拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第二章 中央大陸

番外編 拾われ子と行商人

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 冷たい風がスイのマントとコハクの毛を揺らした。また一段と冷えた感覚に、スイはコハクを見下ろす。

『コハク、寒くない?』

《平気だ》

 そう言ったコハクは西大陸にいた時よりも毛の長さと量が増した。実際の肉付きよりも大きく見える。

『アサシンレオウルフって冬毛になるんだね』

《そうみたいだな》

 アサシンレオウルフの生息地は西大陸と南大陸だ。寒さとは無縁の地だが、寒い地域に来たらコハクは冬毛が生えてきたので、アサシンレオウルフにも換毛期はあるらしい。

『町に入る前に、今日もブラッシングしようか』

《うん!》

 気持ちが良いようで、コハクは終始上機嫌で喉を鳴らしているがスイは一苦労だ。身体が大きくて毛が多いので、ブラッシングに時間が掛かるのだ。
 それに、抜けた毛を放置すると周辺のモンスターが格上であるアサシンレオウルフの存在に気付き、怯えてしまう。
 一時的なモンスター避けになる程度なら問題無いが、怯えたモンスター達がその地を去って本来の生息地を変える可能性がある為、出来る限り集めてアイテムポーチに入れている。

《オレの毛って、防具に使えるのかな?》

 何故か興味津々と言った顔で、コハクは自身から抜けた毛の匂いを嗅いでいる。

『どうだろう? 毛が長いし、量も多いから暖かいけど、アサシンレオウルフの防寒具は見た事無いから判らないなぁ……』

 アサシンレオウルフが生息している西大陸や南大陸では気候的に防寒具は不要であり、防寒具が必要な他の三大陸には生息していない。
 需要と供給が一致していないので、アサシンレオウルフの毛が防寒具に使えたとしても見掛ける事はそうそう無いだろう。

『……ふぅ、今日はこれくらいかな』

 こんもりと出来た濃灰色の毛の山を前にして、コハクはそわそわとしだした。

『散らかしたら駄目だからね』

《! わ、解ってる……!》

 一度、毛の山に突撃して辺りに毛を撒き散らかした事があり、その時の静かに怒るスイを思い出してコハクは尻尾を後ろ脚の間に挟んだ。
 スイは麻の袋に毛を詰め込むと、アイテムポーチに入れて今日泊まる予定の町へ向かう。
 一晩宿泊し、町を出る前に道具屋に寄ると、足りなくなってきた消耗品を買い足した。
 代金を払おうとした時、「あ」と声を出した店主にスイは顔を向ける。

『どうしました?』

「いや、たまにウチに物を卸してくれる行商人がいるんだが、さっきウチに卸してくれた時にこれを置き忘れていったらしくてな……」

 店主が持っているのは口を紐で縛った袋だ。中身を聞けば、その行商人がいつも持ち歩いているモンスター避けだと言う。

『モンスター避け、ですか? その割には……』

 スイはコハクに視線を向けた。アサシンレオウルフは鼻が良いからいくら袋の口を閉じていても臭いは判りそうだが、コハクは平気そうな顔をしている。

《臭いはするけど、イエローナッツ程強くないから平気》

「その従魔は強そうだから効かないんじゃないか? これはモンスター避けの中でも効果は下の方だ。中央大陸なら端に行かなければこれで足りる」

『へぇ……』

 中央大陸でイエローナッツの木を見ないので、旅をする際に他の人はどうしているのかと思っていたが、別素材で作るモンスター避けが有ったとは知らなかった。

『その行商人さんはどちらに向かわれたかわかりますか?』

「北東の町に行くと言っていた」

『この店に来たのはいつ頃です?』

「君らが来る少し前だ。その後に町を出て行った」

『それなら、まだそんな遠くに行ってないかもしれません。よければ、お預かりしてその方に渡しておきます』

「本当か? それは助かる。坊や位のランクのハンターには大した事ないんだろうが、俺達にはこの辺のモンスターにも手が出なくてな……」

 スイは道具屋の店主から袋を預かると、行商人の特徴を教えて貰い、町を後にした。

『荷車の台車に商品棚がそのまま乗ってるって言ってたけど、荷車見たら声掛けて見れば良いかな?』

《スイ、それ見せて》

 顔の前に袋を出せば、コハクは匂いを嗅いだ。

『効かなくても、嫌な臭いじゃないの?』

《それはそうだけど……少しだけモンスター避けとは別の匂いがする。これの持ち主じゃないかな》

『え。コハク、凄い』

《あっちから同じ匂いがする。プレイリーラビット達の匂いもするから、急いだ方が良いと思う》

『襲われてる?』

《多分》

 コハクが片方だけ前足を上げて指した方向に急ぐ。暫く走り続けると、プレイリーラビットが荷車を囲んでいるのが見えた。
 行商人は荷車を挟んで反対側にいるのかスイ達からは見えないが、悲鳴が聞こえてくる。

『コハク、先に行ってプレイリーラビット達を追い払える? 威圧は無しで』

《任せろ!》

 コハクは加速して荷車に辿り着くと、爪と牙を剥き出しにして暴れ始めた。プレイリーラビットが蜘蛛の子を散らす様に八方に散っていく。
 遅れて追い付いたスイは荷車の前方に向かうと、ふわふわの前足で頭を抱えている大きな猫を見つけた。

