春雷の銀狼と華やぐ青鹿

彩田和花

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覗き穴とブラッドオレンジの夢

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ハイドとヒルデが14歳の鳩月(6月)。
梅雨に突入してジメジメした日が続いていた──。

実家のスパの手伝いで欠伸をしながら受付をしていたヌガロことガロは、親友ハイドの想い人であるヒルデが、父親が座った車椅子を押しながらスパに来たため声をかけた。
「あれ?
ヒルデがうちに来るなんて珍しいじゃん。」
「・・・ガロ。
ここってあんたの家だったんだね。
父さんが今朝の仕込み中に突然ギックリ腰になっちゃって。
診療所の先生に診てもらったら、温泉療養を勧められたから・・・。」
「そうか。
うちのスパは腰痛に効果抜群だからな。
つーことは森の青鹿亭は暫く休み?」
「うん・・・。」
「・・・あいつ・・・ハイドはこの事知ってんの?」
「・・・・・別に。
店の扉に”亭主急病につき数日休業します”って書いておいたからそれで充分でしょ。」
「いやいやいや・・・充分じゃねーし。
あいついつもお前に会いに昼飯食いに来てんだろ?
いきなりそんなんで店閉まってたらさ、すげー心配すんじゃねーの?
つか親父さんがぎっくり腰になった地点であいつを頼ればいーのに。
お前に頼られればあいつ、喜んで手を貸すぜ?」
「・・・・・。」
ヒルデは暗い表情のまま無言で俯いた。
その様子を見たガロは眉をひそめてため息をついた。
「・・・そんで、今日はどーすんの?
親父さん一人で風呂に入れる感じじゃねーし・・・。」
「あたしが介助するから個室のお風呂に通して。」
「・・・いや、でもよ。
デカい親父さんだしお前一人で介助しきれねーだろ。
うちのスタッフに介助は任せてお前はお前で女湯に入ってけば?
今日はレディースデーだから半額だし、薔薇風呂もやってるぜ?」
「で、でも・・・。
あんたって女湯を覗いたりしてるんでしょ?
ジュニアスクールのときあいつと良くそういう話してたじゃない・・・。
だからあたしはいいよ。」
「いや、ハイドに殺されたかねーし、オレはお前の裸は覗かねーから安心しなって・・・。」
「・・・それなら入ってもいいけど・・・。
父さんに聞いてみるから待ってて。」
ヒルデは車椅子で待っている父に確認しに行く。
「その兄ちゃんの言うとおりだぜ?
折角スパに来たんだ。
お前はお前でゆっくり入ってこいって。」
「うん・・・。」
父に言われてヒルデは表情を緩め、父の介助のためにやってきたスタッフ二人に頭を下げて女湯の方に向かって行った。
その様子を見送りながらガロはニヤリと口の端をあげて、近くにいるスタッフに声をかけた。
「ちょっとオレ席外すわ。
すぐ戻るから受付代わって!」
「えっ!?ちょっ、坊っちゃん!?」
すぐにヒルデを追いかけたガロは彼女を呼び止め、何かをそっと耳打ちし、走り去るのだった。

一方──。
その頃のハイドは、森の青鹿亭の前で傘を片手に顎に手を当て、更に眉間にシワを寄せて立ち尽くしていた。
「・・・この雨だし狩りも休みだから早めに小鹿ちゃんの顔を見ようと思って店に来てみれば、亭主急病につき数日休業だって?
あの親父、昨日までピンピンしてたじゃねーか。」
(・・・まさか、ヒルデの病が悪化して・・・?)
 ハイドが不安で顔を曇らせた所で、彼の使役動物である伝書鳩が雨の中一通の文を運んできた。
「お前、ガロとのやり取りに使ってる鳩じゃねーか。
雨の中お疲れさん。」
彼らは同じフォレストサイド村に住んでいるとはいえ、互いの家が村の端と端とで離れているため、ジュニアスクール卒業以降はこうして伝書鳩を使って必要な連絡を取り合っていたのだった。
ハイドは鳩の首を撫でてから足に括りつけられた筒から文を取り出した。
その文にはこう書かれていた。

