武器はおろか財布も携帯も持たず、左手には結人のエロ漫画の原稿を握りしめ、右手には白い精液がカピカピに固まってついているという最悪な状態だった。
彼は周囲から聞こえる魔獣のものと思われる気配と唸り声から、ここが境界の中であること──。
しかも、守り人が不在で数日間放置された森であろうことに気がついた。
(そうでなければ有り得ない魔獣の数だ・・・。
この近辺だけで10・・・いや、20近くいる・・・。
・・・森中村の南の境界で、父さんや兄貴が相手にしているようなハイランクの魔獣はこの中に居ないだろうが、数が多すぎる・・・!
マズイな・・・武器も無しにこの状況・・・どうやって切り抜ける!?
いや・・・・・こんな時こそ落ち着かなければ。)
頼輝はその場に屈み込むと、目を閉じて深呼吸をし、大好きな璃音の笑顔を思い浮かべてから、今の状況を冷静に分析し始めた。
(・・・この境界の荒れ様だと、境界の外にも魔獣が溢れ出していると見て間違いないだろう・・・。
でも北海道で魔獣被害が出ているなんてニュースは今朝の地点ではなかった。
その後に被害が出たのなら、璃音の所から自宅へ帰宅した地点で母さんが俺に教えてくれただろうし、きっとまだ人に被害は出ていないんだ。
ここの神官さんが境界の異常に気がついて、近くに住む人々を避難させたのもしれない。
それなら何とか被害を食い止められるように、俺にできることを精一杯やらなければ・・・。
俺に出来ること、か・・・。
具体的に、何をすればいい?)
頼輝は眉を寄せて地面を見つめながら考えた。
(まず、何とかしてこの境界を抜け出そう。
武器無しで魔獣を仕留めることはとても出来ない。
境界内に丸腰のままでいても、ただ身を危険に晒すだけだからな・・・。)
小さく頷くライキの髪を冷たい風が撫でた。
(境界を抜け出したら、境界の門に”戸締まり”をかける。
”戸締まり”は境界の中にいる魔獣が外に出て来られないよう一時的に門を閉じる封印術だ。
だが、これは”何か特別な事情があるときのみ”に使用が許されていて、尚且”境界内の魔獣を極力殲滅”してから使うべき術だって父さんが言ってた・・・。
日本各地の境界は別々の場所に存在しているようで、実は鬼門を通して繋がっている。
各地の境界は門が開いている状態でバランスが取れているんだ。
魔獣の数が膨れ上がった状態で門を閉じてしまうと、そこの境界内に溜まった瘴気が鬼門を通して他の境界へと流れ出し、他の境界に出てくる魔獣が増えたり強くなったりして、他の境界守りに負担がかかってしまうことになる。
その度合いによっては境界の壁が決壊し、日本中に魔獣が溢れ出してしまう大惨事にも成りかねない・・・。
けど、この状況だ・・・。
”特別な事情があるとき”という条件は満たしていると思う。
”境界内の魔獣の殲滅”は出来ていないが仕方がない。
他の境界へ負担がかかりすぎないよう、短時間だけ”戸締まり”を使わせて貰おう。
じゃないと、ここの境界の魔獣がどんどん人里へ出てしまったら、取り返しのつかないことになってしまう・・・。)
頼輝はその光景を想像してゾッとして、眉間に皺を寄せた。
(”戸締まり”をしたなら、現段階で境界外に出てしまっている魔獣との戦闘を極力避けながら、最速で神社に向かおう。
境界の側には必ず神社がある。
その神社ならここの境界守りの使う武器の予備があるはず・・・それを貸してもらおう。
武器を手に入れたなら、境界外に出た魔獣を狩りながらまた門へ戻る。
そして”戸締まり”を解除し、境界内の魔獣を全て倒す・・・!)
やるべきことが定まったライキはよし!と頷き顔を上げた。
(それが終わったら、ここの境界守りがなぜ不在なのかはわからないけど、もし亡くなっているのなら、新しい境界守りを神官さんに手配してもらわなければならない。
けど、境界守りなんて数が少ないから、簡単に代わりが見つかるとは思えない・・・。
最悪、代わりが見つかるまで俺がここに残ることになるのか・・・。)
頼輝は眉間に深く皺を寄せて俯いた。
(正直に言えば、一刻でも早く帰りたい・・・。
早く帰って、璃音に会って・・・いつもと変わらなくていい・・・。
たわいなくお喋りをしてる璃音の横でそれを聞いて、笑って、一緒に飯食ったりしていたい・・・。
もう一度射精すれば戻れるのか・・・?