『…………猫?』

「ニャ……?」

 恐る恐る顔を上げた大きな猫の青色の眼と視線がぶつかる。

「ヒ、ヒトの子ニャ……! ここは危ないニャ! 早くここから逃げた方が良いニャ!」

《スイ、終わったぞ》

「ニ"ャーーーッ!? 何で中央大陸にアサシンレオウルフがいるニャ!?」

『お疲れ、コハク』

「……ンニャァ……?」

 尻尾をぶわっと大きくした猫は、スイに擦り寄るコハクと、コハクを撫でるスイを交互に見て冷や汗をかきながら瞳孔を丸くした。
 そしてスイとコハクが説明する事、十分後。

「アサシンレオウルフを従えるなんて凄いのニャ! ハンターさんは優秀ニャ!」

 コハクに怯えていた猫に事情を話すと、落ち着きを取り戻してきた様で瞳孔はやや細くなった。

「助けてくれてありがとうニャ。僕は行商獣人のネロニャ。ハンターさんの名前ニャまえはニャんて言うニャ?」

『スイです。これはネロさんの物で合ってますか?』

「そうニャ! 何処に落ちてたニャ?」

『西の町の道具屋に置き忘れてましたよ』

「……ニャ!」

 思い当たる節があるのか、ネロはぽんっと前足を叩いた。スイの手からモンスター避けの袋を受け取ると、自分の腰のベルトに下げる。

『ネロさんは、猫の獣人ですか?』

「そうニャ。クロオオヤマネコニャ。僕は人型が苦手だから獣型のまま過ごしてるニャ」

 クロオオヤマネコは名前通り黒い毛に大きな身体を持つ猫だ。獣型の姿で立つと体長はスイと同じ位だが、元々の大きさと被毛も相俟って横幅は結構ある。

『(……抱き心地が良さそう……)』

 スイはネロを抱きしめたい衝動に駆られたが、何とか抑え込む。気を逸らそうと、会話の途中から気になっていた事をネロに尋ねる事にした。

『あの、ネロさんってコハクの言葉通じてますよね?』

「ニャ。あ、ニャんあるじじゃニャいのに解るのかって事かニャ?」

『はい』

「獣人や鱗人は、人型じゃニャい方の姿をしているとその姿に近いモンスターの言葉が解る場合があるニャ。僕ニャら四足歩行で被毛があるモンスター、例えばキラードッグとかバンディットウルフがそうニャ。魚人マーマンならシーバンディット、人によってはダイオウイカやクラーケンの言葉が解る場合もあるって聞いたニャ」

 初めて知った事に、スイは口を開けて感心する。
 それなら、オアシスのギルドにいる砂猫の獣人ニーナも獣姿になればコハクの言葉が解るのだろうか。
 そう考えているスイの横で、ネロは荷車と一体化している商品棚の扉を開けた。

「んーーーと……あ、有ったニャ」

 ネロは振り向くと、大きな葉の包みと小袋をスイに渡した。

「葉っぱの方はセントラルモウの肉が、そっちの袋のニャかには砂糖を使った焼き菓子が入ってるニャ」

『え、や、そんな……!』

 砂糖を使った菓子は値が張る上に珍しい。中央大陸の王都には取り扱っている店も幾つかあると聞くが、王都以外ではまず見ない。
 焼き菓子はレイラが何度か作ってくれた事があったが、西大陸で砂糖は手に入らない物なので砂糖が使われた焼き菓子をスイは食べた事が無かった。

「助けてもらったお礼だから遠慮ニャく受け取ってほしいニャ」

 くりくりした眼を細めて笑うネロに、スイは頭を下げる。

『ありがとうございます』

「こちらこそニャ」

《なぁ、ネロ》

「ニャ?」

「オレの毛って、防具に使えるか判るか?」

 丸い眼を更に丸くしたネロに、スイはコハクの毛について説明すると、納得して頷いたネロは肉球を頬に当てた。

「僕は主に薬や食料を扱っているから防具に関しては詳しくニャいんだけど……」

《うん》

はニャしを聞く限り、防寒性は勿論だけどモンスター避けとしての効果の方も期待出来るんじゃニャいかとは思うニャ。冬の装備として効果だけ見ればアリだけど……」

《けど?》

「中央大陸でのモンスター避けにアサシンレオウルフの毛は過剰性能だし、アサシンレオウルフ自体が生息してニャくて冬毛の入手が出来ニャいから量産品としては現実的ではニャいニャ」

《そっかぁ……》

「でも北大陸や東大陸の中央地域までニャら、もしかしたら特注品にニャっても冬に欲しがる人はいるかもしれニャいニャ。最北端や最東端まで行くと、流石のアサシンレオウルフもモンスター避けにニャらニャいと思うニャ」

『成程……』

「他に使い道を考えてみたけど、思いつかニャかったニャ。申し訳ニャいニャ」

《いや、ありがとな》

『ありがとうございます、ネロさん』

「どういたしましてニャ」

 商品棚の扉を閉めて、ネロは荷車の前に立つ。

「僕は中央大陸の中央部で行商しているから、縁があったらまた会うかもしれニャいニャ。その時はどうぞよろしくニャ」

『はい。道中、お気を付けて』

「スイ君とコハク君もニャ。良き旅をニャ」

 前足を振って、ネロは荷車を引きながら北東へ向かい、スイとコハクは東へ向かった。
 袋からひとつ取り出した焼き菓子を口の中に入れる。さくさくと音を立てて崩れたそれは甘く、スイの顔を綻ばせた。

《スイ》

『んー?』

《オレの毛並もネロに負けてないぞ》

『……バレてた?』
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