銀色狼と空駒鳥のつがい ~境界の守り人~

彩田和花

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中学生編

6羽 迷子の銀色狼と告白出来なかった誕生日

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翌朝──。
頼輝は洗面台で鏡を見ながらいつもより念入りに銀の髪を整えてヘアピンで留めると、アイテムボックスの黒い魔石のピアスを右耳につけた。
(ピアスは校則違反だけど、兄貴も中学の時アイテムボックスのピアスをつけていたよな。
もし先生に駄目だって言われたら他の持ち運び方を考えればいいか。)
今日は学ランの下に飛行機に乗った狼のコミカルなイラストの入った空色のTシャツを着ていた。
(これは璃音がこの間の俺の誕生日にくれた俺の好きなブランドのTシャツだ。
勿体なくてなかなか着れなかったけど、今日は璃音の誕生日・・・。
空駒鳥の髪飾りをプレゼントして告白するって決めたんだ・・・!
璃音から貰ったプレゼントのTシャツを着ているところを見せたらきっと喜んでくれる!
そこから髪飾りを渡す流れに持っていきやすい筈だ・・・!)
頼輝は後学ランの内ポケットから髪飾りを取り出して、出来上がりを確認する。
そして──
「わぁ!頼輝、それ着てくれたんだ!
すっごく似合ってるよ♡」
「ありがとう!
Tシャツのお返しに今日の璃音の誕生日に俺の作った髪飾りを贈りたいんだ。」
「わぁ・・・空駒鳥だ!
すっごく可愛い!!」
璃音が頬を染めてそれを受け取る。
「気に入ってくれて良かった!
髪飾りには狼谷家に伝わる特別な習わしがあってさ。
好きな娘につがいを申し込むときに贈るものなんだ。」
「えっ・・・♡」
ドキン!と胸が高鳴り瞳を潤ませる璃音。
「璃音、好きだよ。
俺とつがいになってください。」
「はい・・・喜んで!
頼輝、大好き♥」
ぎゅーーっと抱きつく璃音。
──と言う璃音とのやり取りを想像してだらしなく頬を緩めた。
(まぁ璃音は鈍感だから、そうスムーズに事は運ばないと思うけどな・・・。
璃音・・・早く会いたい・・・)
頼輝は昨晩の璃音の唇の感触を思い出して頬を染め、そっと唇に手を当てた。
(昨日の続きをするかも・・・・・。
・・・もう一回歯を磨いておこうかな・・・?)
頼輝が髪飾りを学ランの内ポケットにしまってから、本日3回目の歯磨きをしようと歯ブラシに手を伸ばすと、少し前から頼輝の様子を見ていた兄の春輝がニヤニヤしながらひょこっと顔を出して言った。
「何回歯磨きすんの?
昨日ファーストキスを済ませたばかりの頼輝くん♪」
3つ年上の兄は森中村一のイケメンと謳われるだけのことはあり、着崩した富蘭ふらん高校の制服(紺色のブレザーとストライプのネクタイ)が今日も様になっていた。
「兄貴!」
頼輝は真っ赤になって兄を振り返った。
「あんまり気合い入れてスースー歯磨き粉の匂いをさせてても、キスを意識してるのがみえみえで逆効果だと思うぜ?
それよか早めに璃音んち行ってちゃんと告れ。
あれは絶対脈アリだから。
狼谷家の男が告るときの習わしの髪飾り、さっき見てたし、今日渡すんだろ?」
「・・・う・・・ん・・・。」
「よし!
じゃあしっかり男を見せて来い!」
兄が頼輝に腕を出してクロス当てを促してきたので、頼輝もそれに応じた。
「ありがとう兄貴!」

