巻き戻し?そんなの頼んでません。【完】

雪乃

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19.

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「ーー…まったくお前たちは兄妹揃って・・・・・おなじことをするんだな」

「…」

「今回のことがなければ俺たちは知らないままだったってことだな、アシュトン」

「そうなる」

「秘密主義もいいとこだ、お前たちは」

「…………ごめん」

「俺がティアを怒れるわけないって知っててズルいと思わないか、アシュトン」

「や、それはべつに」




すました顔で紅茶に口をつけるアシュトンを不満げに一瞥する。
装飾のないソファーの肘かけのうえで肘をつき、手の甲で支え首を傾げるレオニールは目の前に座る友であり自身の側近でもあるブライスを見つめた。

心なしか窶れた姿に、落ち着かせるよう深く、息を吸う。



そう、やり過ごそうとしなければ。
軽口をたたいていなければ、怒りとやるせ無さでどうにかなりそうだから。



もう、起こってしまった。


契約した魔法は取り消せない・・・・・・・・・・・・・



忘れられない記憶がレオニールの胸を刺す。




「……何が必要だったんだ」



レオニールの問いかけに、ブライスは目を伏せた。
眼鏡の奥でアシュトンは琥珀色の瞳をわずかに鋭くさせる。




「…………代償・・は何だ、ブライス」




お前は何を賭して、彼女を巻き戻した。




















王太子執務室から戻り与えられている部屋の取手に手をかけたが、向きを変えまた歩きだした。
護衛がノックし扉を開けた侍女が「お変わりありません」と声をかけるのにうなずいて応える。


ブライスは限られた時間でこちらでの仕事をいくつか片づけ、実家の公爵邸にて両親とも再会した。
やることが多すぎて睡眠時間はほとんどなかったが、少しも眠くなかった。
眠るのが怖く、そうできないだけかもしれなかった。


「…」


明日にはシルベリーに戻らないといけない。
焦燥が募るがそれはブライスだけの勝手な感情。
無理を言って近くの部屋を用意してもらったのも、妹の手を借りることになったのも、問題を大きくしたのも、ーー傷を、増やしただけなのも。



穏やかな表情で眠っている彼女に抱く感情も、身勝手なものばかり。








ーーーーその答えを、



もしそれ・・を話せば、理由になるんじゃないか。



そんな卑しい感情が渦巻く。



『ーー…魔力の少ない方なのでしょう?だからゆっくり巡らすの。最初のひと匙のように、驚かせないように、少しずつ…。
…時間はかかるかもしれないけれど、魔力が満ちてゆけばいずれーー』



きっと、と。
妹は曖昧に言葉を選び、濁す。



『…見て、ナイフも取ったわ、傷も塞いだ。…お兄様の氷結魔法のおかげよ…』



兄である自分を慰め、気遣う。



彼女の痛みや苦しみを凝縮したように、
彼女の人生すべてを物語るように硬直したままの両手を労るように撫でながら。






ーー結局彼女次第だというのなら。


彼女が目覚めてくれるなら。
生きてくれるなら。
生き延びて、くれるのなら。






それでもいいと、卑怯な考えが浮かぶ。



怒りでも、憎しみでもーー





今度こそ・・・・長生きしてほしい・・・・・・・・




「ーー、」




そう思い浮かべ、理由わけもわからずいっしゅん混乱する。


頭を振りながら疲れてるんだと結論づけて、髪をかき上げ彼女を見つめた。

脇にある椅子に腰を下ろす。





「……どんな夢を、見てるのかな」



夢見は幼な子にかけるような魔法だ。
叱られたり、友だちとケンカした夜。怖い夢を見て、眠れない夜。
そんな不安でさみしい夜に、大丈夫だよと語りかけるための魔法。

夢のなかまでは行けない。
でもそばにいるよと、伝えるための。

妹は傷ついている彼女にその魔法をかけた。


頭が下がる。
知っていたのに思いつきもしなかった。




ーー自分の声が、そのしあわせな夢を妨げる雑音悪夢になる。


それでいいから、



「……早く起きて、ルコラ……」



どうか生きて。



きみの世界は、ここにあるんだ。
















ーー魔方陣に近づき待つと少しののち、風が吹き上がった。
振り返れば怒りと呆れがないまぜになっているような表情の友人二人に挟まれ、妹が胸のあたりで手を上げていた。
泣きそうにしているから大丈夫だと微笑めば無言の二人が早く行けと手で払う。




ずっとこうしていたい。


そばに、いたい。




ブライスはもう一度微笑んでから、円へ足を踏み入れた。





















「ーー無事に戻ったな」

「待たせてごめん。すぐ行ける?」

「……クレソン侯爵令嬢の容体は」

「妹に任せた。大丈夫。」

「少し休んだらどうだ。…酷い顔だぞ」

「問題ない」



そう言ったブライスはもう笑ってはいなかった。
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