拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第三章 北大陸

拾われ子とアレックスの冬籠り

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 包丁の刃が野菜に食い込む音、まな板を叩く音、食材が煮える音、焼ける音。
 キッチンから聞こえてくる様々な音に、コハクの耳が逐一反応しては向きを変える。
 その様子に気付き、スイは鍋をかき混ぜながらコハクに話しかけた。

『コハク、大丈夫? うるさくない?』

《大丈夫だ。色んな音が聞こえて面白い》

『そっか。なら良かった』

《スイ、そろそろアレックスが帰ってくるぞ》

『じゃあ、アレックスさんが来たら皆でご飯にしよう』

 スイが食器に料理を盛っていると、簡易宿所ゲストハウスの玄関が開いた。髪や服に付いた雪を払いながら、アレックスが入ってくる。

「戻ったよー、スイ!」

『お疲れ様でした。ご飯、今出来た所です』

「ホント? 食べよ食べよ。お腹空いたー」

 武器を外したアレックスも手伝い、テーブルに食器を並べる。席に着くと、アレックスがパンにかぶりつくのを見て、スイも手を合わせてから食べ始めた。コハクとザクロもそれぞれ食事を始める。

「あぁ、美味しい……! スイ、料理上手だよねぇ……。一緒に旅出来て幸せ……!」

 アレックスの料理の腕を知るスイは、無言で苦笑いを浮かべた。
 此処はシーバシュタット東側にある小さな村だ。大吹雪に見舞われ、やむまで村に滞在する事になったが、宿屋が無いので二人は簡易宿所に泊まっている。

 村を訪れた日、一緒に夕食を作ろうとしてアレックスが両手を血塗れにし、まな板も両断し、更に食材も粉砕してしまったのを見て、食事面はスイが一手に引き受ける事を即断した。
 今まで簡易宿所や野宿の時の食事はどうしていたのかスイが訊くと、「屋台飯か携帯食料の乾物」と返ってきた。
 アレックスの身長について、スイが理不尽さを感じた事はスイ自身しか知らない。

 スイが食事面を引き受ける代わりに、アレックスは村の中で人々の仕事を手伝い、対価を得る事になった。
 小さな村だと住人だけでは労働力が足りない事があり、アレックスはギルドが無くてハンターとして仕事が出来ないので、互いの利害の為に村人を手伝い、食材を貰ってきている。
 身体強化ストレングスを使えるアレックスは引く手数多らしく、毎日様々な食材を持って帰ってくる。

「今日は牛乳と野菜の……何かはわからないけどいっぱい貰ってきたから、後でポーチから出しておくよ。人参とじゃがいもとほうれん草があったのは覚えてる」

『じゃあ、明日はシチューにしますね』

「やった!」

《やった!》

 コハクも尻尾をパタパタと振って喜ぶ。匂いを嗅いで興味深そうに見ていたので、一度ぬるくしたシチューをあげた所、大層気に入ったらしく好物となった。
 食事をしながら話す事は、主にアレックスの仕事についてだ。凍えて動けなくなった牛を持ち上げて運んだ、丸太を運んだ、子どもと一緒に遊んだ、農作業を手伝った等内容は様々だ。

 北大陸の農作物は、極寒の気温の中でも育つ種類だ。暖かい場所でなければ育てられない物もあるが、それは室内の家庭菜園で作っている。 
 アレックスは今日、雪を被った畑で収穫の手伝いをしたので、報酬として野菜を貰えたらしい。
 その家の子と一緒に手伝ったと、アレックスは楽しげに話す。ハンターの依頼とは異なる内容に、スイも楽しそうに聞き入った。

『アレックスさん、小さい子好きですよね』

「好き! ちっちゃくて、ぽてぽて歩いてて、何にでも全力でさ、可愛いなーって和むんだよね。アタシがデカいから余計そう思うのかもしんないけど」

『将来、良いお母さんになりそうです』

「……そ、そう? ホントにそう思う?」

『はい』

 急に静かになって照れているアレックスは、食後の酒を飲みながらぽつぽつと語り出した。
 スイはキッチンに行き、大きめのコップに水を注ぐとそれをアレックスの前に置いて自分の席に座る。