─ハイドへ
ヒルデ、親父がぎっくり腰になったとかで今うちのスパに来てるぜ?
お前、今日の雨でどーせ狩りは休みだろ?
すぐに来たら良いものが見れるかもな?
ガロ─

「なんだ!
店が休みの理由って親父のぎっくり腰かよ!
くそ親父にはわりーけど・・・・・小鹿ちゃんじゃなくて・・・・・良かった・・・・・。」
彼は心から安堵しため息をついた。
「・・・つか小鹿ちゃん、家近所なんだし、親父がぎっくり腰になった地点で俺を頼ってくれりゃいーのに・・・。
車椅子を使ったとしても、一人でガタイのいい親父を雨の中ガロのスパまで連れて行くの、大変だったんじゃね?」
(・・・そんなときでも俺を頼ってくれないくらい、心の壁が厚くなっちまってるってことだよな・・・・・。
確かに、最近店でも素っ気ないし、目も合わせてくれなくなってきてたしな・・・。
もうジュニアスクールの時みたいに笑ってくれねーのかな・・・。)
ハイドはギリッと歯を噛みしめると、傘を放り出して雨でぬかるんだ地面を蹴り、親友の実家”オレンジ・スパ”へと向かって走るのだった。

ハイドがオレンジ・スパに到着すると、受付でガロが待ってましたと言わんばかりに手を振った。
「お前はえーな!
つか、びしょ濡れじゃん。
傘も差さずに来たのか?」
「ははっ、お前の言う”良いもの”が見たかったし?」
ハイドは冗談めかして答えた。
「よっしゃ。
んじゃ早速その”良いもの”が見れる場所に案内してやっか!
・・・あ、オレちょっと長めに休憩入るわ!
あと宜しく!」
ガロは先程と同じスタッフを捕まえてそう言った。
「そんなぁ~!
またサボりですか坊っちゃん!!」
「・・・いいのか?
お前ンとこの従業員困ってたけど・・・。」
「いーんだよ!いつものことだし。
今はそれよかヒルデだよ!
急がねーと見逃しちまうぜ?
オレの敷いた布石通りに絶景スポットにハマってくれるといーんだけど・・・。
早くこっち来いよ!」
「あぁ・・・。」
ハイドはガロに連れられ従業員用の通用路のようなところに入った。
そこは魔石で湯の温度を調整する器具や洗濯物を乾燥させる器具があり、そこから熱風が立ち込めており暖かかった。
「まずはこれで体拭きな?
風邪引くぜ?」
ガロは棚からバスタオルを出して親友に渡した。
「サンキュー。」
ハイドは濡れたトップスを脱いでバスタオルで頭を拭く。
「濡れた服はここに置いときゃそのうち乾くから。」
ガロがタオルなどを乾かすための乾燥器具の温風の出ている箇所を指差したので、ハイドはそこに脱いだ服をかけた。
「ここ、オレがよく使う覗きスポットのひとつなんだけど・・・こっち来な?」
ガロに手招きされて奥に進むと、ガロは突き当りから1.5m程度手前の壁の板に指をかけて外した。
するとそこには小さな覗き穴があいていた。
「覗いてみろよ。
ヒルデ、見えるか?」
ハイドはドキドキしながらその穴から壁の向こうを覗き込んだ。
すると、一糸まとわぬ姿のヒルデが真正面に座っていて、かけ湯をしていた。
「・・・・・いる。
真正面に座ってる・・・。」
それを聞いてガロはほう・・・と驚いた顔をし、ニヤリと笑って呟いた。
「・・・なんだ。
ヒルデ脈アリじゃん。」
ハイドはなぜヒルデがガロの狙い通りの席にいるのか、その理由を追求することも忘れて、目の前の光景に吸い込まれていた。
覗き穴の向こうのヒルデは、まるで見られていることを意識しているかのように頬を染め、ソワソワとしてぎこちない動きで備え付けのシャンプーを手に取り、髪の毛を泡立てはじめた。
「・・・小鹿ちゃん・・・・・すげー綺麗だ・・・。
・・・でも何でそんなソワソワしてぎこちねーの・・・?
その泣きそうなくらい羞恥してる表情、唆るんだけど・・・♥
・・・・・はっ・・・たまらなくなってきた・・・。
ガロ・・・ここで抜いていい?」
ハイドはそう言いながら大きくなり苦しくなった股間を開放すべく、親友の目の前でボトムスのベルトに手をかけた。
ガロはその様子を見るとニヤリと笑って言った。
「・・・いいぜ?
そのつもりでここを教えたんだし、オレに遠慮なく好きにやれよ。」
親友のその言葉を聞いて、
「サンキュー・・・じゃ、そーさせてもらう・・・。」
と、ハイドは覗き穴を覗いたままカチャカチャとベルトを緩め、熱り立ったものを取り出した。
ガロはそれを見てぴゅう~♪と口笛を吹いた。
「おーーっ!
・・・そんなでけーのオレ始めて見た・・・!
