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アシュトン・ミラー

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紅茶は香りを楽しむものだと思っている。
味なんてほぼ無いに等しい。

蒸留酒ブランデーを数滴滴らせば美味いけれど。


目の前の二人が気が済むまで睦み語り合い、そのあとの憂鬱な時間話し合いのために今は我慢だ。






ヴァリシール帝国は広大な国土を保有しているが豊かな土地が多く、内需が六割を占める。
好戦的な指導者がいたのは三代前まで。王妃陛下の実兄である現皇帝も平和的な人物だと聞く。

交易や軍事、外交レベルでは目立った問題はないと思っていたが。
人的交流もない訳ではないが、正妃の祖国ガナルカス公国を挟んでいるため、そこを無視して派手にはできないはずだ。

仮に皇帝の寵愛を受けている側妃だったとして。
正妃を蔑ろにするなどあり得ない。一国の後ろ盾以上のものなどないはず。


フランセスカ・イルミナ・ストラド・ヴァリシール。
齢十六。母親は第二側妃。正妃を母に持つ皇太子ともう一人の異母兄弟、第一・第三側妃の異母姉妹。



…何故陛下と宰相は受け入れたのか。
本当に何故、何故、だ。
来年のレオとティアリア嬢の成婚は国民含め皆が待ち望んだ慶事なのに。

目前に迫るこの時期に療養を兼ねての留学。
しかもレオに相手をさせるとは。
毒にも薬にもならない相手だ。というかむしろレオにとっては毒虫以下だろう。
結婚前に形はどうあれ他の女をあてがわれるなど俺だってお断りだ。


否を叩きつける事は容易くはなくとも難しい事ではないはず。なのに受け入れた。何故だ。
弱みでもあるのか。それか否を流せるほどの強みが。


一国の姫と立場は違えどティアリア・リルムンドは
美貌、素養、教養すべて備えた未来の王妃たる女性だ。
加えて大魔法使いが興した由緒ある名門公爵家の長女。
一族どころか国を抜きん出る能力。
始祖に及ばずとも遜色ない使い手。
聖女だなんだとそんなものに頼る必要もない。
彼女を筆頭とした優秀な使い手はすでにいるのだから。


憂慮すべき事があるのならーー。


レオへの愛が深すぎる点か。
もちろん悪い事とは言い切れないが、
レオのためならば簡単にその身を手折ってしまいそうな危うさを孕む。


どれだけ立派に咲き誇る花でも、
土が腐れば枯れて嵐が吹けば散ってしまう。

砂漠に咲く花もあるというが。
温室育ちの花は水を与えられなければ咲いてはいられない。



「ーー…どうかされましたか?ミラー公爵子息様」

「……どうぞアシュトンと。何度も言ったでしょう、学友でもあるんですから」

「ふふ、そうでした。…ではお言葉に甘えて、アシュトン様と」

「えぇ。…ぐっすりですね。」


起きてたら切りかかってきたかもな。
起きたあとでもしそうだが。


「昨夜は遅くまで執務をされていたようで。
疲れていらっしゃるんでしょう。…なので少しだけ、ちょちょい、と」


綻ぶように微笑んだあと慈しむような表情を向ける男の隣で。


「……お守りしますから。」


願わくばずっと、そうしていてほしいものだ。

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