頼輝が勢い良く桜駒鳥の薬屋の扉を開けると、来客を知らせるベルがカランカランと鳴った。
「おはよう!」
「おはよう頼輝。
昨夜帰ってきてばかりなのにもう学校に行くんだね?
元気になったのかい?」
店主の真璃婆さんが、いつものロッキングチェアで何かの薬をすり鉢で練りながら言った。
「うん、一晩寝たら元気になった。
・・・璃音は?」
頼輝は売り場の奥の璃音の部屋へ続く階段に視線を送りながら尋ねた。
「3日間ろくに寝てなかったからその反動かねぇ。
いつもならとっくに起きとるんだが、まだ起きてこんよ。
無理に起こすのも可哀想だし、今日は休ませると学校に連絡したよ。」
「・・・そっか・・・。」
頼輝は璃音にそれだけの無茶させてしまったことを思い、表情を曇らせ俯いた。
「なに、ただの寝不足だし、昼頃には起きてくるさ。
今日はあの子の誕生日だからね。
学校帰りに寄って、一緒に祝ってやりな。」
「・・・うん・・・!」
頼輝は柔らかく微笑んだ。
「それより、昨夜気を失った璃音をお前さんと春輝とでうちに連れてきたとき、春輝がお前さんが璃音にキスしたとか冗談めいて言っとったが、あれは本当かね?」
真璃の問いかけに頼輝は赤くなり、少しの間そわそわと視線を泳がせてから、コクンとゆっくり頷いた。
「・・・会えなかった3日の間に色々あって・・・俺、すげー璃音に会いたくて、どうにか帰っては来れたけど・・・。
会いたかったのは俺だけじゃなくて、璃音のほうもあんなに必死になって探してくれていたんだってわかって・・・俺、すげー嬉しくて・・・。
顔を見たら、想いが・・・抑えきれなくなった・・・・・。」
「ふむ・・・そうかいそうかい。
それで、どうするんだね?」
真璃はニヤニヤしながら頼輝に続きを促した。
「後でプレゼントを渡す時にちゃんと告白して、つがいを申し込むつもりだよ・・・。
受けてくれるかはわからないけど・・・・・。」
頼輝は頭から蒸気を立ち昇らせながら真璃にそう言った。
「ほう!
ついに決心したか!
迷子になっている間に男になったようだね?
安心したよ・・・・・。」
真璃は穏やかに微笑んだ。
「心配せんでもあの子はきっとお前さんの告白を受け入れるだろう。
だが、そうとなれば少し現実的な話もしておくよ?
そこ、座りな・・・。」
真璃は真剣な表情で頼輝に近くの椅子を勧めると、頬杖をついてから語り始めた。
「・・・わしはもう83。
そう先は長くないだろう。
本当はあの子の花嫁衣装を見てからあの世へ逝きたいが、まぁ・・・無理かもしれんね・・・・・。」
頼輝は真璃の言葉を聞いて表情を深く沈め、低い声でとがめるように言った。
「ばーちゃんまだまだ元気じゃないか。
縁起でもないことを言うなよ・・・。
そんな話なら聴きたくない・・・。」
頼輝の抗議を受けて、真璃は彼の背をバシッ!と叩いてから独特の笑い声をあげて笑った。
「ひゃっひゃっひゃっ!
スマンスマン!
近頃頻繁に夢に爺さんが出てきて、
”そろそろ迎えに行くから、悔いのないようにしておけ”
なんて言うからついの(笑)
そんなにふうに怒ってくれて、お前さんは本当に優しいね・・・。
こんな話、年寄りの後ろ向きな発言としか聞こえんだろうし、お前さんは聴きたくないかもしれんが・・・。
今話しておかないと後悔しそうだから、最後まで聞いてくれんか。」
「・・・・・。」
何時いつにない真璃の真剣な様子に、頼輝は黙って頷いた。
「ありがとう。」
真璃は頷き、ゆっくりと語りだした。
「・・・あの子の両親は、あの子が赤ん坊の頃に事故で亡くなっているという話は璃音から訊いておるな?」
「・・・うん。」
頼輝は頷いた。
「もしあの子が成人する前にわしが死んだら、京都にいるあの子の祖母にあたる正子まさこが、あの子の養育を申し出てくるかもしれん。」
「璃音、京都にお婆さんがいるんですね・・・。
初めて訊きます。」
頼輝が答えた。
「うむ・・・。
わしもあの子に正子の事は話しとらんからな。
正子はわしの40年も前に出ていった息子が知らん間に結婚していた相手じゃが、あまり良い人間とは言えない。
両親を事故で亡くし、一人残された赤ん坊のあの子の養育が面倒だからと言って、探偵を使ってわしの居所を突き止めて、
「この子、あなたの曾孫ですよ。
私はこんな産まれてばかりの子供なんてこの年になってとても面倒見れませんから、あなたが見てくださいな。」
とわしに丸投げした癖に、最近になって、
「璃音は美しく成長してるかしら?
18になったら良い嫁ぎ先にやりたいから、変な虫がつく前に養育を変わりたいの。」
なんてふざけたことを言い出した嫌な女さ。
わしはあの子の相手はあの子が決めるから余計な世話だと言って、それを拒んでいたんだが・・・。」
(なんだって!?
自分の私利私欲の為に、璃音が望んでもいない相手と婚約させようというのか!?)
頼輝は激しい怒りを覚え、膝の上に置いた拳にグッ!と力を込めた。
「わしが死んだ後、一人残されたあの子を正子の元へはやりたくない・・・。
他に残っているあの子の血縁はうちの放蕩息子ほうとうむすこ法璃のりあきだけだが、40年も前にここを出ていったきり一度も連絡を寄越さず、今何処で何をしているのやら・・・。
あの子の両親が亡くなったとき、正子が別れた法璃のりあきに璃音の養育を押し付けようと探偵に探させたらしいが、結局居所を突き止められんかったようだしの。
あやつを探し出して璃音のことを託すのは無理だろうね・・・。」
真璃は渋い顔で続けた。
