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しおりを挟むロレインは侯爵家の中庭でつまらないと悪態をつく。
両足をぷらぷらさせながら背中を丸め肘をつき、片手で焼き菓子をつまみ口に運べばポロポロとくずが落ちる。一口で放り投げられた菓子が山となりまた積まれる。
目も当てられない、貴族令嬢どころか幼児以下の振る舞いだがロレインが気にするはずもない。
また新しい菓子を手に取ったところで、テーブルを挟んで向いに座るミドルが微かにだが表情を歪めているのに気づくとーー
ぼちゃん。
水滴の飛び散るカップを侍女に「変えて。」と命令し、つまんない、とまた吐き捨てた。
「……何がつまらないんだ?」
何もかもよ。ーーあんたも。
憤る内心は秘めながら「…だって、」ロレインは赤くぷっくりとしたくちびるを態とらしく尖らせる。
「ミドルさまずぅーっと怖い顔してるんだもん…最近ずぅーっとそうなんだもん…前はもっと優しかった…どうして冷たくするの…?ひどい…」
そして堪えきれないというように大きな黒曜石の瞳にみるみる涙を浮かべさせてみるが。
「、…」
ミドルはいっしゅん動揺した様子を見せるだけですぐ目を逸らした。
まるで見たくないと言っているかのように。
予想とは違う反応に沸々と怒りが沸く。
ほんっとうにつまらない。楽しくない。
今までならこんな態度されなかった。
泣き落としすれば簡単に謝って、必死に慰めようとするはずなのに。
今までならーー。
ーーそれに、と。
ロレインは綺麗に整えられた自分の爪をギリギリと噛む。
今は綺麗なかたちをしているが悪癖は直せず毎日手入れをしなければ一日だって保てない。
どうしようもなく苛々するのに、それをぶつける相手がいないことにも腹が立つ。
自分を差し置いてひとりだけバカンスを楽しんでいるかと思うとミドルに感じる怒りの比ではなかった。
計画を前倒ししてやろうかと思ったほどだ。
ロレインはまた強く噛む。
でもそれだと意味がない。
ただ死なれたって意味がない。
ーーあの気に食わない義姉は、自分のために死んでくれなければ。
ここでの暮らしを手放すつもりはない。
今までよりいちばん贅沢で、好きなように、何もせず、気ままにただお姫様のように傅かれ世話をされるだけの暮らし。
すべて自分のものだ。
お城には本物のお姫様がいる。
そんなのは知ってるけどそんなものにはなりたくない。
煌びやかなパーティー。優雅なお茶会。
男を侍らせ注目を浴びるなんて馬鹿のすることだ。
そんな窮屈な暮らしはいらない。
自分は馬鹿ではない。
着飾ることは好きだが自分のためにやっていること。誰かのために飾り立てて何になる。
賛美は当然。でも必要じゃない。
だって自分がいちばん可愛いと知っているから。
すべて自分のため。
穏やかな人生を送るために。
目の前の男にだってこれっぽっちも興味はない。
ただ目的のために仕方なくかまってやっているだけなのにいったい何様のつもりなのか。
ーー準備に時間がかかるから生かしてやってるだけなのに、好き勝手に振る舞う義姉。
とっくに生きるのを諦めた、亡霊だったくせに。
あの日の、見透かしているような、自分を見下すようなあの眼を思い出すと怒りでどうにかなりそうになる。立場をわかってない。許せない。
当主だと思ってたのにただの代理だった役立たずの父親も。
そんな奴らに縋り愛なんてくだらないモノを求め続ける母親も。
使えない人間ばかり。だから自分が上手くやってあげてるというのに。
「…ッ」
ーーーー感謝どころか、最近何もかもがおかしい。
はっきりとした何かがあるわけでもないのに、扉越しに見られているような薄気味悪さが余計、感情を逆撫でする。
邸のなかは安全で、みんな自分の奴隷になっているのは間違いないのに。
何人か新しい人間が雇われたけど、問題なくやってのけた。
それなのにつき纏う違和感の正体は何なのか。
おもしろくない。つまらない。苛立ち、腹が立つ。
ーーやっぱりどうにかしてあの義姉を呼び戻さなければ。
肉体的に害するのは手間だし面倒だからしないでやっていたけど、生意気な身の程知らずにわからせてやらなければならない。
それで気が晴れるとはとても思えないがあの澄まし顔をめちゃくちゃにしてやれば、ほんのつま先ほどは気分が良くなるかもしれない。
「…ふふ…っ」
目の前の男を使うかそれともーー父親か。
さぞイイ顔を、見せてくれるだろう。
「ーーッ、!?…きゃあッ、……ッッ!!」
最も悍ましく、醜悪な妄想に湧き立ち醜く口もとを歪ませていたロレインは耳を劈く大量のガラスが割れるような音を聞き。
それがひとつも割れてはおらず、ただ邸全体の空気を切り裂くブライスの魔法だとは気づかないまま後方、侯爵邸の頑丈な塀に叩きつけられた。
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