いーなぁ、オレのはザ・標準サイズだから羨ましいわ・・・。」
「・・・ガロのえっち♡
・・・つか、流石に完全状態の息子をガン見されてるとしにくいからあんま見ないで?」
ハイドは親友に苦笑いを向けた。
「そりゃそーか!
あんま立派なもん持ってるからつい!
んじゃオレはオレで覗いてみますか♪」
そう言って彼は別の板を外すとそこに現れた覗き穴から女湯を覗き始めた。
「おい、ガロ!
ヒルデは見るなよ!」
ハイドが親友を牽制すると、ガロは、
「わかってるって!
こっちからはヒルデは死角になって見えねーから安心しろ。
おっ・・・♡
こっちの目の前、花屋の若女将じゃん!
ラッキー♪」
そこの穴のベストポジションにいる彼女が好みだったようで、彼もベルトをカチャカチャ緩めて自分のものを弄り始めた。
「小鹿ちゃん・・・はあっ・・・やっぱジュニアスクールの時より更に胸でかくなってんな・・・。
くっそっ・・・また好きに弄くり回してぇ・・・♥」
ハイドは豊満な胸を泡で隠すようにして洗っている愛しの彼女をおかずに性器を扱きながらそう呟いた。
「何々?
お前ヒルデとエロいことシたことあんの!?」
「ん?あぁ・・・。
ネオラっていたろ?
・・・あいつに卒業式の後無理矢理フェラされそーになって、傷ついたから慰めてって言ったら・・・小鹿ちゃん自ら脱いで・・・っ・・・胸好きにしていいよなんてっ・・・言うから・・・触って舐めてから、パイズリしちまった・・・
はあっ、はあっ・・・
あん時は今よりも胸が小さくて、手で肉をギュッと寄せねーとっ、チンコ・・・挟まらなかったけどな・・・。
しかも、そこまでしていいなんて言ってないって怒られて、イクところまでさせてもらえなかったけど・・・すげー可愛くて、やたらと気持ちが良かった・・・。」
「ヘェ~・・・初耳!
そこまでシてんのにっ・・・くっ・・・何でお前ら上手くいってねーんだよ・・・はあっ・・・」
「それは・・・それだけは・・・お前でもいえねー・・・」
ハイドはそう言うと辛い現実を思い出したのか、影を落として股間を弄る手を止めた。
それに伴いガロも弄る手を止めて、珍しく真面目な顔でこう言った。
「・・・・・。
お前らの間に何があるのかわかんねーし、軽々しく人に言えることじゃないのならそいつは別にいいさ・・・。
でも、お前の目の前には今”裸のヒルデ”がいるんだぜ?
”お前に見られてるのがわかってんのに、それでも裸でいるヒルデ”が。
その意味をよく考えてみろよ。」
「・・・どういうことだ?」
「お前が来る前にヒルデに言ったんだよ。
”これからハイドが女湯を覗きに来るかもしれねーぜ?
壁沿いの一番奥から3番目の席に気をつけな?”
ってな。
今日はレディースデーで薔薇風呂もやってるから、年寄りだけじゃなく若い女もいっぱい来てる。
お前に用意された覗きの指定席に、もしもいい女が座ったら・・・なんて、ヒルデは焦ったんじゃね?
要するに、”自分以外の裸をお前に覗いて欲しくない”ってのが、裸になったヒルデの本音なんだろ。」
「・・・・・!!」
ハイドは親友の言葉に息を飲んだ。
「何らかの障壁がお前らを隔たっているとしてもだ。
こうして裸になってみれば、ヒルデが普段隠してる”お前の欲しいもの”だって浮き彫りになってくるんだよ。」
「・・・・・なるほどな・・・。
だからあんな顔赤くしてぎこち無く身体洗ってんのか・・・。
・・・・小鹿ちゃん、今、俺に裸見られててどんな気持ち?
実はあそこ、ぐちょぐちょに濡らしてんじゃねーの?
っく・・・!」
ハイドはそう呟くと、再び股間を扱き始めた。
「そうこなくっちゃ・・・!」
それを見て、ガロも再び覗き穴を覗き込んで自分のを扱き始めた。
壁の向こうのヒルデは戸惑いながらも石鹸を泡立てた指を足の付根に滑り込ませる。
「くあっ・・・小鹿ちゃん・・・小鹿ちゃん・・・はあっ、はあっ・・・
その、大事なところ、俺にもっと見せてよ・・・小鹿ちゃん・・・!」
限界が近くなったハイドは手の動きを早め、せわしなく声をあげた。
「はっ、はっ、はっ、はっ・・・ヒルデ・・・俺のっ・・・ヒルデっ・・・!」
隣の親友も限界が近いのか、追い込みに入って息を荒らげた。
「・・・はっ、はっ、はあっ・・・オレも、そろそろ出るわ・・・」
「くっ・・・はっ・・・うっ・・・あっ・・・ヒルデ・・・!ヒルデ・・・!!んうっ・・・・・!!!」 
二人の少年はほぼ同時に精を放ち、まだ荒い息をつきながら顔を見合わせ、ニッと笑いあうのだった。