「璃音にとって赤子の時から育ってきたこの村を離れ、愛着も共に過ごした思い出も何もない正子と京都で暮らすことは、とても辛いことだろう・・・。
それに望まぬ婚約までついてくる・・・。
あの子がこの家に残りたいと望んでも、まだ14じゃ一人でこの家に残って暮らしていくことも世間で認められんからね・・・。」
頼輝は真璃の口から語られる言葉に眉をひそめた。
「でも、安心しな。
わしからお前さんの父颯輝そうきくんに、そうなったときの後見人を頼んでおるから。
遺言書にもわしが死んだあと、あの子のことは颯輝そうきくんに頼み、決して正子のもとにはやらんようにと書いてある。
この遺言書はわしが書いたものを役場で有効なものとして保証してもらっておる。
もしもわしが死んだら、、家庭裁判所で検認してもらえ。
そうすれば検認が終わるまで少し時間はかかるだろうが、あの子を守れる筈だ。」
頼輝は少しホッとしてため息をついた。
真璃はまだ眉を寄せたままで続けた。
「だがね・・・。
正子が大人しく引き下がってくれるとは思えなくて心配なんだよ・・・。
もし正子が何かを仕掛けてきたら、お前さんにできることでいいから、あの子を守ってあげて欲しい・・・。」
真璃は頼輝を真っ直ぐに見つめて、手をギュッと握ってきた。
「うん・・・わかった。」
頼輝は真面目な顔で真璃の目を見てしっかりと頷いた。
「ありがとう。
お前さんなら、あの子に何があっても何とかしてくれそうな気がするから不思議だ・・・。
さて、これで真面目な話はしまいだ。
あとは・・・お前さん、顔色も良いし大丈夫そうだが、念の為にちょっと立って腹の傷を見せな?」
そう言って頼輝に立つように促す真璃。
頼輝は従って席を立った。
「3日間森を彷徨っている間に危険もあったろう?
璃音の甘い縫い方でよく傷口が開かずに済んだな・・・。」
真璃はそう言いながら頼輝のシャツを捲った。
「ん・・・?
この縫合痕は・・・・・・・。」
真璃は再び真剣な顔になり、その傷口を凝視した。
「あ・・・それは・・・。
実は、一度無茶をして傷口が開いてしまったんだ。
でも、俺が魔獣と相打ちになって倒れた場所の近くに住んでいたお爺さんが偶然お医者さんでさ。
傷口を縫い直して、輸血と点滴もしてくれたんだ。」
「いや・・・まさか・・・だが、この縫い方は・・・・・・・。
頼輝、その医者の名を訊かなかったかい?」
真璃が巌しい顔のままで尋ねた。
「名前は訊かなかった・・・。
過去に色々あったみたいで人を避けるようにして暮らしていたし、訊いても答えてくれなかったと思う。
でも、とても優しい人だった。」
「そうかい・・・。
見た目の特徴は?」
「年齢は60代くらいで片方の眼を失くしていて、無事な方の眼は璃音と同じ色をしていた。」
「ふむ・・・・・。
頼輝、その医者に連絡はつくのかい?」
「電話は嫌いで引いていないって言ってた。
住所も番地まではわからないな・・・。
でも俺、家の場所を覚えているから、会いに行くことは出来るよ?
落ち着いたら治療代を支払いに行こうと思ってたし。」
(昨夜部屋で射精して空に昇ったとき、森中村と谷川村の景色が見えた。
あそこで谷川村を選んでいれば、きっと谷川境界に行くことが出来たんだと思う・・・。
だからまた射精すればきっとあのお爺さんに会いに行けるはずだ。)
頼輝は口には出せないので、心の中でそう補足した。
「そうかい・・・・・あの馬鹿・・・・・。」
頼輝はそう呟く真璃を見てした。
(・・・ばーちゃんのこの反応・・・。
あのお爺さん、璃音とばーちゃんに雰囲気が似てるって思ってたけど、やっぱり璃音のお爺さんなんだろう・・・。
お爺さん、40年前に◆の女に取り入られて瘴気の壺を開放させられそうになって、お父さんを亡くしたと言っていた。
おそらくそれをきっかけに森中村にいられなくなったんだ・・・。
そうだとしたら辻褄が合う。
森中様がお考えあって俺をあの人の元へと導いた・・・?
それはわからないけど・・・。
もしあの人が璃音のお爺さんなら、何とかばーちゃんと和解して欲しいし、璃音に会わせてあげたい・・・。
他人の俺が璃音の家の事情に顔を突っ込むことはできないけど・・・。)
頼輝が真剣にそんなことを考えていると、真璃が言った。
「頼輝・・・。
次にその医者に会ったとき、
”昔のことはとっくに許してるから、帰りたくなったらいつでも帰りな。
孫も、もう14になった。
あんたの幼馴染もずっと心配している。”
そう伝えてくれるかい?」
「・・・うん、わかった。」
頼輝は真璃がもうお爺さんを許していると訊いて心から安堵し、微笑んだ。
(よし、次の週末にでも谷川村に行ってみよう!)
頼輝がそう決意し一人頷くと、真璃が壁掛け時計を見て言った。
「頼輝や、もうそろそろ家を出ないと遅刻じゃないのかね?」
真璃に言われて時計を見ると、璃音と一緒に登校するときに家を出る時間になっていた。
頼輝一人であれば、境界の森で魔獣狩りをするときのように川などを飛び越えて最短距離を突っ切れるので余裕を持って登校出来るのだが、あまり居座っても真璃の仕事の邪魔だろうと頼輝はその言葉に従うことにした。
「じゃあ俺もう行くよ。
学校終わったらまた来る!」
「うん、行ってらっしゃい。」
頼輝が薬屋の扉に手をかけたところで真璃に再度声をかけられた。
「頼輝・・・・・。
璃音のこと・・・頼むね。」
「・・・・・?
うん・・・!」
頼輝はそう頷くとそのまま薬屋を後にした。
それが真璃との最後の会話だった──。

