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他国間にて転移魔法陣を構築させるには受諾と制約ルールがある。
見知らぬ国には行けないし、見知った土地でもその都度新たな管理人が双方で必要となる。
発動するには両管理人の許可がいるし、どちらかが世を去ればその魔方陣は消滅する。
管理人になれるのは君主と次代、またはそれぞれの配偶者。そしてそれを構築できる能力のある魔法使い。

シルベリーとエターナリア両国間にはすでに王城敷地内の魔術師塔にひとつずつ存在するが王都へ戻る、そんな時間の余裕はない。





どんな余裕も、ブライスには無かった。





自国からの返答と、陛下からの正式な出国の許可が届いた直後。

ここから直接転移するため管理人となるキュリオとブライスが部屋の中央に立つ。
左手の先をキュリオに向けながら詠唱を始めると紫色の淡い光がベールのようにふたりを囲んだ。
そこから波紋のように眩く広がり、閉め切った部屋に一陣の風が吹いた。


それを確認したキュリオは完成した陣から退く。

三人での簡易的な話し合いを終えた侯爵も見守るなか。




ブライスの浮遊魔法が眠る少女を導く。



「……じゃあ行ってくる。二日以内には戻るから」

「あぁ、…頼んだぞ」

「お気をつけて」



氷に覆われていないのは首からうえだけ。

対象に触れていなければ転移できない事実があっても、内心言い訳を並べるように詫びながらそっと指を伸ばした。




顔が歪む。


触れた頬はブライスを拒絶しているかのように硬く、鋭い痛みで胸を抉った。















ふわりと最後にローブがはためき、ふたりの姿が消えたのを見届けてキュリオは息を吐いた。



「……くれぐれも、公になるまでは内密に頼む」

「承知しております」

「巻き込んでしまったな。令嬢の様子は?」

「…お見苦しいところを…妻がついておりますので少しは落ち着いているでしょう」

「そうか。…相当ショックな出来事であるのは変わらないだろうから、…良い知らせ・・・・・が早く届けばいいが」



ソファーへ促され腰を下ろす。
疲労が押し寄せる身体が重い。
酒を飲みたいくらいな気分だ。



良い知らせーー

自分で吐きながらまったく自信はなかった。
生きることを諦めた人間を、呼び戻すなど並大抵のことではない。
ブライスにはああ言ったが、いくらこちらが手を伸ばしてもその手を掴む意思がなければ。
自らそう望まなければ、結局おなじことのくり返し。

無理矢理力ずくでことを為しても、その本質は虚構だ。
まやかしでもいいと誤魔化すのは蔑ろにし続けることに変わりない。


ひとは何かを受け入れ何かを諦め帳尻を合わせる。
それらがすべて、前向きなものとは限らない。

だが、

ただこちらが、諦めてはいけない。





ーーブライス、お前は、お前が、手を伸ばすのを諦めては駄目なんだ。





「…………信じるしかないんだ」



消える寸前の苦痛に満ちた友の表情を思い浮かべ、キュリオは自身に言い聞かせるようにも強く拳を握った。




















エターナリア王国王宮には離宮は存在しない。
厳密には過去存在したことはあるが、今は無い。
新たにシルベリーとの転移魔法陣を構築するにあたり一悶着あったが、場所は王太子宮に決まった。
王太子妃であるティアリアがそれを望み、国王始め周囲に掛け合い、いちばん反対していた夫である王太子レオニールも最終的に折れた結果決定した。
もちろん王太子夫妻の主なる生活場所とは遠く離れた客室に、であるが。



そこで待つのはレオニールとティアリア、王太子側近のアシュトン三名のみ。




淡い紫色が光り、姿を現した兄にティアリアは駆け寄り抱きついた。
むっとするレオニールをアシュトンはうんざりした表情で見やる。



「っ……お兄様のせいじゃないなんて、言わないわ」

「…厳しいなぁ」



当然の指摘に、苦笑が漏れる。
弱々しい声で応えたが愛しい妹に抱きしめられ、ブライスの心は幾分か穏やかさを取り戻す。
慈しむような魔力に包まれると、そんな気にさせられる。







ティアリアは碧色の瞳を潤ませ少しだけ微笑む。
身体を離すとブライスの隣に視線を向け、じっと見つめた。



「……お名前は?」

「ルコラ・ミカ・クレソン侯爵令嬢。父親はハルディオ・マイル・クレソン。母親はサリナ・ルートナ・クレソン。」

「お母様は、亡くなっていらっしゃるのよね」

「うん、八歳のころ」

「一度、ぜんぶ解いてくれる?」

「…わかった」



ブライスのかけた魔法がとけ、すぐさまティアリアの魔法が覆い。
ようこそ、ティアリアは悲しげに少女の名をつぶやくと浮遊魔法で少女をベッドへ横たえた。



「ーーっ」



そこにいるのは氷のとけた少女。






ブライスは無性に泣きたくなった。


もう冷たいところに閉じ込めないで済むことに、安堵したからか。




ーー握られたままのちいさな両手に、罪を突きつけられたからか。




「……お兄様、」




妹の言葉の続きを聞くのが、怖いからか。





わからないまま震えながら、立ち尽くした。
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