その後少しして──。
ハイド、ガロ、それぞれの対象が身体を洗い終えて湯船の方へ戻ったため、覗き穴は板を被せられて元通りの壁になっていた。
ハイドはすっかり乾いた服を着ながら言った。
「ガロ。
お前のおかげで、ヒルデの壁の向こうの、俺の知りたい本音を知ることができた。
俺、ここずっとヒルデに素っ気なくされてて、あいつのことを諦めるつもりはさらさらないけど、それでもどうアプローチするのが正解なのかわかんなくなっちまって・・・性にも無く凹んでた。
でも今日ので、ヒルデが本音では俺の好意を求めてることがわかったから、また前を向いて懲りずに壁を叩き続けることが出来る!
サンキュー!」
「そっか。
それなら、オレのとっておきの覗き穴、お前に教えた甲斐があったぜ!」
ガロは嬉しそうに笑った後、口元を引き締めて更に続けた。
「・・・覗きなんてのは邪道だとか世間に恥ずかしい真似だとか親父には散々言われっけどよ。
覗き穴がなけりゃ、お前の勃起したものがかなりデカいことを知ることも無かったし、ヒルデの本音だってあぶり出せなかった。
オレは、風呂ってのは、身体だけじゃなく心も裸になれる特別な場所だと思ってる。
だからこそ覗く価値があるってもんだろ?」
「・・・そうだな。
少なくとも俺は今日、小鹿ちゃんの裸を覗いて救われた。
それにお前と一緒の空間でシコるのとか、冷静なときなら気持ちわりぃと思う行為だろうに、予想外に楽しかった!」
とハイドは笑った。
「オレも。
男って基本同性の性器嫌いじゃん?
でも不思議とお前に対して嫌悪感はなかったよ。
むしろ、お前が本気でヒルデが好きなんだなってわかって、恋を応援する気持ちが強くなった。
そんなダチにこんな田舎で出会えるなんて、オレは運が良かった。
その大事なダチだから、オレの夢の話をする。
聞いてくれるか?」
「ガロの夢・・・?
・・・・・わかった。」
ハイドは口元を引き締めると親友を見た。
「うちのスパ、フォレストサイドじゃ一番老舗だけど、あとから出来たスパに客をどんどん取られてて、今みたいな一般的なサービスだけじゃ、先がないと思う。
だからオレの代になったら、何処もやらないよーなことを新しく始めてみたいんだ。
さっきも言ったけど、風呂ってのは、身体だけじゃなく心も裸になれる特別な場所・・・。
でも、大衆浴場って男女の間が分厚い壁で仕切られてるだろ?
その壁を取っ払って、気持ちのいい空の下、恋人同士でセックスしてもいいし、他人の行為を覗いてもいい。
そう言ったプレイを公的な管理の元で安全に楽しめる・・・。
そんな特別な風呂が作れねーかなって思ってる。
だけどそのためにはもっと性を扱う現場を知る必要があると思ってさ。
16になったら色街のスベイルに旅立とうと決めたんだ。
色街ってのは16にならねーと入れないからな。
そこで下働きでも何でもして、沢山その世界に触れて知識を得たなら、またフォレストサイドに戻ってくるよ。
だから、オレが旅立つまでには、お前らくっついててくれね?
じゃねーとオレ、心配で後ろ髪引かれちまうからよ。」
「・・・・・ガロ・・・・・。
・・・・・わかった。
お前の16の誕生日までにはヒルデとつがいになるって約束する。
お前が夢に向かって気持ちよく旅立てるようにな!
そんで、お前の夢が叶う頃には・・・ヒルデと夫婦になってるかな?
もしかしたら子供もいるかもな?
そしたら夫婦でその混浴風呂に通うよ。
こいつも約束する。」
ハイドはそう言うとニッと笑って右腕をガロに向けた。
「はははっ!
お前らみたいな美形の夫婦が頻繁に来てくれたら、それだけで客寄せになるから助かるわ!
そんときゃ是非宜しく頼む!
親友!」
ガロも右腕を出してクロス当てを交わすのだった。