わからない・・・けど本当はそれを今すぐ試してみたい・・・。
それで戻れなかったら、どうにかして家と連絡を取り、迎えに来てもらって・・・・・。)
頼輝は弱気な気持ちを振り払うかのように頭を振って、足元の土を握りしめた。
(・・・でも俺は境界守りだ・・・。
帰るのはこの境界を何とかしてからだ!!)
頼輝は強く決断すると、目を閉じて可能な限り広範囲の気配に集中した。
(・・・・・この境界内に50体はいる・・・・・。
魔獣の強化が解ける夜明けを待ってから殲滅をかけるとしても、俺一人でこの数を狩れるのか?
誰か協力を仰げそうな人がいればいいが・・・。)
(・・・とにかく今はここを抜け出そう!
後のことはその時だ!
よし!!)
頼輝は膝に手をかけて立ち上がると、結人の原稿を丸めて近くに生えていた蔓でバラけないように縛って纏めた。
(まずは両手を開けなければ。
だけど結人が俺のために描いてくれた漫画をここに置いてはいけない。
少し紙が皺になるかもしれないけど・・・。)
頼輝は紙筒の真ん中に木の枝を通すと、先程の蔓を枝の両端に結んで背中に背負えるように加工した。
その後、地元でも生えている見知った低木の枝を見つけたので、手に取って腕と脇腹で挟み込んで折った。
(この枝は横の力に弱いから、鉈が無くても折ることができる。
鋭く尖るように折ったから、槍みたいにして使える筈・・・。
まぁ、折れやすいぶん竹槍より大分威力も耐久性も劣るけど、無いよりはマシだ。
あとは・・・これも使えるな。)
頼輝は近くにある木の皮を剥ぐと、それを足で踏んでパキパキと割って、その欠片を手に取った。
(この樹皮は硬くて重くて断面が鋭いから、投げ方にコツはいるけど手裏剣のようにして使える。
幾らか持っておこう・・・。)
頼輝は手頃な大きさの欠片を幾つが拾い集めるとジョガーパンツのポケットに入れた。
(今用意できるのはこんなものか・・・。
俺が1番得意なのは刀だけど、今はあるものを使うしかないからな。
あらゆる武器を使えるように父さんに仕込まれていて良かった・・・。)
頼輝は木の枝で作った槍を足元に置くと、近くにある中で一番高そうな大木の枝へ、魔獣に気付かれないようなるべく音を立てずに飛び乗った。
そのまま辺りの景色が見渡せる高さまで登り、満月を背に辺りを見下ろした。
ビュウウウゥ──。
雪と共に冷たい風が頼輝の全身に吹き付け、あまりの寒さに頼輝は身を震わし、鼻水を垂らした。
(・・・寒っ・・・!
でも、さっきここに降り立つ前にチラッと赤い鳥居がが見えたんだ。
その正しい方角がわかれば、境界の出口まで最短距離で突っ切れる・・・。)
頼輝の視界の左端に、赤く連なる鳥居が見えた。
(・・・あった・・・あれか・・・!)
頼輝はそっと木から降りると、根本に置いていた木の槍を手に取り、カウントダウンを始めた。
(3、2、1・・・行くぞ!)
鳥居の方角へと一気に走る!
(靴が無いから足の裏に木の枝や砂利が刺さるし走りにくいけど、そうも言ってられない・・・!)
頼輝が走り出すと同時に、彼らにとってのご馳走である頼輝を狙う魔獣達が、我こそはとこぞって追いかけて来た。
(やっぱり来やがった!
鳥居まで正面突破するべきじゃなかったか!?
いや、下手に迂回して知らない森で迷うよりも余程いい!)
頼輝の背後に迫った角イノシシ(Cランク)が角をこちらに向けて突撃してきた。
頼輝はそれを既の所で躱す。
(危なかった!
やはり夜だからか!?
突撃してくる速度が昼間より早くて躱すのがギリギリだった!)
頼輝はすかさず角イノシシの後ろ足を木の槍の先端で力一杯突いた!
角イノシシは足を痛めて失速しながら向こうの木に突撃し、幹に角が刺さって抜けるまでに時間がかかりそうだった。
頼輝はそれを尻目に鳥居へと向かって走り出す。
(本来の狩りならここで追い打ちをかけるところだが、この武器じゃ狩るのは無理だ。
先を急ごう!)
続いて岩鳥(Dランク)が、頭の岩のように硬いトサカを頼輝に向けて、空から襲いかかってきた!