桜駒鳥の薬屋を出て街道を20m程走ってから土手へと続く道へ左折し、そのまま土手を駆け上がって5mはある川を飛び越える頼輝。
それをそばかすのある地味な顔をしたくせっ毛の少女、居宿いすき夜花よはなが少し離れた物陰からそっと見ていた。
(狼谷くん帰ってきたって本当だったんだ・・・。
良かった・・・。
狼谷くんがいなくなって、私、凄く心配だった・・・。
だけど・・・最上さんみたいに魔獣の出る境界の森にまで探しに入る勇気がなかった・・・。
やっぱり私じゃ最上さんに敵わないのかな・・・?
でも・・・狼谷くんを好きになったのは私が先・・・!
後から自分の気持ちに気がついておいて、狼谷くんを横から掻っ攫おうだなんて、そんなの狡いわ・・・!)
夜花はギリッと歯を食いしばった。
そんな彼女に対し、空には分厚い雲がかかっているのにもかかわらず黒のレースの日傘を差した、この長閑のどかな村には似つかわしくない派手な赤いワンピースとハイヒールを履いた黒いウェーブのかかった髪の女が声をかけた。
「こんにちは、お嬢さん。
この辺に桜駒鳥の薬屋さんってあるかしら?」
「は、はい・・・。
この街道をこちらの方向へ少し進んだところにある神社の向かいです・・・。」
夜花は女にぽーっと見惚れながら答えた。
「ありがとう。」
そう微笑んだ女の両目が赤く光った。
その瞳にはダイヤの模様が刻まれていた。
そして、その赤い瞳をまるで吸い込まれるように見ていた夜花の左目にも◆の模様が刻まれた。
「うふふ・・・。
貴方の心、隙だらけ・・・♡
・・・銀色狼くんを彼女に渡したくないのなら、ちょっとだけ力を貸してくれるかしら?」
「・・・は・・・い・・・。
紅玉こうぎょく・・・さま・・・・・。」
紅玉と呼ばれた女の姿は夜花の影に吸い込まれるかのようにすうっと消え、夜花は◆のある左目を赤く光らせたままで、学校がある方向とは逆の、桜駒鳥の薬屋の方へとふらふらと引き返すのだった──。

