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公爵邸
しおりを挟む「ーー…たった半年だ。お前たちの仲をどうこうするつもりは向こうにもない。妹が増えたとでも思えば良いだろう」
「断れない理由が?」
「ない。憂いを残したくないだけだ」
「…」
何が憂いだ。こっちの台詞だろう。
たった半年?妹?
卒業まで一年もないのに。
暗部教育まで漸く終わり結婚式まで穏やかに過ごしてほしかったのに。
共に立てばそれだけの道ではなくなる。
嵐の中を進んで凪いだ海を懐かしく思っても立ち止まる事はできない。
沈ませないために覚悟を持って突き進むしかない。
得難い存在に幸運にも出会えて、長い時をかけて確信を得た。
ティアリアとならどんな困難だって道を示してみせる。
そのための最後の、時間なのに。
何故、今なんだ。
「…」
「レオニール」
「王命にしてもらえませんか。それなら職務と割り切ってお受けしますよ」
父も公爵もーー宰相は終始無言だったがーー何も言わなかった。
先触れのない事と邸を汚した事を侘びながら客間で愛しい人を待つ。
後ろで護衛も兼ねる側近がぶつぶつ文句を言っているが無視だ。
肌触りの良いタオルの隙間から雫が落ち、湿った洋服がソファーを濡らす。
専用に誂えてくれた客間は俺好みの空間だ。
いつも清潔で適度な温度を保ち、ほのかに香るプリムローズはティアリアが生けている花。
俺のいない時でも毎朝欠かさず。
『一日の始まりにニール様を思って、ニール様を思いながら一日を終えるんです』
当たり前の事だというように。
頬をわずかに赤らめながら俺を見あげた。
愛らしさに理性がどうにかなりそうだった。
それが今日もそこにある喜びに震えて、もたげる不安を両手で握り潰す。
ーーいつから知っていたのか。
何故俺は気付かなかった。
ーー泣いていたのではないか。
何故俺はぬぐえなかった。
ーーどんな気持ちでいたのか。
何故俺は傍にいなかった。
ーー眠れない夜を、朝を、繰り返していたのではないか。
何故俺は、抱きしめてやらなかった。
「ーーアシュトン。」
「はい」
「お前は知っていたのか」
「恥ずかしながら。申し訳ありません」
「…」
「上だけで調整したんでしょうね。すべて済んだから殿下へ落とした。…まったく大した外交手腕だ。どこかから漏れてもおかしくないのに徹底した箝口令まで」
「療養、と父上は言っていた。…調べられるか?」
「やります。国内の身の程知らず令嬢が鳴りを潜めたと思ったらコレですからね。はっきり言ってヴァリシールも第三皇女もノーマークでしたけどこの時期に殿下を狙うのはやはりおかしいですから。」
「……頼む」
「お任せを。陛下へは流石に不敬なんであの宰相にやり返してやりましょう。
殿下はくれぐれも隙など見せないように。目的が判明しないうちは慎重に慎重をですよ。
ヘタれてないでティアリア嬢の事だけ考えましょう。」
「分かってる。…アシュトン」
「はい」
「さり気なくティアの名前を呼ぶな」
「その調子だ、レオ」
宰相子息でありながら剣の腕も立つ側近の、
友人らしい軽口に少しだけ強張りが緩んだ気がした。
それを待っていたかのように、ノックの音がした。
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