(鳥系は羽根を突くだけで動きを奪えるからやりやすい・・・!)
頼輝は岩鳥の羽根を木の槍で突き刺すことに成功するが、槍の柄が真ん中ほどのところで折れてしまう。
チッ!
頼輝は舌打ちしてから岩鳥ごと折れた槍を遠くに投げ捨てるが、その動きが璃音が治療してくれた傷に障り、ズキッと痛むと包帯に少し血が滲んだ。
(くっ・・・!
そういえば俺、怪我してたんだった・・・!)
頼輝はシャツの上から傷口を抑えると、痛みで勢いを少し失いながらも鳥居へと向かって走り出した。
(これ以上負担をかけると完全に傷口が開いてしまいそうだ・・・。
でも、この状況下・・・傷口を庇ってばかりもいられない・・・!
璃音にはすげー怒られるだろうけど・・・)
頼輝は涙を零しながら激怒する璃音を強く抱きしめる自分を思い描き、歯を食いしばって走った。
(俺、こんなところに来てこんな状況で、璃音のいる森中村へ帰れるんだろうか・・・!?)
どうしようもなく不安になり、これが悪い夢であって欲しいとギュッと強く目を閉じた。
視界を閉じながら走ったせいで木の根に足を取られてしまい、地面に突っ伏して倒れ込んだ。
(っ・・・いや、帰るんだ・・・!!
何としても!!!)
頼輝は擦りむいた頬を軽く拭いながら起き上がると、血が滲む腹の傷を抑えながらまた走り出した。
そして、境界の出口の赤い鳥居がようやく見えてきたとき、鳥居の近くの木の根本で凭れ掛かるように座って息絶え、数日が経過したであろう境界守りの死体を発見した。
彼は境界守りが狩りに出るときに装備するその土地の神の加護を得た首飾りとピアスをつけていたためか、その体は魔獣どもに喰われることはなく、綺麗なままで残っていた。
彼は斧を武器にしていたようで、彼が息絶えた場所の数メートル先にそれが落ちていた。
「・・・すみません!
斧、お借りします!
後で必ず迎えに来ますので待っていてください・・・!!」
頼輝はそう言いながら境界守りの亡骸に頭を下げて、急いでその斧を拾った。
斧を持って鳥居へと向かいながら、頼輝は先程の境界守りがつけていた首飾りを思い浮かべた。
(あのおじさん、首飾りに牙が3つついていた・・・。
俺はまだ初級の境界守りだから、狩りのときに着ける首飾りの牙はひとつ・・・。
兄貴は今中級で3つ、父さんは上級だから5つだ。
ということは、あの人、中級レベルの境界守りだったということだよな!?
そんな人が息絶えてるってことは、まさか・・・あの人の手に負えないくらいハイランクの魔獣が漏れ出たのか・・・!!?
あの人はそれを境界の外に出さないために戦って息絶えたのか・・・・・!
そうだとしたら、境界の外に手強いのがうろついている・・・!!)
頼輝は嫌な予感を抱えながら、目の前に連なる赤い鳥居を潜り抜けるのだった。

10本の連なった鳥居を走って潜り抜けた後、頼輝は自分を追いかけてくる魔獣共の方を振り返り、斧で自分の左手を傷つけて、1番外側の鳥居に血を振り撒いてから目を閉じて念じた。

─閉門しろ!!─

すると、彼の血と共鳴するかのように1番外側の鳥居が光り、人が通るところに白い光で”封”の字が書かれ、それが徐々に奥へと向かって広がっていき、十重の”封”の字の結界が出来上がった。
頼輝の間近に迫っていた魔獣達はその結界に弾き飛ばされて境界の内側へと飛び、視界から消え去った。
(やった!上手く出来たぞ!
俺レベルの境界守りの血から出来た結界でも、中にいる奴らのランクならそう簡単に打ち破れないだろう。)
頼輝は軽くため息をつくと辺りを見渡した。
(まだ少し森が続いているな・・・。
道を辿っていけば、きっと神社に出られる筈だ。
もし途中で境界外に出た魔獣と遭遇しても、亡くなってた境界守りのおじさんから借りた斧があるから、倒しながら向かえる!
