涙袋 ~現代居酒屋千夜一夜物語~

与四季団地

文字の大きさ
133 / 299
第2章・この世界の片隅で

   第134夜・『社員昇格試験 ⑤』

しおりを挟む
   (前回からの続き)

 そんな折、A君自身から、彼自身が書いた文章の内容を聞く機会があった。

 それは、仕事を終えて仲間で話していたときのことだ。

 <社員昇格試験>を落選したA君だが、まだチャンスはあったし、バイトとして引き続き仕事には残っていた。

 私も、本採用の期日まではまだ数週間の間があった。

 もし、私がA君の立場であったら、屈辱で即辞めていたと思うが、このA君は普通に仕事をしていた。

 どうやら、彼の頭の中では、自分の過失の敗北感を、「脳内変換」で会社側の不徳としていたらしい。

 つまり、彼が言うには、会社は、社員を増やしたくなくて自分を落した、と言う筋立てを妄想し、職場の仲間のバイト連に語っていた。

「俺は、小論文をこんな風に書いたんだ。・・・<仕事>と言う文字は、人に仕えると書く。ここで言う仕事とは、つまり、自分に給料を払う会社なり、お代をくれるお客様なりに仕えるということを意味し、お金を得るということは、作業の時間をやり過ごせば代金をもらえるバイトとは違うプロの意識を必要とする。プロ意識とはつまり、相手の用意したことをするのではなく、相手が何をして欲しいかをすることだ・・・、・・・」

 私はそれを聞き、「ああ、そりゃ、駄目だ・・・」と思いつつ、高校時代に私の小論文を添削してくれた先生の言葉を懐かしく思い出した。

 A君は39歳だった。

 その39歳になるまで、自分の考え方に駄目出ししてくれる優しさを持った人物に出会わなかったのだろう。

 もはや、39歳にもなると、思考回路の矯正などは難しいだろう。

 私だったら、悔しさで辞めているだろう境遇の中でも、彼は平然としていた。

 39歳になるまで、厳しくしてくれる人に出会うことなく、なんか変な自信だけは固まってしまっているのだろう。

 今回の<社員昇格試験>に対しても、

     「なんで、分かってくれないんだろう・・・」

 などとしか思ってないのだろう。

 だから、平然としていられるのだ。

 上司も苦笑いしていたのだが、彼は、その文法上は間違いのない文章の、記されている内容と隔たった行動しかしていなかった。

 みんなには「KY」と陰で言われ、自分のやりたい作業しかしていなかった。

 言動の、あまりにもの不一致であった。

 団体面接のとき、彼の受け答えは、非常に役員受けが良かった。

 しかし、<リーダー十一ヶ条>の暗唱を、彼は出来なかった。

 面接の受けが良かったが故に、暗唱が出来なかったことが、その「口先だけ」を明確に浮き彫りにしていた。

 ・・・会社は、彼を落さざるを得なかった。

                ・・・(2009/02/28)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...