─追記〈春雷の銀狼 オレンジ・スパでアルバイトをする〉─

その日の帰り際、ガロが言った。
「ハイド。
暫くは雨が続きそうだし、他に予定が無いのならうちのスパでアルバイトしねーか?
ヒルデ、明日も親父さんの療養に来るだろーから、そしたらまた覗けるかも知れねーぜ?」
「いや、ヒルデの性格を考えるとそう何度も覗きスポットにハマってくれねーんじゃね?
俺がバイトしてるって知ったら尚更にな。」
と苦笑いするハイド。
「あーそれもそうか・・・。
普段の昼間の女湯は、暇なばーさんたちくらいしかいねーし、ヒルデが女湯に入ったとしても指定席には座らねーか。
・・・それなら個室風呂を覗いてみるか?
個室は恋人同士の逢い引きの場所としてよく利用されるから、覗くと高確率でヤってるんだよ。
セックスを見るのは迫力もあるし興奮するぜ?
たまにスゲーマニアックなプレイをしてる客もいるけどな!」
「セックスか・・・。
興味ある!
バイトやるわ俺!」
「そーこなくっちゃ!
じゃ、親父に話通しておくから!」

というわけで、春雷の銀狼は翌日から梅雨期間の狩りが休みの間だけ、オレンジ・スパでアルバイトをすることになるのだった。
だが、見た目のいい彼はガロと共に受付に配属されてしまい、昼過ぎに親父の付き添いで来店したヒルデにバイトしていることが即バレてしまった。
ヒルデの父ルルドは、昨日の湯治によりぎっくり腰による腰痛がかなり回復したのか、今日は車椅子無しでヒルデに少し肩を借りるだけでオレンジ・スパまで来れており、受付にハイドの姿を見て「ケッ、どこにでも現れる害獣めが。」と悪態をつく元気もあった。
そして、ここのところずっと必要がなければ話しかけてこなかったヒルデが、受付に立つハイドの顔を赤くなって上向き加減にじーっと見つめながら小さな声で尋ねてきた。
「・・・あんた、昨日女湯覗いたでしょ・・・。」
「いや・・・?
昨日はバイトの話を聞きにここには来たけど、話が済んだらそのまま帰ったぜ?
何で?」
と、ハイドはすっとぼけた。
「嘘・・・。
ガロがあんたが覗きに来るって言ってたし、昨日あたしが身体洗ってるときにも壁の向こうで何かはぁはぁしてるのと、せわしなく名前を呼ばれてるのが聴こえたのよ・・・。
そんなことしそうなの、あんたくらいでしょ?」
ヒルデは疑いの眼差しをピリピリとハイドに向けたままそう言った。
「・・・いや、気のせいじゃね?
何?それじゃ小鹿ちゃん、俺に覗かれてると思って興奮しながら身体洗ってたわけ?」
彼はニヤニヤしながら大好きな彼女をからかうと、おでこに軽くデコピンした。
「ちっ、違うわよ・・・!!」
プイッとそっぽを向くヒルデが可愛くて、ハイドはクックッと笑った。
こういうやり取りは本当に久しぶりで、ハイドは嬉しくて実のところちょっと泣きそうだった。
「お前らのそーいうやり取りジュニアスクールぶりに見たわ!
あぁ~あついあつい!
・・・で、今日は親父さんどーすんの?」
横からガロが声をかけた。
「・・・今日は自分で男湯に行けるから介助の人も要らないって。」
ヒルデが答えた。
「小鹿ちゃんは?
女湯に入ってくのか?」
ハイドが尋ねると、ジーッともう一度彼を睨んだ後に彼女は答えた。
「・・・・・今日はロビーで本を読んで父さんがあがってくるまで待ってる。」
ヒルデは男湯の代金だけ支払うと、ロビーに行ってカウンターの近くの席に座り、本を開いた。
ルルドは腰に手を当てつつ男湯の方へ消えて行った。
ガロはロビーにいるヒルデに聞こえないよう声をひそめてハイドに話しかけた。
『やっぱり女湯はパスされたな。
でも親父さんのあの様子じゃ、明日くらいには青鹿亭営業再開できるんじゃね?』
『そーだな。
お前んちの温泉かなり効いたみてーだし、スパ通いも今日で終わりだろーな。』
『じゃあどーする?
バイト今日だけにするか?』
『いや、青鹿亭にはバイトの後に顔出せばいいし、梅雨の間はバイトするって約束だからバイトはさせて?
個室風呂のセックス覗いてみてーし!』
『このスケベが!』
『だってさ、小鹿ちゃんといつかするときのための後学にもなるじゃん?
セックスの勉強なら積極的にしときたいの俺。』
彼らがこそこそとそんな会話をしているのを、ヒルデはロビーの席でジト目で見ていた。