「いやぁ……アタシさ、昔からハンターになりたいとは思ってたんだけど、同じくらいなりたい……と言うか憧れてるのがあって」

『はい』

「それがお母さんなんだよね……って言うと、大概笑われるんだけど」

『え? 何でですか?』

「馬鹿力だし、何より料理出来ないからだと思う」

『……でも……』

 人懐っこくて、前向きで、面倒見が良い。料理の腕は確かに壊滅的だが、そこは伴侶や周りがカバーすればアレックスは「お母さん」にぴったりだとスイは思う。

『……アレックスさんは、暖かくて優しいから良いお母さんになれると思います。苦手な事は、将来、それが得意な方にお任せすれば良いんじゃないですか?』

「得意な方……」

『将来の伴侶さんとか』

「はははは伴侶……!」

 髪のように真っ赤になったアレックスに、トロール討伐戦の時の勇ましさは無い。恋愛に憧れる乙女のように初々しく、可愛らしさすら感じる。

『好きな人はいないんですか?』

「すすす好きな人とか……あ、スイは好き!」

『いやそういう意味のじゃなくて』

「だからスイ、たまに冷たいよね」

 スイに進められた水を素直に受け取り、アレックスは一気に飲み干す。一気飲みに難色を示しながらも、スイはもう一度水を注いだ。

「……ずっと理想のハンターになろうと頑張ってきたから、好きな人なんていないよ」

 今度はちびちびと飲みながら話すアレックスに、スイはアレックスの理想が気になった。

『アレックスさんの理想って、どんなハンターですか? 具体的にこの人っていうのはあります?』

 スイの場合、それはマリクやシュウだがアレックスにも同じように憧れる人はいるのか。そう思って訊ねると、アレックスは少し気まずそうに眼を泳がせた後に答えた。

「……ある。Aランクハンターの、イザベラ。知ってる?」

 スイはマリク以外のAランクハンターを知らない。『いいえ』とスイが答えると、アレックスはイザベラについて話し始める。

「南大陸を代表するハンターでね、火魔法と身体強化による近接戦を得意とするんだ。武器はデッカイ斧。ドラゴンを倒した事もある、凄腕のハンターだよ」

『へぇぇ……! 斧使いの龍を殺す者ドラゴンスレイヤー……!』

 ドラゴンを倒せば問答無用で英雄扱いだ。使用する武器も似ており、マリクと類似点の多いイザベラにスイは興味を持った。

「……そして、アタシのハンターとしての師匠でもある」

『え?』

 眼を丸くしたスイに、アレックスは苦い顔をして話を続ける。

「アタシに戦闘技術と知識を叩き込んだ人なんだ。……あまりにも厳し過ぎてその頃の記憶が結構曖昧なんだよね……。どんな事をしたのかあまり覚えてない……あれ、呑み過ぎたかな……震えてきた……」

『(おじいさまより厳しそうな人が南大陸に)』

 冷や汗を流して、カタカタとグラスを持つ手が震えるアレックスに、スイは自身の修行の日々を思い出してマリクとイザベラと比べた。

『えぇっと……どうします? 南大陸に入ったら、アレックスさんのお師匠様には会わずに行きますか?』

 思い出そうとして、震える程だ。無理に会う必要も無いのではないか。そう思ってスイが訊くと、アレックスは首を横に振った。

「いや、同じ故郷だから会わないのは無理だね。……町に着くまでにアタシが覚悟を決めとくよ」

『……大丈夫ですか?』

「うん。故郷に着いたら、スイにも紹介するね」

『はい。お願いします』

 ハンターは圧倒的に男性が多い。その中で上位ハイランクに到達する女性ハンターは極々僅かだ。
 期待に胸を膨らませるスイを見ながら、アレックスは複雑そうな顔で故郷と師匠に思いを馳せた。
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