森中村は人口が少ないため、頼輝の通う森中中学校は小学校と中学校とが同じ敷地内にあった。
一応小中別々に校舎があるが、どちらも一般的な校舎より規模が小さい。
何でも元々旅館だった建物を、校舎として改築したのだとか。
生徒の数が少なく、中学においては1~3年生合同で一つの教室を使っているため、それでも教室は余っていたが。
頼輝は今2年生で、同学年の生徒数は頼輝を含めてたったの7名だった。
授業は各学年に教師が付き、学年ごとに教室の中をパーテーションで区切ったり、もしくは空き教室を利用したりして行われていた。
音楽や体育、家庭科などは3学年合同で行われることも多い。
学校に着いた頼輝は、まず職員室に向かい、全職員に頭を下げた。
「ご心配をおかけしました・・・!」
職員には頼輝の父颯輝から事前に事情の説明があったため、頼輝は問いただされることもなく、
「本当に無事で良かった!心配したぞ!」
「境界の森で迷子になるだなんて、狼谷くんらしくなくてびっくりしたけれど、元気で戻ってきてくれて先生嬉しいわ!」
「その若さで境界守りだなんて立派だことだが、お前もまだ子供だ。
あまり無茶をするんじゃないぞ?」
等と、口々に暖かい声をかけられたのだった。
アイテムボックスのピアスについても、担任教師に気付かれ言及されたが、境界守りの仕事に必要な魔石だと説明したら、申請の書類を提出することで装着を許可されたのだった。
(良かった・・・。
これで堂々と持ち歩けるぞ・・・。)
そんなことを思いながら頼輝は教室に向かっていた。
すると、頼輝の姿を見つけた本多ほんだ結人ゆいとが勢い良く廊下を駆けながら、校舎中に響き渡りそうなくらいよく通る声でこう挨拶してきた。
「はよーーーっす!!
迷子の銀色狼の、頼輝ーーーーー!!!」
頼輝がビックリして振り返る。
「結人!!
おはよ!」
結人は少し明るく染めた茶色い髪をなびかせながら頼輝の近くまで走って来ると、走ったことで少しズレた眼鏡を直して、ニッとハシバミ色の瞳を細めて愛想よく笑った。
「いやー、無事で帰ってきてくれて良かった!
マジ心配したぜ?
お前でも境界の森で迷子になるなんてことあるんだな!?」
「あはは・・・
うん、まぁ・・・。」
(そういうことになっているみたいだから話を合わせておかないと・・・。
でも”迷子の銀色狼”って、かっこ悪・・・!)
頼輝は苦笑いを浮かべた。
「俺も最上みたいにお前を探しに森に入ろうかと思ったんだけど、うちのおとんに”お前みたいなひょろ坊、魔獣の餌になるだけだからやめとけ"って言われてよ・・・。
まぁ、その通りだから無事を祈って待つしかできずにもどかしかったぜ・・・。
俺ら思春期っつーやつだし?
夜中に飛び出したくなったりすることなんて色々とあるだろうけどさ・・・。
なんかあったらちゃんと話せよ?」
「うん・・・。
ありがとう、結人。」
頼輝は結人の心からの言葉が嬉しくて、柔らかく微笑んだ。
「あ、狼谷くん・・・!」
そこへ璃音の親友の花井はない留奈るなが栗色の長めのボブの髪を揺らしながら、日直なのか花を活けた花瓶を大きな胸に当てながらこちらへとやってきた。
隣の結人が、
『留奈ちゃんこっち来た!
ちくしょー、今日もどちゃくそ可愛いな!
俺、あの花瓶になりてぇ・・・!』
とそわそわして赤くなりながら小声で呟いた。
「おはよう、狼谷くん、本多くん。」
留奈が先に挨拶をした。
「「おはよう!」」
頼輝と結人が重ねて返事を返す。
「狼谷くん、無事に帰ってきてよかった!
あの、璃音、昨夜から全然メッセージが既読にならないし、まだ教室に来てないんどけど、狼谷くん何か訊いてない?
私今日日直だから、朝薬屋さんに寄れなかったから・・・。」
留奈は眉を寄せながらそう尋ねてきた。
「あぁ、璃音、3日間ろくに寝ずに俺のことを探してくれてたみたいでさ・・・。
朝俺が薬屋に行ったときにはまだ寝てて、起こすのは可哀想だから今日は休ませるってばーちゃんが言ってた。」
「そっか・・・・・。
狼谷くんには狼谷くんの事情があると思うけど・・・。
あまり璃音に心配かけないであげてね・・・?」
留奈は頼輝が失踪したことにより、璃音を危険に巻き込む結果になったことを少し怒っているようで、頼輝を咎めるような眼差しを向けてそう言った。
「うん・・・わかってる。
もう突然行方を眩ませるようなことはしないよ・・・。」
頼輝が真面目な顔でそう答えると、留奈はホッとして表情を緩めた。
「うん・・・。」
「璃音、昼には起きてくると思うけど、花井さんも璃音の誕生日を祝いに学校帰りに薬屋に来るだろ?」
頼輝がそう尋ねると、留奈は首を左右に振って否定した。
「私、一足先に璃音にプレゼントを渡してあるの・・・!
だから狼谷くんと璃音の時間を邪魔するようなことはしないよ?
うふふ・・・!
それじゃあ私、先に教室へ行ってるね!」
留奈は二人に手を振って教室へと戻って行った。
留奈が教室に入るのを見届けてから結人が、
「留奈ちゃん・・・
はぁ・・・マジ天使♡
昨日は犬耳メイド服の留奈ちゃんをおかずに2発抜いちまいましたよ・・・♥」
等とゆるゆるの実にだらしない顔で打ち明けた。
「ははは・・・流石結人。
朝からエロ飛ばしてるな(笑)」
「そりゃーエロは俺の活動エネルギーですから!
おかずといえばさ、お前の誕プレのおかずはどうだった?」
結人はニヤニヤしながら頼輝に尋ねた。
「・・・あぁ~~~・・・