でも俺、正直斧は得意じゃないからな・・・。
斧が得意な兄貴に何度も教えてもらったけど、どうしても超えられない壁があったから、きっと適正が無いんだ。
もし神社に刀があればそれを借して貰って、斧はあのおじさんに返してあげよう・・・。
あと神社に針と糸があれば、腹の傷の少し裂けた所を自分で縫ったほうがいいな・・・。)
そう考えながら森を駆けていると、目の前に数体の魔獣の死体を発見し、頼輝は異様に思い立ち止まった。
倒れている魔獣は角イノシシ2体と野熊1体・・・どちらもCクラスの魔獣だ。
どの魔獣も人の手によって倒された傷ではなく、牙で噛まれて喰われた跡や、鋭い角で刺されたかのような跡、硬い蹄で蹴り飛ばされたかのような跡もあった。
(・・・魔獣同士でやり合ったのか・・・。
Cクラスの魔獣を倒す奴・・・。
あのおじさんを殺したやつか!
そいつがこの辺りにいる!!)
頼輝は警戒して身構えた。
すると、ドドドドドドド…・・・と凄い足音が遠くから迫って来て、その姿を現した!
それは、黒いオーラを身に纏った巨大な牛で、その目は赤く光り、頭部に2本の長い角が生えていた。
(ブラックオーガホーン!!
通称黒牛と呼ばれ、魔獣ランクはB・・・ハイクラスに該当し、父さんや兄貴が担当してる南の境界に出る奴だ!!
そんな奴が何故鬼門の中枢から離れているこの境界に!!?
いや、考えるのは後だ!!)
頼輝は黒牛の仕掛けてきた突進を辛うじて避けた!
(っ・・・危なかった・・・!!
相手は俺より格上で、しかも夜の闇で強化されている黒牛・・・。
一対一でやり合うのは初めてだ・・・。
やれるか!?)
頼輝は璃音の姿を思い浮かべ、斧を強く握った。
(いや、璃音の元に帰るために、何としても狩ってみせる!!)
頼輝は菫の瞳を鋭く光らせると、突進の後で態勢を崩している黒牛の足元へしゃがみ込み、その足を斧で斬り付けた!
黒牛の硬い足を完全に断つことは出来なかったが、それなりの深さの損傷を与えることは出来た。
(よし!充分通じる!
この斧が強力なお陰だろうが・・・!)
頼輝は続けざまにジョガーパンツのポケットから硬い樹皮を取り出して、怒りで反撃の突進を仕掛けてくる黒牛を躱して跳躍すると、目に向かって手裏剣のように投げつけた!
ポケットにあるぶんを全て使い切ってしまったが、そのうちの2枚が無事にヒットし、両の目を潰すことに成功した!
ギャァァァーーー!
黒牛が痛みで悲鳴を上げる。
(よし!
目を封じたなら後は隙を付いて心臓を・・・!)
頼輝は暴れ狂って後ろ足で立ち上がっている黒牛の心臓を狙いに斧を振りかぶって跳躍した!
そこで黒牛の黒いオーラが一際濃く増したかと思うと、後ろ足で素早く踏ん張り頼輝の左側から至近距離での体当たりを仕掛けて来た!
頼輝は黒牛の懐に居たためそれを躱せずに左腹部に直撃を受けて勢い良く吹き飛ばさてしまった!!
頼輝の体は7~8m離れた木の幹に激しく当たると、そのまま崩れるように根元に落下した。
今の衝撃により頼輝の腹の傷は完全に開いてしまい、左腹部に激しく血が滲んだ。
(くっ・・・そっ・・・しくじった・・・!!)
頼輝はまだ意識はあったが、木の幹に激しく身体を打ち付けてしまった衝撃からすぐに起き上がることは出来ない!
そうこうしているうちに黒牛は頼輝にやられた目を無理矢理開いて赤い瞳を光らせると、次の突進を仕掛けてきた!
頼輝は何とか踏ん張って転がるように横へ飛んでギリギリでそれを躱すが、まだ起き上がって反撃の態勢を取れそうになかった為、もう一度後ろ足で立ち上がった黒牛の心臓部目掛けて地面に膝をついたままで渾身の力を込めて斧を投げつけた!
斧はクルクルと回転しながら黒牛の胸部に深く刺さった!!
グオオオォォォーーーーー!!
黒牛は苦しそうに断末魔の叫びを上げながら最後の力で斧を払い落とそうと前足でそれを薙ぎ、その衝撃で斧の柄が折れてしまった!
(くっ・・・お借りした斧が・・・・・!)
頼輝は荒い息をついて地面に倒れ込み、黒牛が暴れ狂うを様子を傍目に見ながら、段々と意識が遠のいていくのを感じた。
(・・・はぁ・・・はぁ・・・身体が熱い・・・
血を失いすぎたか・・・?
意識が・・・・・・・)
頼輝はそのまま意識を失ってしまうのだった──。
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