22 / 40
16.
しおりを挟む「ーー…ッブライス!何があーー、っ、!」
近寄ろうと踏み込んで弾き返される。
声も届いていない。防音もかけてるのか。
俺では解けない。
「ブライス…ッッ!…くそ…ッ治癒師を連れて来い!魔力のある者全員だ!侯爵に連絡を!」
「は…!」
かき集めても、血塗れで塊を抱きしめている男には到底敵わない。魔力も人も少なすぎる。
首から盛り上がるようなかたちで上半身を氷漬けにされているのは。
ブライスがどうしても会いたいと願った人物。
いったい、何が。
「……何が起きた。見たことを話せ」
周りにいた騎士に声をかければ、答えたのはブライスの護衛だった。
「……畏れながら王太子殿下に申し上げます。
おふたりで会話を楽しまれていたように見えましたが、急にご令嬢が立ち上がり声を荒げたため、お側に寄ろうとしたところブライス様に止められました。……そのあと、」
詰まらせる護衛に先を促せば、信じられない言葉が続いた。
「令嬢自身が…?」
「……はい、ブライス様が顔を背けた一瞬の隙であったかと。……申し訳ございませんでした」
ルコラ・クレソン侯爵令嬢。
挨拶程度にしか話したこともない。
次期当主として存在は知っていたがそれだけだった。
今回の件がなければそれはきっと変わらなかっただろう。
おなじ学園に通っていながら、何も気づかなかった。
『蠱惑魔法……?魅了と何が違うのだ』
『差異はないのですが蠱毒の悍ましい製造方法になぞり、特に悪質と思われるものをそう呼んでおります。
ロレイン・クレソンとその母アニタはーー…恐らく昔から限定的にその力を使っていました。ただ自分たちが怠惰に、欲のまま生きるために。
……ですから当事者以外気づかなかったということも、おかしなことではないのです。』
『…』
最後の部分で控えめに一瞬こちらを見やり、陛下に視線を戻す。
『敢えてそうしていたのだし、そうしなければ自分たちが危なくなることも知っていた。
悪質と申し上げたのはそういったすべてを含めております』
ブライスとは昔馴染みだ。
何度か彼の国に魔法について学びに行ったことがあるし、王太子や妹である妃を含め懇意にさせてもらっているが俺はブライスといちばん気が合い、お互い砕けた口調になるのも早かった。
中々実現しなかったこちらへの誘いも今回漸く叶い、彼は初めて訪れたのだ。
ただ観光に、というわけにはいかなかったが。
話を聞いていた陛下も皆も強く顔を顰めた。
魅了など忌むべきものなのは誰もが知るところ。
ただ、ブライスだけの意見を汲むことはできるわけもなく、こちらでも監視や独自の調査をしてから、と陛下は言った。
結果、クレソン家の後妻親娘は真に悪人で、寄生虫のような人間だった。
すべて辿れたわけではないが、平民のときに生活をともにしていた人間はすべて死んでいた。
全員病死。
男ばかりではない。時には女。時には老人。
共通していたのは皆、ある程度裕福だったということ。
地に足をつけ慎ましく、暮らしていたということ。
噂になるようなことのない目立たない人間で、孤独だったということ。
そんな彼らの幽かな隙を見つけ、病魔を植えつけた。
健康そうに見えてその内は、喰い破られた巣窟。
宿主が衰弱していけば、次へ。
そうしてついに、理想の寄生先を見つけたのだ。
ーー出仕した侯爵代理は、『娘は元気にしております』とくり返していた。
何も知らなければそうか、で済んでいただろう。
だが知ってしまったあとでは疑念と恐怖が浮かぶ。
どちらを、指している。
笑顔の侯爵代理が、恐ろしかった。
クレソン侯爵令嬢には友人がいて、学園では楽しく過ごしている様子が窺えた。
邸に人間を潜り込ませるのは簡単だった。
そこでの暮らしと、異様な空気。
反応する魔道具。
一度や二度では駄目だ。
くり返してその回数が二桁を超えたのを確かめ、いよいよかというときにブライスが言ったのだ。
クレソン侯爵令嬢に会いたい。
会って事情を、説明したい、と。
対応には慣れているからとか何とか、場所の指定も、必死に言い募る様にも思うところはあったがーー公になれば騒がしくなることは避けられず令嬢自身への聴取など、王都を離れることも難しくなる。
そうなる前にと陛下が許可し、ちょうど視察に行くことになっていた俺の予定にバーンズグール家の領地を組み込み、