お前の思惑通りで悔しいけど・・・・・」
『おかげで精通したよ・・・!』
頼輝は真っ赤になって結人に食いつくように、後半は小声で打ち明けた。
「おっ!マジか!
これでだな!!」
そう言って強引にクロス当てをしてくる結人。
頼輝もまだ赤い顔で複雑そうに顔を歪めつつ、それに応じた。
「で、どうだった!?
良かったろ・・・!?」
結人が尋ねる。
(あぁ・・・!!
北海道まで飛ぶくらいにな!!!)
頼輝はそう心の中で叫びつつ、暫く間をおいて頭から湯気を立ち昇らせながらコクッと頷いた。
「このドスケベが!!」
結人が頼輝に肘鉄を食らわしていると、鍛冶屋の息子の屋古やこたけし(愛称ヤコブ)がトレードマークの赤く染めて尖らせた短髪をなびかせ、14歳とは思えないガッチリしたデカいガタイに学生鞄を背負って走ってきて、二人の肩に腕を回して会話に乱入してきた。
「はよーーーっすぅ!
何々?
朝からエロトーク?
オレも仲間に入れろぉ!」
「「ヤコブ!はよーーっ!」」
頼輝と結人が挨拶を返す。
「ヤコブ、頼輝もついにオナカマになったぜ!」
結人がヤコブに暴露した。
「おぉーーー!マジかぁ!!
頼輝お前、森で迷子になって一人きりの間にシコシコしまくってたってかぁ!?
この”迷子のシコシコ狼”がぁ!
心配したぜぇ!」
ヤコブが頼輝よりデカいガタイで肩に腕を回しながら、頼輝の通称を実に情けないものへと改変した。
「えぇっ!!?
違うって!!
シたのはその前・・・
彷徨さまよってたときは、流石にそんな余裕なかったし!
つか、シコシコ言うのやめてくれ・・・恥ずかしいから・・・。」
頼輝は誰かに聴かれてやいないかとキョロキョロ辺りを見渡した。
(でも北海道から帰るときに隼人さんと美紅さんのエッチを見てシたけど・・・。)
あのとき見たエロシーンを思い出して更に赤くなる頼輝なのだった。
「でもこれで、遠慮なくエロトークを炸裂できるっつぅことだよなぁ!!」
「なーーー!!」
ヤコブと結人がクロス当てを交わす。
「えっ?
お前ら遠慮なんてしてたのか?
今まででだって炸裂させてただろ。」
頼輝がそう突っ込んだ。
「いや、自重出来ずにお前の前でもエロトークしてたけどさ・・・。
一応遠慮はしてたんだぜ?」
結人が苦笑いしながら答えた。
「お前だけ蚊帳の外にはしたくねぇしさぁ。
こぉゆぅのはみんなで共有できるほうが楽しいじゃん!?」
とヤコブがニッと笑った。
「うん・・・ありがと、二人共。
みんなで共有出来たほうが楽しいのは同感だけどさ・・・。
今まで以上に炸裂させてたら、璃音にドン引きされそうでそれはやだな・・・。」
頼輝が苦笑いをすると、結人も、
「あぁ~・・・」
と同意し頷いた。
「俺もヤロー同士であけすけなエロトークをとことんしてみてーけど、3年の先輩達みたいに弾けすぎて留奈ちゃんに軽蔑の眼差しを向けられると凹むから、教室ではやっぱある程度自重しとこーぜ?」
「えぇーーー!?
何だよぉ、同じ教室に好きな子がいるとそんなもんなのかぁ?
オレは森中様以外の女に嫌われても構わねぇのに、つまんねーじゃん!!
あ、じゃあ今度男子会やろーぜぇ!
それなら気兼ねなくエロトークが出来るだろぉ?」
ヤコブが提案した。
「おっ!いーね!
性癖の暴露パーティとかどうよ?
楽しそーーー!!」
と結人。
「あはは!
それ罰ゲームかよ!
境界守りの役目が非番のときならいいよ?」
頼輝も笑って頷いた。
「よっしゃ!!
じゃあ今度予定を合わせてやろーじゃないかぁ!!」
3人はニヤニヤスケベ面してクロス当てを交わした。
「・・・そんじゃ、そろそろ教室に入りますかね。
今日は授業中に何を描こうかな?」
結人がそんなことを言いながらガラガラと教室の後ろのドアを開けた。
既に大半の生徒が教室に集まっており、ガヤガヤと賑わっていた。
「それならさぁ、森中様のどぎついのを描いてくれよぉ!」
とヤコブが言ったその時。
「・・・森中様でそのような下劣な妄想をしているとバチが当たりますよ?
屋古くん。」
丁度ドアの近くにいたクラス委員のともえ勝生かつきが、眼鏡を二本の指で押さえながらヤコブに向けてそう言った。
彼はしなやかな黒髪に色白の肌、金色の瞳の切れ長の目が印象的なかなりの美少年で、スラっと手足が長く細身で、背は頼輝と同じくらい高かった。
彼も同じ2年生だが、何処か大人びていて、浮世離れしたミステリアスな雰囲気を持っていた。
「委員長!
森中様はみんなのものなんだからさぁ、どんな妄想しよーと自由だろぉ?」
ヤコブが眉を吊り上げて抗議した。
「僕は委員長ですが神官見習いでもあるので、そのようなよこしまな妄想をされると不愉快なのですよ。」
「何だとぉ!?
お前だってぜってぇ森中様でシコってる癖に!」
「僕はそんなことしませんよ。
自分でシなくてもちゃんとした相手が居ますし。」 
「はあっ!?
今さらっと言ったけど、お前つがい持ちなのかぁ!?
そんなカタブツの癖してかぁ!?」
勝生に想いを寄せていると思われる1年生の女子生徒が、そのやり取りに反応して悲しそうに表情を曇らせ、周りの女生徒に泣きついた。
勝生とヤコブの喧嘩は日常茶飯事なので、頼輝は結人と「また始まった!」と顔を見合わせて苦笑いした。
すると、勝生がヤコブをスルーして頼輝と結人のほうを向いて真面目な顔してこう言った。
「本多くん。
貴方の素晴らしい絵の力は、明日、狼谷くんにとても必要になるでしょう。
