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侯爵家侍女
しおりを挟む刑期は八年以上十五年未満の不定期刑。
あたしはただ頭を下げていた。
「ーーーー元気かい、カヨノ」
判決後すぐではなく、明日労働場へ移送されると言われた。
ここで待つようにと指示された部屋でテーブルを見つめていると、今までの人生が浮かび上がってくるようだった。
真っ白なテーブルが埋められてゆく。
ぽたりと落ちる涙がそれを歪める。
あたしが泣いたって意味はないし価値はない。
知ってるけど止まらないのだ。
叫んで走って逃げ出したくなる。
あたしの存在も命もつまらないものだ。
なのにあたしは生きていて、ルコラ様は死んでしまった。
旦那様が殺したって?
違う、あたしが殺した。
あたしたちが、殺した。
騙すほうが悪い。その通りだ。
でもそうじゃない。
馬鹿な操り人形になったからって、それがルコラ様になんの関係がある?
どんな不幸を背負っていたって、
どれだけ不利益を被っていたって、
それがひとを虐げていい理由にはならない、どんな事情があったって。
だってそうでしょ?
操られていた。騙されていた。どうしようもなかった。
ーーだからしょうがないね、って。
いじめられても、痛めつけられても、傷つけられても、
殺されても、
しょうがないねって、誰が思える?
かわいいルコラ様。
みんな愛していた。
奥様が亡くなられてしばらくはひとりで眠ることができなくて、せがまれてよく一緒に眠った。
やわらかいベッドで、あたたかい子どもの体温。
あたしの誕生日には手紙と髪飾りをくれた。
そんな場面が、あたしの汚れた涙で歪んでゆく。
はっきりと思い出せる記憶はそこまでで、そのあとのことは灰色だ。
でも毎日少しずつ思い出している。
ふと呼ばれた声に顔を上げれば、父さんが立っていた。
「ーー父さん、」
「温情だろうね。希望した家族とは面会させてくれるって話だから来たんだよ。最後になるだろうからね」
最後。
それは、どっちの。
「母さんは知っているだろうが来られない。こうなって、さらに弱ってしまったよ。
……長くはないだろうと、ジュバル先生が仰っていた」
「…っ、…ごめ、「カヨノ。」
父さんが貼り付けたような笑顔で言った。
「お前は何が不満だったんだろう」
なにか、よくないことの前触れのように。
「魔術師様がね、教えてくださったんだ。
邪悪な魔術だからもちろん抗えないということは前提にあるけれど、……皆、何かお嬢様に抱えていた思いがあったようだ、とね。
お嬢様本人だけでなく、周囲にまつわる思いが。
それらすべてがお嬢様に向けられた。
……負の感情らしいが……お前は、何を思っていたんだい?
それだけ聞きたくて来たようなものなんだ」
「ーー」
「平民のお前が努力を認められて、お嬢様の侍女まで務めることになったときは誇らしかった。
母さんと涙を流して喜んだよ。
滅多に会うことは叶わなかったがお前の手紙はいつでも母さんの希望だった。」
「あたしは、ただ、」
「お前の姉は離縁されて戻って来たよ。」
「…っ」
「大きな事件だ。とても恐ろしく、とても哀しい事件だ。国中に周知されたからね、当然だが父さんたちはもう町に住んでいられない。
……食料品を売ってもらえないんだよ。
となり町に行くんだが、乗り合い馬車にも乗せてもらえなくてね。パンひとつ買うだけで一日が終わるんだ」
穏やかな口調が知らしめる。
あたしの罪を。
「ジュバル先生に見捨てられなかったのがせめてもの救いだ。母さんのために、父さんとお前の姉は耐え忍んでいる。」
「…っごめんなさい…っ!…あたし、あたしはただ、…うらやましいって思っただけなの…!それだけなの…っ!…だからってルコラ様をどうにかしたいなんて思ったことは一度もない…ッ!」
やわらかいベッド。
すべすべした、爪のさきまで綺麗な手。
赤切れて、ザラザラした自分の手が汚いもののように思えた。
まだほんの子どもだったルコラ様に、理不尽な妬みを抱いてしまった。
「…………うらやましい、か。……子どもは生まれてくる親を選べないからね……裕福な家でなくてすまなかったね。」
「ちが…っ、父さん…っそんなこと思ってない!」
「そろそろ行くよ。」
「!やだ…っ父さん信じて!ごめんなさい…っでもそうじゃなくて、あたしはほんとうにそんなこと…思って、ない…」
「……お詫びに行かなければと思ってね、お嬢様の眠っておられる場所へ向かったんだが。
……敷地に入ろうとすると足が動かなくなってしまったんだよ。
不思議だった。見えない力に拒絶されてるようでね……来てくれるなと、思われたんだろうね」
「…っ、とう、さ、」
「お前も行かないほうがいいよ。……要らないと、わかっているだろう?」
父さんはもう、目を合わせてくれない。
「…母さんに…っ姉さん、「さよならカヨノ。」
なんの価値もない涙。
「ひどい父だと恨んでおくれ。お前の思いを父さんだけに向けておくれ。ひとを羨んではいけない。妬んではいけない。自分の足もとだけを見て、立つんだよ。身体に気をつけて、生きなさい」
誰にも知られたくなかった罪。
多くを犠牲に、あたしのような人間が生き残る。
しょうがないねなんて、思うひとなどひとりもいない。
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