そこへお色気をむんむんと放った妖艶な美女と、ギャングのような雰囲気を持つ強面の男がやってきて、個室風呂を指定して鍵を持って去って行った。
『・・・親友、チャンスだぜ?
あの美女があの強面のおっさんとヤってるところ、覗きに行くか・・・!?』
『おうとも・・・!』
二人は互いに頷き合いこっそりとクロス当てを交わす。
ガロが通りすがりの例のスタッフの首根っこを捕まえて言った。
「オレ、こいつに風呂掃除教えてくるから受付変わって?」
「はぁ!?
坊ちゃんそんなこと言ってまたサボりでしょーが!」
「ちげーよ?
ちゃんと仕事だって!
こいつも受付ばかりじゃなくて裏方も覚えなくちゃいけねーじゃん?」
そんなことを言いながら受付から去ろうとする二人をヒルデが焦ったように見て、追いかけるように席を立つとハイドの袖を掴んで言った。
「あっ・・・あたし・・・やっぱり女湯に入る・・・。」
ハイドは真っ赤になって消えそうな声で言う彼女に驚き軽く目を見開くが、すぐにニッと笑うとこう言った。
「・・・そっか。
でも俺ら受付離れるから、それはあのにーちゃんに言いな?」
すると、ヒルデは眉を潜めたままで戸惑いながら、声を震わせてこう言った。
「・・・壁際の奥から3番めの席に今日も座るって言っても・・・あの人を覗きに行くの?」
「・・・。」
ハイドは、耳まで赤くなって自分の服の袖を掴んだまま涙ぐみ、一生懸命に自分を引き留めようとする愛しの彼女に溜まらなくなり、その手をガシッと掴んだ。
「・・・ガロ、すぐに追うから先に行っててくれね?」
ハイドはヒルデを見つめたまま親友に言った。
「ん、りょーかい。」
『上手くやれよ?』
ガロはそう耳打ちすると個室風呂のほうへ歩いて行った。
「小鹿ちゃんさ・・・何か勘違いしてねーか?」
「か、勘違い?」
「そう。
俺、別にあの女の客が一人なら、ガロに誘われたって覗こーとは思わねーぜ?
だって俺小鹿ちゃんの裸にしか興味ねーし。」
「えっ、ど、どういうこと・・・?」
「さっきの客が恋人同士だったから興味が湧いたんだよ。
恋人同士がヤってるところを覗いたなら、俺とお前にその姿を置き換えて思い切り興奮することが出来るだろ?
昨日の今日で小鹿ちゃんの裸をよーく覚えてる今ならかなり高度な置き換えが可能だしな・・・クククッ!
それに、いつか小鹿ちゃんとセックスするときの為、他人の行為を覗いて勉強しときたいっていうのもあるし?」
「えっ・・・ええっ!?
はあぁっ!?」
ヒルデは彼のあまりのトンデモ発言に素っ頓狂な声を上げた。
「だから小鹿ちゃんは嫉妬する必要もないし、何も心配しなくていーぜ?
つー訳で、俺は将来役立つセックスの勉強をしに行ってくるから!
じゃーな!」
「えっ!?ちょっ、ちょっと!
それってやっぱりあんた昨日あたしのこと覗いてたんじゃない!!」
「あっ・・・バレちまった!?
昨日は大変眼福だったぜ!」
と言うと、両手を合わせて拝んで見せた。
「じゃーまた店に食いに行くから!
セクシーなパンツ履いて待ってろよ!」
と言って、不意打ちで軽く唇にキスをして走り去って行くのだった。
「・・・将来・・・あたしと・・・セックス・・・。
そんなこと・・・あるわけないのに、バカなやつ・・・。」
その場に取り残されたヒルデは影を落としてそう呟くが、その影は恥じらいとさっきキスの暖かさにより緩んでなんとも複雑な表情になり、走り去る彼をただ見送るのだった。
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