ですから明日までに、ラフでも良いので出来るだけ彼の要望に沿ったものを2描いてあげて欲しいのです。
引き受けてくれますか?」
頼輝は勝生の思いもよらない言葉に目を見開いた。
結人は勝生の言葉でやる気になったのか、グッ!と強く拳を握り込んでから親指を立てた。
「よっしゃ!
まぁ、頼輝は覚えたてだし、何回もやりたくなるのもわかるしな!
そんじゃあ帰還祝いつーことで、最上のどぎついのを2枚かましてやりますか!
頼輝、どんなのがいい?」
「えっ・・・!
こないだの誕生日に漫画描いてもらってばっかなのにマジでいいのか?
そ、それじゃあ・・・・・ごにょごにょごにょ・・・・・・・』
頼輝は真っ赤になりながらも結人に描いて欲しい絵について耳打ちした。
それをニヤニヤしながら結人が訊いて、ふむふむと頷いている。
その脇で、ヤコブが勝生に言った。
「何だぁ?
まーた委員長の”千里眼”かぁ!?
森中様から授かったご神力だか何だか知らねぇが、ただ森中様のどぎついのを描かれるのを阻止したかっただけなんじゃねぇの!?」
ヤコブがふんっ!と鼻息を立てた。
「まぁ、それもありますが、狼谷くんに本多くんの絵が必要だと感じたのは本当ですよ?
屋古くんだって、狼谷くんが無事に帰ってきてくれてホッとしたでしょう?
彼が、今回のおかずは彼に譲ってあげてくださいよ。」
「・・・よくわからねぇが、まぁ、帰還祝いっつーことで今回は譲るよぉ。
でも、その次こそは結人に森中様のどぎついのを描いてもらう!
ほとばしる性欲を俺は自重できない!
次は止めるなよぉ!?」
「・・・・・実際に会うことも叶わない相手に恋焦がれていては、屋古くんは一生童貞のままですよ?」
勝生はヤコブを挑発するようにやれやれ、とため息をついた。
「なんだとぉぉぉ~~~!!!」
と、ヤコブがピキピキと額に血管を浮かばせて勝生に掴みかかったときである。
「よっしゃ!
1枚目は対面座位でお前に下から突かれて涙目で感じてよがる最上の絵、
2枚目は首輪に鎖を繋がれて、お前にフェラを強要されている最上の絵な!!
エロいねこの野郎!任せとけ!!!」
と結人が頼輝のリクエストをデカい声で復唱したので、教室にいる全生徒が頼輝に注目した。
「ちょっ!!
おまっ・・・声デカイって!!!」
頼輝は自分の性癖が暴露され注目を集めたことが恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして結人の口を塞いだ。
だが時は既に遅く、男子生徒達にはドッと笑いの渦が巻き起こり、留奈を始めとした女子生徒達には顰蹙ひんしゅくを買って冷たいまなざしを向けられた。
頼輝はあちゃ~・・・と頭を押さえて項垂れた。
「あ゛・・・わりぃ・・・。
お前の性癖がなかなかぶっ飛んでて楽しかったから、つい大声出ちまった・・・」
結人が顔の前に手を立てて謝ってきた。
頼輝は結人を恨めしそうに睨むと軽くデコピンを食らわした。
「いってぇ!
悪かったってば!
大丈夫、最上今日休みだし!」
結人が汗を飛ばしながら言った。
「いや、花井さん俺のことめっちゃ睨んでるし・・・。
絶対璃音に伝わるだろ・・・。
璃音にしばらく口利いて貰えなくなったらどうしよう・・・」
頼輝は暗雲を背負いながらこの世の終わりかのように呟いた。
「ま、まぁ、お前の要望の絵はバッチリ明日までに仕上げてスマホのメッセージで送ってやるから元気出せって!!」
結人がバシッと背中を叩くが、そんな励ましも耳に入らない頼輝。
「・・・大丈夫ですよ。
今の性癖暴露が花井さんの口から最上さんに伝わることはありません。」
勝生が頼輝にそう言った。
「えっ、マジで!?
よかった・・・!
巴くんが言うなら何か安心できるな・・・。」
頼輝の表情がパアッと明るくなり、安堵してホッとため息をついた。
『えぇ・・・
きっと、それどころではなくなるでしょうから・・・。
でも・・・貴方ならきっと本多くんの絵の助けを得て、乗り越えてくれる筈・・・。』
勝生は俯き密かにそう呟くが、その場にいる誰も聞き取れなかった。
「マジで委員長の千里眼はパネェもんな!
俺も視て貰いてぇ!」
勝生の言葉で頼輝の元気も復活して結人もホッとしたのか、元の明るい表情になり、留奈をチラッと見てから小声で勝生に尋ねた。
『なぁなぁ委員長、ちなみに俺と留奈ちゃん、つがいになれる可能性ってある?』
留奈は結人と目が合って恥ずかしくなったのか、ぱっと前に向き直ってしまった。
『そうですね・・・。
本多くんの場合はまだ彼女との距離が遠すぎて、一瞬では何もえて来ませんね・・・。』
勝生は小声はここまでにして、わざとヤコブにも聴こえるような声で更に続けた。
「・・・屋古くんに森中様の如何わしい絵を今後一切提供することをやめてくれるなら、今度もっと時間をかけててあげますよ?
そうすれば具体的なアドバイスも可能かもしれません。」
「マジで!?
やめるやめる!!」
「おいこら結人ぉ!!?
簡単に懐柔されてるんじゃねぇ!!」
ヤコブが結人に食って掛かる。
「えーっ?
だって背に腹は代えられないしさ!
つか、森中様みたいな大人の女が好みなら、何も絵でなくても似た感じのAVとかグラビアで代用出来るんじゃね?
今度テキトーにうちの店のエロ本を見繕っといてやるから、試してみろよ。」
結人がそう言ったところで教師が教室に入ってきたため会話はそこまでとなった。
「席につけー。
HRを始めるぞー!」