戻り次第捕えることになっていた。
ーーーーのに、なぜ、こんなことに、
駆けつけてきた者たちとどうにかしようとするも壁は立ち塞がったまま。
治癒が効いているのかもわからない。
令嬢の身体は徐々に氷に覆われてゆく。
護衛によれば負傷してるのは首。
出血を止めるために体温を下げようとしているのか。
……だがその量は、「ーーキュリオ。」
空間は解けないのにそれを切り裂くような重苦しい声が鼓膜に響き、それがひとつの場面を呼び起こした。
『ーー…なあ、ブライス』
『なに?』
『なんでその場所を選んだんだ?…まぁ景色も良いし、友人同士気晴らしにもなるだろうが』
『……海があるから』
『あぁ、…?クレソン侯爵令嬢は海が好きなのか?誰に聞いたんだ?』
『わからない』
『は?』
『…』
『…ブライス…?』
『……誰に聞いたんだろう、……誰かに、たしかに、……』
不可解な会話。
お前は、何をーー。
ブライスは血に染まった凄絶な姿をさらし、頼みがある、と俺を見た。
62
あなたにおすすめの小説
アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
失踪していた姉が財産目当てで戻ってきました。それなら私は家を出ます
天宮有
恋愛
水を聖水に変える魔法道具を、お父様は人々の為に作ろうとしていた。
それには水魔法に長けた私達姉妹の協力が必要なのに、無理だと考えた姉エイダは失踪してしまう。
私サフィラはお父様の夢が叶って欲しいと力になって、魔法道具は完成した。
それから数年後――お父様は亡くなり、私がウォルク家の領主に決まる。
家の繁栄を知ったエイダが婚約者を連れて戻り、家を乗っ取ろうとしていた。
お父様はこうなることを予想し、生前に手続きを済ませている。
私は全てを持ち出すことができて、家を出ることにしていた。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
最後の誕生日会
まるまる⭐️
恋愛
「お父様のことを……お願いね……」
母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。
それから8年……。
母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。
でも、それももう限界だ。
ねぇ、お母様。
私……お父様を捨てて良いですか……?
******
宮廷貴族ゾールマン伯爵家の娘アイリスは、愛する母を病気で亡くして以来、父ヨーゼフと2人肩を寄せ合い暮らしてきた。
そんな日々が続いたある日、父ヨーゼフはいきなり宰相から筆頭補佐官への就任を命じられる。それは次の宰相への試金石とも言える重要な役職。日頃からの父の働きぶりが認められたことにアイリスは大きな喜びを感じるが、筆頭補佐官の仕事は激務。それ以来、アイリスが父と過ごす時間は激減してしまう。
そんなある日、父ヨーゼフは彼の秘書官だったメラニアを後妻に迎えると屋敷に突然連れて帰って来た。
「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだ! これでもう寂しくはないだろう?」
父は満面の笑みを浮かべながらアイリスにそう告げるが……。
私は『選んだ』
ルーシャオ
恋愛
フィオレ侯爵家次女セラフィーヌは、いつも姉マルグレーテに『選ばさせられていた』。好きなお菓子も、ペットの犬も、ドレスもアクセサリも先に選ぶよう仕向けられ、そして当然のように姉に取られる。姉はそれを「先にいいものを選んで私に持ってきてくれている」と理解し、フィオレ侯爵も咎めることはない。
『選ばされて』姉に譲るセラフィーヌは、結婚相手までも同じように取られてしまう。姉はバルフォリア公爵家へ嫁ぐのに、セラフィーヌは貴族ですらない資産家のクレイトン卿の元へ嫁がされることに。
セラフィーヌはすっかり諦め、クレイトン卿が継承するという子爵領へ先に向かうよう家を追い出されるが、辿り着いた子爵領はすっかり自由で豊かな土地で——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる