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ティアリア・リルムンド
しおりを挟む「お嬢様。王太子殿下がいらっしゃいました」
「…ありがとう」
雨音に混じり馬の嘶きが聞こえた気がしたから、
装いは控えめでも、仕度をしていて良かった。
廊下に出れば冷え冷えとしていて思わずショールを握ってしまう。
…部屋は暖まっているかしら。
執務を放って、護衛を振り切ってしまったのならお詫びしなければいけない。
ミラー公爵子息様が随伴されているとは思うけれど。
利口な愛馬と、慣れているとはいえ濡れた道路は危険だと言ったのに困った方だと苦笑が漏れる。
胸が詰まる。
それでもきっと貴方は来るだろうと思っていたから。
「お風邪を召されたら大変です。…ニール様」
短い距離を駆けてきた貴方の頬が冷たくて、
胸が詰まった。
「ティアリア、」
「はい、ニール様」
「…っなぜ、」
「心を砕いてほしいと。」
「っ」
「父より陛下のお言葉を賜りました。」
「…そんな必要はない」
肩に乗るタオルで濃くなった金糸の髪を拭こうとした指先を掴み、美しい表情を歪めた。
「…私はレオニール王太子殿下の婚約者です」
「俺の唯一だ」
「殿下が国のためお心を砕くなら、私は殿下のために心を砕きます。誰のためでもなく、…今はまだ、……ニール様のためだけに、っ」
視界の隅に白い陰が舞い、抱き込まれた腕の中は陽だまりのようにあたたかい。
「ティアリア」
「…ニール様」
「愛している」
「私も愛しています」
「、ティア…っ」
何より安心できる、唯一の場所。
どれくらいそうしていただろう。
旋毛にやわらかい唇が触れた時、
「…あー…お二人とも、…そろそろ離れて、座っては?」
呆れた声が、「ティアリア嬢ついでに、ちょちょいと乾かしてもらえたら助かります」と続いた。
「!失念しておりました、ごめんなさいニール様」
「…このままでいい」
「殿下はほっといて。お願いします」
「アシュトン空気を読め。ティアの名を呼ぶな」
私はくすくす笑いながら仲の良い二人に風を送り、
冷めてしまっただろう紅茶を温め直した。
「おーあったかい…いつ見ても便利ですねぇ…」
「恐れ入ります。…ニール様?座りましょう?」
ややあって離れた顔は不貞腐れた子どものよう。
「前回ご用意できなかったニール様のお好きな茶葉です。…一緒に飲んでくださいますか…?」
「…わかった」
愛おしさに笑みが浮かべば、その表情のまま触れられた額が熱を持つ。
手を引かれソファーに向かいながら、
どうしようもない苦しさが潜む心は溢れないよう胸をそっと押さえた。
ーー400年前。
世界の覇権を争う大きな戦が起きた。
解決に導いたのは膨大な魔力を有し、現存魔法唯一の全取得者。
無詠唱の大魔法使い、ティリス・リルムンド。
当代リルムンド公爵家当主エメリッヒ・リルムンドの息女ティアリアは、
始祖の名に恥じない魔力量と知識を持っており、
エターナリア王国王家が彼女を欲した一番の理由もそこにあった。
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