今日の2年生は璃音と夜花が欠席していたため、二人を除く5名で授業が行われた。
流石の結人も5人授業で教師の目が行き届く中で落書きを進めるのは難しいらしく、「先生がしょっちゅう見てくるからなかなか進まねぇ~!」と小休憩で嘆いていたが、そのまま特に変わった事もなく1、2時間目は終わった。
だが、3時間目の数学の授業中、11時前のことである。
頼輝の携帯に、メッセージを知らせるバイブレーションが振動した。
頼輝は最初境界に魔獣が出たときに入る神官からの連絡かと思ったが、通知画面を見るとそれは璃音からのものだとわかった。
(璃音、起きたんだな・・・。)
頼輝がふふっと笑いながらメッセージを開く。
すると、そこには、

”今すぐ会いたい”

と書かれていた。
(ん・・・?
起きたばかりの璃音が昨日のキスのことを思い出して、「きゃーーーっ」て真っ赤になりながら、勢いで送ってしまった感じかな?
きっと後で「あれは忘れて!」とか言うんだろうな・・・。
可愛い・・・。)
頼輝は彼女のそんな姿を想像して浮足立つ気持ちになり、

”俺も早く会いたい
学校が終わったらすぐ行くから”

と、ゆるゆるの頬をしながら返信を入力していた。
すると、それを送信する前に、璃音から次のメッセージが来た。

”一人ぼっちは嫌・・・
お願い・・・頼輝、早く来て”

頼輝は只事ではないと勘付き、

”わかった。
すぐに行くから待ってろ”

と打ち直して返信した。
そして、授業を担当している教師に手を挙げて言った。
「先生、呼び出しが入りましたので行かせてください。」
「おう、境界守りのお役目か!
わかった、気をつけて行って来い!
今度は迷子になるなよ?」
(いや、仕事の呼び出しじゃないんだけど、璃音が心配だからそういうことにさせて貰おう・・・!)
頼輝は同級生に手を振り先生に頭を下げると、教室を飛び出し桜駒鳥の薬屋へと駆けていく。
行きと同じく、学校と家を遮る川を橋まで迂回せずに悠々と飛び越えて、普通に歩けば徒歩15分の距離を5分弱の時間で辿り着いた。
「璃音!」
頼輝が息を乱しながら桜駒鳥の薬屋の扉を開けた。
すると、いつものロッキングチェアで座ったまま目を閉じた真璃の側で、璃音が膝を抱えて泣いていた。
「頼輝・・・!!」
璃音は顔を上げると頼輝に駆け寄り、その胸に飛びついて震えながら嗚咽混じりに口にした。
「頼輝・・・目が覚めて下に降りてきたら、おばあちゃんが動かなくなってて・・・ひっく
呼びかけてもっ・・・えぐっ・・・全然返事がなくてっ・・・息も・・・してなくて・・・脈も・・・測ってみたけど、なくて・・・・・・
それで・・・私っ・・・怖くなって・・・頼輝にっ・・・・・ううっ・・・」 
「そんな・・・
・・・ばーちゃん・・・!」
頼輝が真璃の遺体を確認しようと近寄ると、テーブルの上に誰かにより開封された遺言書が置いてあった。
「璃音・・・遺言書の封を開けたか?」
「ううん、何もしてない・・・ひっく
起きてきたらもう・・・えぐっ
・・・この状態・・・だった・・・・・」
璃音はそう言って涙を散らしながら首を振った。
そして二人は暫くの間、ただ抱き合って泣くことしかできなかった。
その後頼輝は璃音をそのまま薬屋に置いてはいけないと、その手を引いて母に真璃の訃報を報せに行き、そのままの流れで葬儀となった。
結局璃音に誕生日プレゼントの髪飾りを渡すことも、告白も出来ないまま、璃音の誕生日、5月10日を終えたのだった──。
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